第一章 23 タカキーズ
「ソメヤ君、僕は君になんと礼を言ったらいいのか。」
その日バイトへ行くと冒頭、店長のシモンズさんは僕の両手を強く握りしめてそう言った。今まで気が付かなかったが、シモンズさんの両手は大きくて分厚くいくつもの傷があった。料理人としてはどうかと思う刃物傷。意外とこの人もたくさん苦労して来たのだろうかと考えてしまった。
「ツボミちゃんの件聞いたよ。うれしそうにパーティーの事話していたよ。ようやく自分にも仲間が出来たってね。」
「聞いていいのか迷っていたんですが……。その……。」
「彼女の父親の件だろ?召喚された君たちは知らないだろうが、彼女の父親はカイカ・オーキッドと言い、かつてこの世界では誰もが崇敬する偉大な勇者だったんだ……。」
ツボミ・オーキッドの父、カイカ・オーキッドはシモンズさんの親友でもあった人物だ。それ故彼の事を話すシモンズさんはとても懐かしそうに、そして親愛を込めて話しているのがよく分かった。偉大な勇者カイカ・オーキッドはその強力な力とカリスマ性によって、魔王の首級をその手に収める直前まで迫った人物とされている。
残念ながら最終的には負傷し、魔王討伐は叶わなかったが、悲劇はそこから始まった。甚大な被害を被った魔王はその残った全戦力を投入して報復戦と銘を打ち、各都市を攻撃した。負傷していた勇者カイカ・オーキッドはそれに対抗する術を持っていなかった。
多くの人々が無残にも魔王の眷族の手にかかりその命の灯を消した。人々はその怒りの矛先をあろうことかカイカ・オーキッドに向けたのだった。「あいつが失敗しなければ」「余計な事をしやがって」そんな呪詛の言葉が勇者に向けられ、彼はその戦闘の負傷が原因で失意の海に飲まれながらこの世を去った。
しかし、人々の呪詛の波は収まらなかった。多くの人々がその家族に対しても誹謗中傷を浴びせたのだった。当時まだ7歳だったツボミさんは世間の手のひら返しにひどく戸惑ったと言う。心無い言葉を多くの大人、友人から浴びせられた。そんな経験から彼女は常に明るく振舞い、人々から疎まれないようにと自己保身に走った。だが、その努力とは裏腹に彼女は魔王の報復から11年、18歳の現在までどのパーティーにも属する事すら出来なかった。
父親がカイカ・オーキッドである事が最大の原因ではあったが、加えて彼女は強すぎた。現在でも勇者のほとんどは男性だ。男の強者への嫉妬は想像よりもはるかに彼女に過酷な境遇を強いた。「女だてらに」「女のくせに」彼女は新たな呪詛の言葉を浴びせられるようになっていった。その延長にあのくだらない彼女が「レズ」であるというようなデマも流布されたのだろう。
彼女は常に一人だった。唯一幼馴染のセイラ=デコラティブだけが、彼女の理解者であったが、彼女は彼女で別の闇を抱えていた。結果的に彼女は僕、シノハラさん、ナガイ君の3名が初めての仲間となったのだった。彼女は父親のなし得なかった魔王討伐を本気で考えている。果たして僕らが彼女の悲願にどこまで付き合えるのかは、正直自信がない。でも、彼女が僕らにとっても初めての仲間である事は間違いなかった。今はそれだけでいい。
「昨日、報告に来たツボミちゃんの顔を見て、もしかしたら初めて本当の笑顔見たんじゃないかって思ったくらいさ……。本当にありがとう。やっとあの子も救われるような気がするよ。」
シモンズさんの表情はとても柔和で、子供を想う親のそれなのかな、なんて柄にもない事を考えてしまった。単にすでに自分にもいない「親」という存在を懐古しただけなのかもしれない。
「話は完全に変わるのだかソメヤ君。もうひとつ強烈に感謝している。まぁ若干自分の年を考えると恥ずかしい部分もある話だがね。」
「ああ、ダスク・バンブーの店の事ですか……。」
あまりにもギャップのある話だな……。
「いや、もう彼女たちは犯罪組織からは足を洗ったよ。もうダスク・バンブーなんて名乗ってないんだよ。今、彼女たちは『タカキーズ』と名乗っている。」
「ぶっ!げほっ!げほっ!なっ、なんなんすかその名前っ!」
咳き込む僕を尻目にシモンズは恍惚とした表情を浮かべ目を閉じた。
「健気じゃないか、自分たちを更正させてくれた男の名前を組織の名称にするなんて。正直君がうらやましくもあるが、今までアングラだった彼女たちの施設を今やオープンに誰でも利用できるんだ。やはり君には感謝以外の言葉が見つからないよ、ソメヤ君!」
あれ?シモンズさんってこんな感じだったけ?と感じさせるメロメロぶりだ。しかし、更正って……ただ、やっただけなんだけどな……。
「ちなみにシモンズさん、その……タカキーズにどれくらい行ってるんですか?」
「週3から4だな。」
「…………それって完全に淫魔の魔力に毒されているんじゃ……。」
「何言ってんだ、淫魔どころか彼女たちは天使だよ!そう淫天使だよ!」
もう、放っておこうと思った……。
「ああ、そう言えば代表のメアリーさんがソメヤ君に会いたがってたぞ、なにか相談したいことがあるとか。まったく、うらやまけしからんヤツだな君は。」
「メアリーさんが?なんだろう。」
「営業が順調で二号店、三号店の話もあるらしいよ、各地からサッキュバスが噂を聞いて集まっているらしいし、始まりの街もますます栄えていくな~。」
いいのかなぁ……。そのうち「始まりの街」じゃなくて「初めての街」なんて呼ばれなきゃいいけどな。まぁ、そのうち顔を出してみよう。




