第一章 19 大いに不満足です
「で……、僕らになんのご用でしょうか?」
僕の緊張感のない質問に、セイラ=デコラティブは緊張感を持った表情で回答した。
「ツボミ=オーキッドがケガをしました。治療を終え現在は寄宿舎にいます。」
「ケ、ケガってどの程度の!大丈夫なのか!」
僕は慌てて聞き返す。
「ケガは大したものではありません。ただ、あなた方に彼女を止めて欲しいのです。」
僕はケガの様子にホッとしたものの、セイラさんの言う「止めて欲しい」との言葉に再び不安な感情が芽生え始めた。
「止めるって、彼女は一体何をしているの?僕らには特訓としか教えてくれなかったんだけど。」
「確かに特訓で間違いはありません。しかし、その内容が常軌を逸しているのです。」
セイラさんの話ではツボミさんが行っている特訓とは、ナガイ君同様、モンスターを狩るというごく普通の行為であった。ただし、出てくるモンスターが多く、強力であるが故に、そこは本来パーティーとしての連携なども視野に入れたフィールドであり、単独で行動するなど正気ではないそうだ。本来ならば5名、少なくとも最低4名で行動すべき場所との事だ。
「どうしてそんな場所で…。」
シノハラさんの言葉にセイラさんは過敏に反応した。
「あなた方が仲間として不適合だからです!」
先日、僕に向けられた感情を、このネガティブな魔導士は再び露わにした。その言葉に当然シノハラさんは傷つき沈黙してしまった。この子とツボミさんの間には一体何があるのだろう。
「僕らが仲間としてダメなのかどうかはツボミさんが決める事だと思うよ。少なくとも君にここでどうこう言われる筋合いの物じゃないと思う。それになぜ、不適合だと言った僕らに助けを求めるんだい?そこまで言い切るなら君が止めればいい。君の言動は少し矛盾していないかな?」
その時、セイラ=デコラティブは大きく動揺して、僕はこの子の人間味のある表情を初めて見た気がした。だがその驚きの表情は徐々に曇って行き、それを見た僕はいつもの調子で言ってしまった事をすぐに後悔した。まさかこの暗黒の住人のような魔導士が……、
「うぅ、ひぐっ、最強最悪に…うっ…ツイていないのです……、ひぐっ…。こんなに理詰めで責められるなんて………。私はただ、うぅ……ツボミちゃんに無茶な事……、して欲しくなかっただけなのに……ひっぐ。理屈の神様を……呪うのです……。」
その意外と大きな瞳から大粒の涙と、ちいさな鼻から鼻水を垂らしながら彼女は泣きじゃくってしまった。ほとんど幼児のそれに近い程の無邪気な悲嘆と言っていいだろう。
「ソメヤさん!ひどいですよそんな言い方!」
シノハラさんが、泣きじゃくる魔導士を自分の方へ引き寄せ慰める。あれ?何この図式?完全に悪者になってしまっているのだが。
「いつも思うんですけど、ソメヤさんの正論は痛すぎるんです。しかも感情が籠っていないから冷たいし。直した方がいいですよ、そういうトコ。」
が――――ん。
僕は僕に影響を与えない他人、例えば先日の食堂で難癖をつけてきた勇者のような存在に、どんなに汚い罵詈雑言を浴びせられようと毛ほども思わないのだが、いざ少なからず心を許した人間に対してはほんの些細な言葉に傷ついてしまうのだった。
だが、そこは捻くれ者のはしくれ、落ちる心をなんとか抑え、セイラさんに言い過ぎた事を謝ってこの場を収めた。
帰り道はようやく泣き止んだセイラさんも一緒だったのだが、シノハラさんと妙に意気投合したようで自分的には非常に複雑な気がしたのだが、まぁこれはこれでいいのかもしれない。
後で聞いた話だが、帰り道合流したナガイ君は目を真っ赤にはらした魔導士の姿、どこか僕に対して不機嫌なシノハラさんの態度、そして見るからに落ち込む僕を見て、あらぬ想像をいろいろとしていたそうだ。
寄宿舎に帰り真っ先にツボミさんの部屋へ向かった。彼女の部屋は僕と、シノハラさん、そしてセイラ=デコラティブの階の上にある。ちなみにナガイ君もこの階だ。女性の部屋に大勢で入っていくのは気が引けたが、ツボミさんは気にせず入ってくれと言った。サバサバした彼女らしい言葉だと思ったが、
「みんな……。すまないな、心配をかけてしまったようだ。でも、もう私は大丈夫だ。」
ベッドで上半身を起こして迎えてくれた彼女の口から出た次の言葉は、完全にいつもの彼女ではなかった。確かにケガは腕や足への打撲のみの軽微なものらしかったが、この元気のなさは、正直かなり重症なのではないのかと伺えた。つまり精神的にという意味でだ。
「いや~、私らしくないヘマをしてしまってな。モンスターとモンスターの挟撃を許すなど、初歩的な索敵を怠った報いだな。明日は必ずリベンジしてみせるよ。ははははは。」
「明日って、ダメだよツボミさん!そんな怪我をしているのに。」
シノハラさんが慌てて言った。
「いやいや、これしきの傷で休んでいては勇者として大成は出来ないからな。うん。」
何かひっかかるなぁ。
そう漠然と感じた僕はこんな事を口にしてしまった。
「本当にモンスターとの戦いでヘマしたっていうのが、その落ち込んでいる理由なの?」
ツボミさんが一瞬表情を硬くする。周りの面々も僕の質問の意図が見えないようだ。特にセイラ=デコラティブは不快感を露わにしている。
「いつも君はいろいろと鋭いな。確かに他に理由がない事もない。でもそれは私の矜持に係る話なので、それについての答えはここでは差し控えさせてもらおう。」
この回答での彼女の表情はとても強い意志を持っているように感じた。彼女にとってとても大切な事柄なのだろう。
「分かった。じゃあ、もう一つだけ。ツボミさん、一人で高レベルのフィードで活動しているらしいね。なぜそんな事を……。」
僕の質問に答えたのはツボミさんではなく、セイラ=デコラティブだった。
「そんなのは、何度も言ったようにあなた達が、足手まといだからに決まっているじゃないですか!」
僕らはある意味その真実を捉えている言葉を聞き、表情が曇る。悔しいがこれは正論ではある。だが、そんな思いを払拭するようにツボミさんが否定した。
「それは違うぞセイラちゃん。彼らはようやく出来た私の大切なパーティーなんだ。足手まといなどとは考えていない。でも、確かに今のパーティーの状態ではいつまでも『始まりの街』から抜け出すことは出来ない。だから私はもっと強くなろうと思ったんだ。彼らを守れるように、それこそ1人で5人分を補えるような強さを身に付けたいと思ったんだ。タカキ君、これが答えだ満足してもらえただろうか。」
当然僕の答えは、
「大いに不満足です。」
に決まっていた。




