第一章 24 お約束
鼻孔をくすぐるオニオンスープの匂いが立ち込める朝の食堂で、僕たちツボミさんパーティーの一行は朝食を取りつつセイラさんを待っていた。一応、彼女の特等席は確保していたのだが、一向にその姿は見えなかった。
食堂では相変わらず僕たちを奇異な目で見る人達も多かったのだが、先日の勇者一行との出来事が噂として伝わったらしく、僕たちに友好的に声をかけてくれる者も多少出てきた。ある意味あの勇者一行が一部の人達に疎まれていただけの結果なのかもしないが、僕たちの環境は確実に改善されつつあった。
「来ない……ですね、セイラさん……。」
シノハラさんがあからさまに肩を落とすと、それを掻き消すようにツボミさんが満面の笑みで、すぐにはうまくいかないさと、彼女の頭を撫でた。僕たちはパーティーのバランスも考え、魔導士は不可欠であろうと考えていた。ましてや、『ヘブンズドラゴンの谷』で見せたセイラさんの力はぜひパーティーへ組み込みたいという思いだったのだ。
「とりあえず、出かけようか。まだ、すぐにゲンイチローに挑む訳じゃないし、彼女の事はゆっくり勧誘して行こう。」
みんなが頷く中、開いたままのセイラの特等席を眺め、彼女の持つ闇を解決……は無理でも緩和してあげることが先決なんだろうと考えていた。
穏やかな日差しが降り注ぐ『ヘブンズドラゴンの谷』へと続く山道で、すでに十数回目の同じセリフが叫ばれていた。
「ソメヤさん!絶対、絶対、エレガント・チェンジ使わないで下さいよ!」
ナガイ君は僕の些細な挙動にすら敏感に反応して、同じセリフを繰り返していた。シノハラさんがその度に「しつこいなぁ」とボソリとつぶやくのが聞こえる。しかし、あまりに同じセリフを連呼されると僕もある衝動に駆られたりする。
「まぁ、そうは行ってもナガイ君、今日も君のヘタレを直す訓練でもあるからな、積極的に行かないとな。…っと、ほらちょうど良さげなのが3匹いるぞ。」
ツボミさんの指さす方向には三匹のホブゴブリンが歩いていた。
「無理ですよ!三匹もいるじゃないですか!絶対無理!あっ!ソメヤさん!絶対、エレガント・チェンジ使わないで下さいよ!」
ナガイ君は丁寧にも僕に向き直り念を押した。僕はもう衝動が抑えきれずに笑顔でつぶやく。
「エレガント・チェンジ…。」
ナガイ君はホブゴブリンの足元に転がる小石と入れ替わった。三匹のモンスターは突如として足元に転がっている引きつった笑いの剣士に気が付き、猛烈に興奮状態に陥り猛りくるってナガイ君に襲いかかった。
「ぎゃあああああああああああああっ!」
ナガイ君は抜刀もせずに超人的な動きでホブゴブリンの強烈な攻撃を避けていく。数分も続く光景にふと思う。この超人的な回避能力は、確かにナガイ・ヤスユキという剣の達人の身体能力が基礎になっているのだろうが、木剣「気のせい」が「弱気」を触媒としてこの凄まじい回避力を発揮しているのではないだろうか。ならばこの能力はそれなりに有効なのかもしれない。絶対防御、ある意味強力な武器と言ってもいいだろう。ただ、どうやっても敵を倒せないのが難点だが。
「ぜぇ―――――――っ、ぜぇ―――――――っ、ソ…ソメヤさん……、なぜ……。」
驚いたことに、十分以上の攻防にホブゴブリンは疲れたのか、はたまた飽きたのかナガイ君を無視して再び歩いて行ってしまった。戦わずして勝つ。やはりナガイ君は達人だ。
「あっ…、いや…、ナガイ君があんまり『するな』『するな』って言うのから、『押すな』『押すな』的なフリなのかと思って……。つい……。」
「フリなわけないでしょうがぁぁ~!冗談で命かけるわけないでしょうぅぅぅぅ~!」
号泣するナガイ君に謝りつつ、この人を使って遊ぶ快感を覚えつつある自分に気が付く僕であった。
「しかし、ナガイ君の回避能力には相変わらず脱帽だが、このままでやはりゲンイチローを攻略する事が出来ないな。どうするタカキ君。」
確かにツボミさんの言う通りだった。ツボミさんが1人で挑んでゴーレムを攻略出来なかった理由はたった一つ。ゴーレムの持つ再生能力だ。一体を破壊しても他の個体が健在ならば破壊されたゴーレムは早急に再生をするそうだ。つまり、再生を阻むには『ヘブンズドラゴンの谷』に巣食う6体のゴーレムの同時での破壊が必要となる。それでもツボミさんは同時に4体までは破壊が可能という事で、残りの2体を僕とナガイ君で1体づつ担当する予定だった。まさに初心者の試練としてパーティー全体での能力が試されるステージと言ってよかった。
「今の所2つほど打開策の案があるにはあるんだけど……。」
「おお、さすがだタカキ君!して、それは?」
「いずれの方法も鍵はセイラさんを仲間に出来るかどうかだね……。一度、彼女と2人で話してみるよ。どうしても彼女が必要だ。」
「うむ、そうか。だが2人でというのはいかがなものか。どうしても必要だなどと言う男女を、密室で2人っきりにしてよいものだろうか……。私は猛烈にあらぬ妄想を掻き立てられてしまうのだが。」
「君は一体何を言っとるのだ………。ああ~もういいや、ツボミさんなら彼女も心を開くかもしれないしね。じゃあ、帰ったら一緒に話に行こう。」
「おお、一緒にか。いいな、タカキ君と一緒は。うん。」
なんだかよく分からないが、シノハラさんがしばらく口をきいてくれなかった。




