第一章 30 修道士の憂鬱
明日のゲンイチロー討伐に向けて「物憂げな猫亭」では、ツボミパーティーのミーティングが開かれていた。とりあえずセイラさんはいつもの通りの態度で、僕はそのネガティブな空気を初めて肯定的に捉える事が出来た気がした。そして僕とセイラさんの先日の出来事に疑念の目を向けているのはどうやらシノハラさんだけですんでいるようだった。
そんな状況の中ではあったが、ミーティング開始後数分で、僕が当初考えていたセイラさんの加入により可能となるかもしれなかった計画の一つは、すでに却下されていた。
「つまり、セイラさんの萌魔法の対象者は、基本的には性別として『男』である事が条件という事か……。」
「そうなのです。ですので、ゲンイチロー…ゴーレムのような性別のないモンスターには効果がないのです。」
僕は前回、『ヘブンズドラゴンの谷』でセイラさんがホブゴブリンを操っていたように、ゴーレムを懐柔してしまえば済む話ではないかと考えていた。しかし、さすがに考えが浅薄すぎたようだ。作戦の一つは脆くも崩れ去った訳だ。となると多少不安は残るがもう一つの作戦しかないか。そんな風に考え込む僕にセイラさんは店の奥を眺めて言った。
「ところで、あの2人は一体どうしたというのです?あんなに仲が良かったでしょうか?」
昨日のタカキーズでの出来事をナガイ君から聞いたようで、ナガイ君と店長のシモンズさんは女性陣に聞かせられないような話題を店の隅で行っていた。ずいぶん盛り上がっているようなのだが、傍から見るとおっさんと丸坊主が紅潮気味の表情でゲラゲラ笑う姿は、いくぶん気持ち悪さを禁じ得なかった。
「ああ…、どうなんだろうね……。」
本当の事を言う訳にもいかず曖昧な返事をした。でもとりあえずナガイ君がいない方が話は早い。僕は別の作戦案をセイラさん、ツボミさん、シノハラさんに伝えた。
「なるほどな、確かに今はそれが一番可能性が高いかもしれんな。しかし、彼は大丈夫か?見たまえあのだらしないデへへ顔を。」
ツボミさんが毒を吐くと、セイラさんが追い打ちをかける。
「ちょうどいいのです。私が操る対象は結局『木偶』となるのですから、まさにあれくらいの木偶の坊がふさわしいのです。」
「木偶って……、辛辣な事を……。
ともあれ、比重は高いけどツボミさんにはゲンイチロー4体を担当してもらって、もう一体が僕、最後の一体をセイラさんが萌魔法で操るナガイ君って事でやってみよう。」
セイラさんと、ツボミさんが頷く。……が、シノハラさんが俯いたまま沈黙していた。
「シノハラさん?今の説明で大丈夫かな?」
シノハラさんは僕を見据えて、か細い声で「大丈夫です」とだけ言った。セイラさんとはまた違う暗いオーラに包まれる彼女の向こうで、相変わらずナガイ君とシモンズさんがエロ話に花を咲かせていた。
夜去時、自分の背よりもずいぶん長く伸びた影を踏みしめる。言葉にできない物懐かしさを感じるのは、どこの世界にいても同じなようだ。もしかしたら、前世なるものがあったとするならば、この世界で存在した事もあったのではないか?それくらい自然に自分を包む感覚に僕は浸っていた。
「シノハラさん、ごめん待った?」
僕はいつかアイテムの使用を試した事のあった公園にシノハラさんを呼び出していた。シノハラさんは尚も浮かない表情でベンチにぽつんと座っていた。僕は隣に座り彼女に笑いかけたが、その表情が和らぐことはなかった。
「最近、元気ないようだし、何というか……、その、なにか怒ってる?」
「……。いろいろ…いろいろ考えていたら、よく分からなくなってしまったんです……。」
シノハラさんは、さらにうなだれて溜息をついた。
「今日もそうですけど、みんなが戦う作戦を話している時に私だけ何も出来ないし……。明日だってきっとただ見ているだけ……。」
「それはシノハラさんが戦闘する職業じゃないからであって……、あっ、いや、やっぱりごめん……。そうだよね、ちゃんとシノハラさんの役割について話すべきだった。」
「あっ、いえ、それはいいんです……。ただ最初はそんな風に思ってイライラしてしまったんですけど、そんな事考えていたら、もっと根本的な事がおかしいって思ったんです。」
その時の彼女の瞳は僕を見据えて不思議な力強さを留めていた。
「前にも言いましたけど、私…一体何やっているんだろうって。だって、ほんの数か月前までただの高校生だったんですよ。それがモンスターを退治するとか……、日々の生活も自分で生計を立てろだとか……。なんでこんな事しなくちゃいけないのかって……、そんな風に思っちゃったんです。せめて誰がなんの目的で私をこの世界に呼び寄せたのか説明してほしっくて……、そう考えたらなんだか腹が立ってきて……。」
それは、この世界に召喚されて僕が初めに思った事であった。なぜこうなったのか。つまり僕たちが召喚された事にもそれなりの動機づけがあってしかるべきなのではないかと。そしてシノハラさんはもうひとつ僕がずっと抱いていた疑問を口にした。
「一番不思議なのは、召喚された人の口からその疑問に対しての話を聞いたことがない事です。確かに私もソメヤさん以外にこんな話した事はないんですけど……。でも誰もがこの状況を素直に受け入れて日々楽しそうにしているのが少し怖いんです。」
