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第一章 22  勇者の笑顔

 「ただで帰れると思うなよな、てめぇ……。いいか、この女勇者の親父はかつて伝説の勇者として魔王を最も追い詰めた男だった。だが結果としてそいつは魔王討伐に失敗した。そしてその報復として多くの街が魔王に壊滅的な攻撃を受けた。俺の両親もその時の報復で命を落とした。俺の仲間も皆似たようなもんだ。多かれ少なかれ世界中がこの女に恨みを持っているんだ。てめぇのような召喚組にゃ、俺たちの気持ちが分かるかよ!」


 「分からないね。なんで恨みが遺伝しているんですか?この世界の遺伝子にはそいう塩基配列があるんですか?ある訳ないだろうがっ!そんなもん!そもそも、女の子ひとりに何やってんだよ!」


 珍しく熱くなり、声が裏返る。普段大きな声を出さない自分にはこういうキャラは似合わないな…なんてどこかで冷静な自分がいる。


 「いいんだ!いいんだ……タカキ君……。私は大丈夫だ……。ずっと、こうやって生きてきたんだ。恨まれても出来るだけ明るく……、冗談を言って笑わせる努力をしたり……、なるべくこれ以上嫌われないように……。いつもの事だ。だから大丈夫、私は……。」


 ツボミさんは泣きながら笑っていた。こんなにヘタクソな作り笑いは初めて見た。


 「いいわけないだろう。僕も似たような境遇で育ったけど、誰にでも好かれようなんてしなかった。言いたい奴には言わせとけばいい。でもさ、仲間だって呼んでくれるなら、僕たちには無理やり笑わなくたっていいじゃん。嫌なヤツの愚痴を言いなよ!泣いてわめいてくれよ!じゃなきゃ、君の本当の気持ちなんて分からないじゃないか!」


 ツボミさんの顔にはもう作った笑いは見当たらなかった。そこには子供のような頼りない少女がただ泣きじゃくっていただけだ。そんな彼女に6体のゴーレムが地響きを上げてゆっくりと迫ってきていた。僕はもう一度問うた。


 「ツボミさん、僕らは君を助けていいよね!」


 ゴーレムの影が彼女を覆い隠す。岩石のモンスターが握る振り上げられた巨大な鉄の塊のような剣が振り下ろされようとしている。シノハラさんとセイラさんが絶叫を上げた。その時、ツボミさんは大きな目を開けて僕の姿を捉えた。大粒の涙を落としながら彼女は頷いた。


 「よし!ナガイ君、後はよろしくっ!」


 「えっ?」


 僕の笑顔を見たナガイ君の顔は文字通り「えっ?」以外の感情は見受けられなかった。次の瞬間僕の前には泣きじゃくるツボミさんがいた。エレガントチェンジでナガイ君とツボミさんを入れ替えてみた。


 「ええええ――――――――――――っ!」


 ナガイ君の絶叫と共にゴーレムの凄まじい連続攻撃が開始された。誰もが目を覆ったが僕はしっかりナガイ君の動きを見ていた。彼はすべての猛攻を紙一重で躱していた。まさに達人の身のこなしと言っていいだろう。


 「ソ・メ・ヤ・さ・ん―――――――っ!なにするんですか―――――――――っ!」


 ナガイ君は珍しく怒りに燃えていた。


 「ナガイ君、その怒りを、つまり『怒気』をゴーレムにぶつけてみて~!」


 ナガイ君は自分の怒りに気が付いたが、いざゴーレムを見ると再び「弱気」が勝り、ひたすら攻撃を躱すのに終始した。なかなかうまくいかないものだ。


 当然、そんなやり取りを勇者一行の皆さんが見逃すはずもなく、アーチャーの男がコチラに向けて弓を放つ動作に入るのが見えた。再びエレガントチェンジで彼の屋筒の中身をすべて1ゴールドに交換する。


