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第一章 36  少女

 その酒場のまわりにはめぼしい商店もなくひっそりとしていた。およそ一般的な人間が寄り付く雰囲気の場所ではなかったが、そんな寂れた店舗のテラスで4、5人の男たちが酒宴に興じていた。店内にも複数名の存在が確認でき、僕たちは店を見ることができる路地裏の角でナガイ君たちの合流を待っていた。


 「がははははは!おい、なんだその面ぁ~!」


 店内から出てきた男の顔を見て、テラスの男たちがはしゃぐ。男の鼻は大きくはれ上がり鼻血を流していた。男は鼻を抑えながらフゴフゴと何か言ったが言葉にはならない。口の中にも血液が流れ込んでいるのだろう。吐き捨てたつばも真っ赤に染まっていた。


 「今日捕まえた淫魔の女にちょっかいでも出したんだろう。お頭は商品の扱いにゃうるさいからな。にしてもこっぴどくやられたな。」


 「いや、殺されなかっただけありがたく思えよ。あの人には冗談通じねえからな。」


 男たちの会話からローズさんと、「お頭」と呼ばれる統率者の存在を確認できた。内容からすればローズさんは無事という事になる。とりあえず心の中で安堵の光が仄かに灯ったが、メアリーさんの表情は、当然なのかもしれないが依然厳しい。


 「ソメヤさん…。」


 ほどなくしてナガイ君が小声で呼びかけてきた。ツボミさん、シノハラさん、セイラさんも緊迫した表情で駆けつけてくれた。現在、タカキーズのメンバー達は、酒場を囲み、各通りを閉鎖して侵入、逃亡を防いでいた。


 「じゃあ、ローズさんを助けに行こう。セイラさん、頼むね。」


 「まったく…、ツイていないのです。夕食の途中で呼び出されて、あんなむさ苦しい男どもを相手にしないといけないなんて………。」


 「あれ?僕の事呪わないの?」


 「まぁ、今回は人助けですからね。呪いはお預けです。」


 見る限り酒場の中は男ばかりに見え、ローズさんを拉致した者たちも男。ならばセイラさんに大いに萌え狂わせてもらおう。


 「不浄なる魂よ、報われぬ渇望の色欲を持って我に仕えよ、エモスっ!」


 ツボミさんの萌魔法により酒場のテラスにいた6名の無頼漢を支配下に置く。メアリーさんはその光景を見て、これほど恐ろしい魔法は見た事も、聞いた事もないとしきりに感心していた。その言葉にセイラさんはまんざらでもないようで、ご機嫌で酒場に近づいて行った。萌中の男たちはだらしない顔でセイラさんに(かしず)き直立不動でセイラさんを迎えた。


 「ソ、ソメヤさん……、もしかして、ゲンイチローの時、僕もあんな感じになってたんですかぁ~?」


 ナガイ君がうんざり顔で僕の袖を引いた。君の場合はもっとスケベそうな顔だったと返し、ナガイ君を沈黙させる。両肩を沈ませるナガイ君とは対照的に、セイラさんはノリノリで酒場の中にいた男たちを次々に傀儡へと変えていった。途中スキップすらしていた。


 「うむ、今回は出番がないかもしれんな。」


 ツボミさんが拍子抜けしたように言った。確かに簡単すぎるこういう場合、何かしらの落とし穴があるのが定石だ。一階を制圧し、僕は改めてみんなに慎重に先に進むように促した。


 「ここからは僕が先頭で行きます!」


 ナガイ君がなぜか僕に敬礼して志願した。ナガイ君の絶対的な「避け」の技術を考えれば適任だった。ツボミさん、シノハラさん、セイラさんはそのナガイ君の行動を見て、彼の変貌ぶりに感動すらしていた。店の奥にある階段は、決して広くはない店舗には不釣り合いなほど、なかなか豪奢なものだった。頻繁に複数の人間が出入りしているだろう事が伺える、しっかりとした作りとなっていた。

 2回に上がると2つの部屋があり手前の部屋は開け放たれていた。中には人気はなく、整然と家具などが並んだその清潔な空間は、とても凶悪な組織のアジトには感じられなかった。

 ナガイ君は慎重さを保ちながら、ずんずんと進んで行き奥のドアのノブに手をかけた。彼の右手は震えていたが、その表情には確かに「勇気」の片理が見て取れた。「ぎぃ――――っ。」ドアは軋みを立てて開かれた。部屋の中は仄暗く、オレンジ色の陽光が、かろうじて部屋の中の様子を伝えていた。


 「ローズさんっ!」


 ナガイ君は不用心にもローズさんを認めると、警戒もせずに部屋に侵入した。部屋の中には2基の檻が無造作に置かれ、中にはそれぞれローズさんと、もうひとり黒髪の小さな少女が入れられていた。


 「ローズさん!大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」


  ナガイ君の問いへの回答はない。ローズさんは両手と両足を拘束され、さらに猿ぐつわをされていた。ローズさんはひどく興奮してもがいていた。もう一人の少女は拘束はされていないがうなだれて座り、自意識を喪失しているようにも感じられた。白いワンピースに長い黒髪がかかり、むき出しのか細い手足も青白く、監禁されていた時間が長期に及んでいたのか、どこか病的な雰囲気すら醸し出していた。

 僕はローズさんと1ゴールドコインを檻の中から入れ替え、すぐさま少女も檻の外へと解放した。ナガイ君がローズさんの猿ぐつわを外したその瞬間、僕は腹部に鈍い痛みを感じた。何が起こったのか分からず少女の顔を覗くと、長い黒髪の間から赤色の瞳が笑っていた。少女の瞳に恐怖し、視線をさらに下げると僕の腹部には少女の握るナイフの刀身が埋まっていた。声を発しようとした瞬間、口から鮮血があふれた。熱く、冷たく鉄のにおいが不快だった。


 「ソメヤさん!」


 立ち上がりナガイ君が叫んだ。少女はその声に反応して素早くナイフを抜いて後方へと退いた。ナイフを抜かれた腹部からおびただしい出血をし、僕はその場に崩れ落ちた。


 「はぁぁぁぁ!」


 ツボミさんが僕を飛び越え少女に切りかかるのを、おぼろげな視覚と感覚で知る。その瞬間、ベランダに潜んでいたのか、2人の黒装束の男たちが現れ、ツボミさんの剣劇を少女から防いだ。フードでその表情は伺えないが、男達の一人はミシマさんが言っていた、盗賊風の男といいう事だろう。その手にした湾曲した刀はシミターと呼ばれる、アラビアやペルシャを起源とした刀と似ていた。いずれにしてもツボミさんの攻撃を防いでいる事を考えればかなりの手練れという事になる。

 ナガイ君に助太刀して欲しいが、彼は僕の血まみれの姿を見て、再び「弱気」に支配されているようだった。血の気の引いた顔は恐怖で固まり、手足は小刻みに震えている。

 全身が熱いのか冷たいのか分からないまま、僕はその一瞬の出来事がひどく長い時間に感じられていた。

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