今日のナガイ君の顔が脳裏で明滅した。まぁ、あれは意味が違うかもしれないけど。
僕は少し興奮気味のシノハラさんを落ち着かせる。
「僕もそれは疑問に思っていたんだけど、いくつか仮説は立てているんだ。
まず一つはこの世界に召喚された人間は、少なからず以前の世界で生きにくい日々を過ごしていた。それ故に新たな……ミシマさんのいう所の新たな誕生を肯定的に捉えた。だから過去の話をしない。というのが一つ。これは自分を含め、他の召喚組の人間を観察する限り信憑性がある仮説だと思う。
それに加えて、もう一つ。恣意的に感情というか、心というか、精神面について召喚時に何かしらの外的な操作をされた可能性。僕は正直、猜疑心が強いからそれを受けなかったと勝手に思っているけど、さっき、シノハラさんが言った、可能性として『誰もがこの状況を素直に受け入れて』云々って事の説明はつく。
まだ、漠然としているけど、ゆくゆく僕はこの世界に呼ばれた意味を知りたい思っている。というか、僕も勝手に呼んだヤツをぶん殴ってやろうとかも思うよ。」
僕の説明を聞いてシノハラさんは、得心行く部分があったようで立ち上がって僕の正面に立った。
「ソメヤさん!私、この世界は嫌いじゃありません。優しい人たちもいるし、ご飯もおいしいし。でもやっぱり誰かの思うように操られるのも嫌です。誰かの言いなりになるのは前の世界だけでたくさんです!だから私もソメヤさんみたいに自分勝手に、自己中に生きようと思います!」
あれ?なんかひっかかる。じ、自己中……。ひっかかる……。
それはともかく、
「誰かの言いなりになるのは前の世界だけでたくさんです!」
そんな言葉に、前の世界のシノハラさんの状況を垣間見た気がした。
「その、自己中とかは『自分らしく』とかにキレイに変換していいかな………。
まぁ、いいや。そんで、僕はその早道がツボミさんの魔王退治だと思っているんだ。ある種この世界で課せられた目標でしょ?ゴールの先には何かしらの答えがあるんじゃないかと。ただ、ツボミさんに同情してだけ魔王倒すとか決めた訳じゃないんだよ。」
「よかった。実は自分だけがおかしい事考えてしまっているんじゃないかって怖かったんです。ソメヤさんがそう言うなら大丈夫な気がしてきました。」
シノハラさんは再び僕の横に座った。その顔にはもう曇りはない……ハズの展開なのだが、まだ曇っている。
「あっ、あれ?シノハラさん……、まだ何か気に病むような事が?」
「あるんです……。実は最近、ある人が、ある人達と仲がいいんです。そしたらある人達は最近とても明るくて……。きっとある人はある人達に対してなにかしたような気がするんです。見ているとある人とある人達の距離感がすっごく縮まっているような感じなんです。私はそれが一番悲しいんです。」
もはや完全に固有名詞を出された方が楽になれそうな気がする。ある人はそう思う。
「あ~、いや、そのある人はある人達の相談に乗っていただけだと思うよ。それによってパーティーが完成して来た感じだし、まとまりも多少出て来たんじゃないかなぁ?うん。」
「それによって修道士のある人が落ち込んでいるのはいいのでしょうか?ぜんぜんまとまっていないような気がします。その修道士のある人の相談にも乗ってあげるべきだと思いますよ。」
先ほど彼女が宣言した「自分勝手」「自己中」って言葉が、頭の中をリフレーンする。
「……で、その修道士のある人の相談って?」
「あ~、なんだかナゲヤリな感じがするぅ。む~、そのある人はきっとそのある人達になにかしら元気が出るような事をしたと考えているんです、せめて修道士のある人もそれをしてもらいたいと思っているハズですよ。」
なんだこの鋭さは?いや、これは試しているんじゃないか?ある人達にした事を修道士のある人にもする、イコール誰にでもする的な意味に取れる。ここでハグでもしようもんなら、彼女たちを抱きしめてしまった事がバレてしまう。(あれは不可抗力なのだが)それはパーティーの崩壊を招きそうな気がする。恐ろしいトラップだ。よし、ここは誠実な嘘をつこう。
僕はシノハラさんの手を握る。握ると言ってもこれは握手の形だ。僕はある人達を元気づけるためと、信頼の証として握手した事を告げた。シノハラさんはおよそ納得しているとは言い難い顔をした。
「あれ?何をしたと思ったの?しかも、それってして欲しい事なんだよね?どんな事を想像していたの?」
「もう、なんでそんなに意地悪なんですか。もういいです。握手でいいです。」
僕は握っていた右手を離し、シノハラさんの左手とつなぐ。
「右手同士だとただの握手だけど、右手と左手でつなぐと、なぜか優しい感じになるよね。」
微笑む僕にシノハラさんは、
「ソメヤさんって女の子の扱いがうまくて嫌な感じ……嫌いです。」
と言ってはにかんだ。僕はそれには何も答えずしばらくただベンチに座っていた。ずいぶん夕闇が辺りを包んで、魔導で作動する街灯が仄かに灯りだした。明日に備えてそろそろ帰らなくては。
「明日さ、たぶん僕が一番怪我する可能性が高いからサポートよろしくね。」
「……どうしようかなぁ~。」
「おいっ!」
「あはははぁぁっ、嘘ですよぉ~。」
久しぶりに心から笑うシノハラさんを見た気がした。
そして、僕らは帰り道もしばらく手をつないでいた。