 「なっ、なんだこりゃ!矢がなくなった!はぁ?コインが入ってるんだけど!」


 アーチャーのドタバタに勇者はさらにイライラを爆発させ、剣を抜き放ちこちらに向かってきた。


 「ソ、ソメヤさん!来るよ、めちゃくちゃ怒ってるよ!」


 シノハラさんがツボミさんを慰めながら、慌てて言った。正直僕も慌てた。


 「ツボミさん、節操がないのですが、僕らも助けて頂けると……。」


 ツボミさんは泣きながら笑った。今度の笑い方はとても自然で、とてもかわいかった。


 「はははは、君は本当に面白いな。よかろう!仲間だからなっ!」


 そう言って彼女は颯爽と立ち上がり勇者に向けて剣を構えた。心配したセイラ=デコラティブの「大丈夫?」の問いに対しても、「いいパーティーだろ?」といつもの太陽のような笑顔で答えた。あのネガティブな魔導士がその瞬間笑みを浮かべた気がして僕は心底驚いた。


 「この呪われた勇者がぁぁ!」


 怒りの燃える勇者の渾身の一撃が放たれた。ツボミさんはゆったりとその一太刀を剣で受け、刀身で滑らすように流した。勇者は体ごと彼女の後ろ側に流されたが、続けだざまに勇者の影に隠れていた剣士が突きを放った。ツボミさんは今度は剣を受けずに体を逸らし避けた。バランスを崩した剣士の足元に強烈な足払いを放ち、剣士は派手に転んだ。

 その一度の手合わせのみで、両者の力の差は歴然だった。それでも勇者と剣士は剣を振るい襲いかかるが、それはもう戦闘と呼べるシロモノではなく、大人が幼児をあしらうかのごとき光景だった。


 「ソメヤさん!あの魔導士なにかしそうだよ!」


 シノハラさんの叫びの向こうで、相手の魔導士が魔法の詠唱を唱えていた。振り上げた両手に電気を帯びていた。俗にいう雷属性の魔法といったところだろうか。だが、シノハラさんの言葉よりも前にその動作に気が付いていたのはセイラさんだった。彼女はすでに杖を相手の魔導士、聖職者、アーチャーのいる付近へ向けていた。不意に彼らに隣接している岩石が打ち砕かれた。


 「うわぁ~~!なっ、なんだ!」


 彼らの絶望的な叫びの前に現れたのはホブゴブリンであった。どうやらセイラさんにより使役されているようだ。ホブゴブリンは魔導士が魔法を放つ暇も与えずに、力任せに魔導士、聖職者、アーチャーを薙ぎ払った。3人は数メートル飛ばされ地面に叩きつけられた。意識はあるようだが、その表情からはすでに戦意を喪失していた。セイラさんはそれを確認すると、ホブゴブリンをその場から退場させた。


 「分かった、すまなかった!もう許してくれ!」


 一方、さんざん剣を振るった疲労感から勇者と剣士はクタクタになりへたり込んでいる。そこへツボミさんが剣を向けていた。2人は先ほどの仲間に対するホブゴブリンの攻撃を見て完全に心が折れたようだった。ツボミさんは怒りの表情を浮かべているが、それは頬を膨らませるごくごくかわいらしいものだった。


 「君たち!先ほどタカキ君の口から非常に気になる言葉を聞いたが、私にゴーレムを弱らせてその上で彼らを倒する算段だったのか!」


 勇者と剣士は完全に怯えて、ひたすら低頭平身でツボミさんに謝り続けた。


 「いいか、私が怒っているのはいろいろ言われたり、されたことではない!いいか、仮にゴーレムを倒したところで人の力を借りたのでは、それは自分たちの力にはならないんだぞ!つまり新たな街に行ったところで余計に苦労すると言う事だ。もし、真剣に勇者を目指すのなら自分たちの肉体も精神も鍛えなければ意味がないのだ!」


 勇者と剣士をはじめ、僕たちも目が点になってしまった。この期に及んでツボミさんは、彼らの様々な嫌がらせよりも勇者としての心構えの不備について怒っていた。どう見てもふざけている訳でも、とぼけている訳でもなさそうだ。

