第一章 31 「ラッキー」と「アンラッキー」
「――――――――――っ!」
『ヘブンズドラゴンの谷』でナガイ君は僕の説明に蒼白となった。日差しがちょうど垂直に光線を降りそそぐ午後、僕らツボミさん率いる一行はついにゴーレム「ゲンイチロー」の討伐に挑戦を始めた。
「つ、つまり、僕がセイラさんに魔法で操られるって事ですか……。」
ナガイ君は僕とセイラさんの顔を交互に見て溜息をついた。
「こんなキレイな木漏れ日の下だというのに、はなはだツイていないのです。パーティーの仲間に全く信用されていないのです。私はソメヤさんを呪います。」
「いや、だから僕を呪うのをオチに使うの止めて。」
セイラさんは僕にだけ分かるように舌を出した。ナガイ君はナガイ君で僕をチラっと見ながらブツブツつぶやく。
「い、いえ、決してセイラさんを信用していない訳じゃないんですが……。」
「まぁ、ダメ元でやってみようよw」
「って!ソメヤさんのそういう感じが信用できないんですよっ!語尾笑ってたでしょ!」
まったく、先日の「兄貴」発言が薄ぺらく感じる。って、確かに今回の討伐でセイラさんに「萌える」ナガイ君を見るのが最大の楽しみではあるのだけれど。
結局、リーダーであるツボミさんの説得でナガイ君はしぶしぶセイラさんの魔法を受け入れた。
「我が盾、我が剣となりて闇と共に討ち晴らすべし。エモスっ!」
エモス。その厳めしい呪文の内容とは裏腹に、とてもかわいいエフェクトの魔法だった。セイラさんの振るう杖の先からは濃淡のあるピンク色のハート型の光線がナガイ君を直撃した。直撃後ナガイ君の頭頂部から3個の星が弾けた。
セイラさんはすぐに、僕の後ろに隠れてナガイ君に命令を課した。ナガイ君の表情はかなりだらしなく、今にもセイラさんに抱き着こうかといった萌えっぷりだった。
「『萌え』の耐性がない場合いきなり襲われる危険をはらんだ、もろ刃の刃な魔法なのですよ、コレは。」
セイラさんはしばらく僕の後ろからナガイ君の様子をしばらく見守りながら言った。するとナガイ君は興奮状態から少し落ち着きを取り戻し、セイラさんの支配下に入った。
「よし、ナガイ君も無事に傀儡となったところで、ゲンイチロー退治スタートしますか!」
僕の言葉にうつろな表情のナガイ君以外が頷き、いよいよミッションスタートとなった。
何度かすでにゲンイチローとの対戦を経験していたツボミさんの情報では、ゲンイチローの特性として外敵に対して、その耐久性を活かした戦法を取るのだと言う。外側から敵との距離を詰めていき、最終的に狭い範囲に敵を追い込み複数での攻撃により殲滅するとの事だった。
この特性を利用し、なるべく狭い範囲内で迎撃を行う事にした。狭い範囲でツボミさんに同時での4体の破壊、そしてそれに呼応しナガイ君、僕の確固迎撃により、同時でのゲンイチローの破壊を計画していた。
先発してツボミさんがゲンイチローを引き付ける。僕とシノハラさん、ナガイ君とセイラさんも、最終的な合流地点から散開してゲンイチローを誘導を試みた。
「ソメヤさん!来た!ゲンイチロー来たよ!3体いるよ!」
シノハラさんの声にハッとする。3体?僕の方に半数が集まってしまったのか?ゲンイチローの1体が僕たちの存在を認めると巨大な拳を高々と上げ一気に振り下ろした。地表がめくれあがり小さなクレーターがそこに出現した。
僕とシノハラさんはゲンイチローの数十メートル先でそれを目の当たりにした。ゲンイチローが拳を振り上げた瞬間、スキルのひとつ、グレートエスケープで離脱したのだ。ゲンイチローが僕たちを見失わず、尚且つ僕たちの安全を確保できる距離への瞬間移動は我ながら日頃の鍛錬の賜物と自賛した。
そう、僕はナガイ君が剣の特訓を行っている間、ひたすらコイン集めと逃げる訓練をしていたのだった。
「シノハラさん、ちょっと怖いかもしれないけど、この方法でゲンイチローを中央へ集めるから我慢して。」
そう言って彼女を引き寄せる。シノハラさんは「怖いっ!」と言って僕にしがみ付くが、その顔はなぜか笑顔だった。
何度かのグレートエスケープで移動しながら、合流予定の地点へと到着した。するとすぐにセイラ・ナガイチームも姿を現したのだが、彼らを追っているゲンイチローもやはり3体いたのだった。この時点ですでに6体のゲンイチローが集結しつつあった。ではツボミさんは一体?