 完全に大人なしくなってしまった勇者一行はシノハラさんに傷を癒してもらい、すごすごとその場を去って行った。あれほどの実力差をまざまざと見せつけられたことで、彼らが再びツボミさんに対峙する事はないだろう。今回の出来事で彼女に対する偏見が少しでも軽減すればいいのだが……、そんな事をいつもの明るい笑顔を見せる勇者に思うのだった。


 ずぅううん。ふと気が付けば巨大な物体が砂埃を上げて蠢く光景に気が付く。


 「わぁぁぁ―――――――っ!なっ、何、大団円しているんですかぁ~!僕の事忘れないで下さいよぉー!」


 正直忘れていた。ナガイ君はまだ6体のゴーレムに追われ続けていた。僕はすぐに1ゴールド金貨とナガイ君を入れ替え、彼を救った。ナガイ君が消えた事にゴーレム達は雄たけびを上げた。


 「うぇあ、ぶぉふぉ、なぁだぃ、だんぽぃ!」


 「妙な鳴き声かな、何か喋っているようにも聞こえる。」


 僕の感想に対してツボミさんが苦笑する。


 「ああ、ゲンイチローは人語を解しているからな、なにか恨み節でも言ったのかもしれないな。ただ、圧倒的に滑舌が悪くて、それを理解した者はいないらしい。」


 僕は遠い目で見上げた空に「風雲昇り龍」を見た気がした。


 「ちょっと~!無視し過ぎですよ!無茶しすぎですよ!ソメヤさ―――――――ん!」


 ナガイ君が涙目で僕に掴みかかってきた。埃まみれ、汗まみれの彼を見て、僕は改めて感心していた。


 「やっぱ、すごいよナガイ君!かすり傷ひとつないじゃん!すべての攻撃を避けたんだね!」


 ナガイ君は予想外の言葉だったのかポカンとしていたが、ツボミさんが同調して続けた。


 「確かに君はやはり素晴らしい才能を持っている。私ですら邪魔が入ったとはいえ、無傷でゲンイチロー達の攻撃を避け続けるなど到底出来はしないぞ。」


 ナガイ君はかつてない賞賛を浴び、破顔しながら「そんな事言っても許しませんよ~」と、許してくれた。


 「さて、ゲンイチロー退治はどうする?ツボミさん?また一人で行く?」


 「意外と意地が悪のだなタカキ君は!いろいろ悪かったよ……また出直そう。彼らは決して強くはないが、やはりパーティーとして複数名でなければ倒せないようだ。みんな、改めてよろしく頼む!」 


 ツボミさんは一人一人の目をしっかりと見て頭を下げた。僕らは決して自信があるわけではないが、今回の件で拙いながらに仲間を助ける事が出来る事を知った。そしてそれはとても気持ちのいいものだと言う事も。


 「どうだろう、セイラちゃん、改めてだが私のパーティーへ入ってくれないか……。」


 ツボミさんは一人浮かない顔をしていたセイラ=デコラティブに問いかけた。セイラさんはもう僕たちがツボミさんの足手まといだとは言わなかったが、それでも加入を考えさせて欲しいと言った。自分の力ではやはりツボミさんの力にはなれないと。


 「でも、君の力はすごいじゃないか。モンスターを操る力なんだろ?」


 「やはりツイていないのです、こんなに穏やかないいシーンの中で、無粋にも触れられたくない事に触れられてしまうとは……。私はソメヤさんを呪います……。」


 「いっ!なっ、なんで?」


 意味も分からず今日も呪われてしまった。セイラさんはそのままひどいネガティブなオーラを纏って一人で帰ってしまった。苦笑いのツボミさんは、


 「彼女の能力については基本、タブーでお願いする。彼女はその話をされるのをひどく嫌がるのだ。すまんが察してくれ。私から改めてパーティへは誘ってみるよ。」


 最後に思いがけずに呪われてしまったものの、勇者の笑顔を取り戻せた、今日はそれだけで良しとしようじゃないか。


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