「ソメヤさん!まじであなたを呪いますよ!話が違うじゃないですか~!3体も出ましたよっ!」
セイラさんは涙目で必死に全速力でコチラに向かってきた。同様に萌え魔法で戦力になるハズのナガイ君もひたすらセイラさんの後ろから走っている。時折チラチラセイラさんをいやらしい目で見る姿がイライラする。
前後からの6体のゲンイチローに囲まれ、すでに逃げ場はツボミさんが4体のゲンイチローを誘ってやってくる予定の『ヘブンズドラゴンの谷』最深部の方角のみ。円形に広がるこの谷底で完全に逃げ場がなくなる方角だ。だが、もう選択肢はなかった、ツボミさんを放っておくわけにもいかない。
「前方へ向かおう!まずはツボミさんと合流する!」
僕はシノハラさんとセイラさんの手を取り駆け出………………、せなかった。
なぜなら前方からツボミさんが走ってくるのが見えたからだ。そしてその背後には土埃を上げてそれを追う6体のゲンイチローの姿……。僕たちは今、12体のゲンイチローに囲まれようとしていた。
「すまん、みんな!どうやら今日はアンラッキーデーのようだ!」
合流したツボミさんは開口一番にそんな事を口にした。僕ら5人が当初の計画通りの谷の中央部で集結した瞬間、12体のゲンイチローの拳の嵐が降りそそぐ。逃げ場のない誰もが脳裏に死を連想した。僕は右手をかざしスキルを発動させる。ゲンイチローの拳は僕らを包む見えない障壁に阻まれた。あるゲンイチローは攻撃の反動で背中から転げ落ち、あるゲンイチローは自らの力の反作用で拳を砕き腕を失った。(すぐに再生するようだが)みんな何が起こったのか分からずに辺りを伺う。ゲンイチロー達もすぐに学習したのか、闇雲に殴っては来ず様子を伺っている。
「僕のスキルのパーフェクトプロテクトだよ。」
「すごいじゃないか!タカキ君!あのゲンイチローの複数個体の連続パンチは『パワーボム』と呼ばれている恐ろしい攻撃だ!それをこうもあっさりと!」
「確かに完全防御なんだけど、1日1回限定……。しかもこれいつまで持続可能か不明……。」
僕の言葉に沈黙が続く。僕は先ほどツボミさんが口にした「アンラッキーデー」ついて問うた。
「ランダムに通常の出現モンスター数が倍になる日をそう呼んでいる。この日は基本的に活動しないのが常識なんだが、一部腕に覚えのある連中は「ラッキーデー」と呼ぶ者もいる。なぜならこの日の埋蔵コインの額は5倍だからだ。」
「そうですか……、今日はアンラッキーデーだったのですね。これは退却ですね。ツイていないのです。」
「そうだね、ソメヤさんグレートエスケープで全員の離脱って可能ですよね?」
「うむ、やむ負えないな、12体のゲンイチローなど相手にしようもないからな……。よし、今日は徹底をしよう。後日再チャレンジすればいい。」
傀儡状態のナガイ君を除き誰もが「アンラッキーデー」を「アンラッキー」だと解釈したようだ。
「いや……、討伐は続行しよう。」
唯一、パーティーの中で「アンラッキーデー」を「ラッキー」だと解釈した僕の発言に、みんなが振り返り困惑の表情を浮かべた。当然「なぜ?」という思いだ。
「この先、僕らは魔王討伐を目指しているんだ、当然、想定外の事象なんて様々起こってくるはずだと思う。そんな時のためにも、この絶体絶命の局面を打破すべきだと思う。」
僕の「勇気」「大義」「未来」を語った言葉にみんなの反応は。
「5倍に目が眩んだな、タカキくん。」「絶対5倍でしょ。」「5倍の神を呪いたい。」
完全に見透かされていたようだ。
「と、とにかく、試したい事があるから、撤退はその後でっ!」
パーフェクトプロテクトがいつまでもつのか正直分からないので、簡潔に作戦をみんなに伝える。
ナガイ君には別に耳元である甘言を囁く。ナガイ君は僕の両手を取り力強く頷いた。




