第一章 18 これから
食堂でのいざこざがあってから、僕らは食事を「物憂げな猫亭」で取る事にしていた。あえていざこざを助長するような状況を作らないための僕らなりの配慮だった。
ここ数日、朝食後ツボミさんはひとり用があると言って僕らと行動をしなかったのだが、帰りも夕方遅く、毎日ひどく疲れている様子だった。シノハラさんが何をしているのか尋ねたが、一言「特訓」とだけ言ったそうだ。僕らは心配はしていたが、彼女が普段と変わらぬ明朗さを取り戻していた事や、僕らは僕らでナガイ君の「特訓」に付き合っていたので、数日間同じような毎日を重ねていた。
「うりゃぁぁぁぁぁっ!」
ナガイ君は相変わらず飽きもせずに今日もグレムリンだ。もう何百匹も倒しているように思うのだが、彼は相変わらずビビりで、及び腰で敵に対している。ただ、そんなナガイ君を見ていて、戦闘に関しては素人の僕でも彼の流れるような体の動きには感心する。かなりの数の戦闘をこなしている彼は、ビビりながら敵を避けているのだが、かすり傷ひとつ負わないばかりか、さほど疲弊もしていない。言うなれば紙一重で敵を躱し、最小限の力で敵を倒しているようだった。
「ナガイさん……、よく飽きませんね……。」
シノハラさんは小さなあくびをしながら言った。
「うん……確かに…。さすがにただ見ている僕らのが飽きてきたよね…。散歩にでも行こうか。」
「わ~い。行きましょう、行きましょう。」
僕らはソメヤ君にその辺を探索してくると伝えて、歩き出した。さすがのビビりのソメヤ君もこのフィールドでは一人でも問題はなさそうだった。
このフィールドは僕らが初めて戦闘のチュートリアルを受けた場所だけあって、今日も多くの初心者達が、グレムリン狩りに勤しんでいた。しばらく2人で談笑しながら歩いていると、この世界で誕生日を迎えたばかりであろう一団に遭遇した。彼らの先頭にはガリガリの出っ歯で貧相な感じの教官、ポルックスがいた。彼は僕らに気付き、さして興味もなさそうに声をかけてきた。
「あなた達はまだこんな初期フィールドをウロウロしているのですか?あなた達の時期の方はそろそろ、『ヘブンズドラゴンの谷』へ挑戦する者も現れているというのに。いつまでもこんな所にいてもどうにもなりませんよ。」
「その『ヘブンズドラゴンの谷』ってのはなんなんですか?」
僕の問いにポルックスは心底呆れたようで、溜息をつきながら、初心者がこの街を出て新たな街へ向かうための試金石となる、モンスター討伐を行う場所だと言った。つまり、そのモンスターを倒す事が出来る者だけが新たな街、要するに魔王討伐への旅に出る事が出来ると言う事のようだ。
「たまには案内所で情報を得たらどうですか。ああ、どうやらあなたはまだ『職業』も決定していないようですね。自己流ではこの世界では生き残れませんよ、早く『職業』を決定しなさい。では、失礼します。」
そのやり取りを聞いていた初心者の一行が、ヒソヒソと話しながら僕を好奇の目で見ていた。ヒソヒソの中に「無職」や「ニート」なる単語が混じっていたが、少なくとも引きこもってはいないだろうと意味なく思っていた。
「なーんか嫌な感じぃ……。」
シノハラさんは腕組みをして、頬を膨らませて分かりやすい怒りのポーズを取った。
「まぁまぁ、彼らは生まれってのヒナみたいなもんだから、これからこの世界の過酷さを知るよ、たぶん。」
「んもう~、ソメヤさんはいつもそんなんだから、舐められるんですよぉ~!」
それにしてもポルックスの説明には疑問が残る。初心者の街を出る試金石が「ドラゴン」とは、ハードルが高すぎないだろうか。しかも「ヘブンズドラゴン」と言っていた。名前からしたらもうボスキャラクラスの威厳ありありじゃないか。そんな事を考えているとシノハラさんの視線を感じる。僕が気が付くと彼女は心配そうな表情で聞く。
「ソメヤさん、その…、これからどうするんですか?」
「どうすると言うと……、例えばツボミさんの件とか?」
「……はい。あれから考えてみたんですけれど、やっぱりこの世界で魔王退治が目的に定められているなら、出来ないまでも目指した方がいいのかなぁとか……。さっきポルックスさんが言っていたみたいに、基本的にはこの世界のルールに乗った方がいいのかもしないなんて思ったり……。」
その先にあるのが魔王との対峙であると考えると、シノハラさんがそのように言ったのは少し意外な気もした。ただし世界のルールに従うというのは、どこかで彼女が内包している「諦観」のようなものに起因しているのではないだろうか。そんな知ったかぶりな思いが浮かんで消えた。
では、僕はどうしたいのだろう。
僕は先ほどポルックスに言われたことに、実は自己嫌悪を感じていた。この世界へ来て、自己流で好きにやってきたが、確かに限界はあるハズで、ある程度はシノハラさんが言うようにこの世界のルールに従わざるを得ないハズだ。そんな事は重々承知していたつもりでいたが、実際には『ヘブンズドラゴンの谷』なんてものの存在すら知らなかったのだ。
ツボミさんの言う「魔王討伐」はさすがにイメージがわかないが、当面はその『ヘブンズドラゴンの谷』なるものを目指すしかないのかもしれない。確かにいつまでもこの街に留まったところでこの世界の事を知る事は出来ないだろう。
「ヘブンズドラゴンに出るモンスターってさ、何ゴールドなんだろうね。」
「え~っ、そういう目標ですか~。……って実は私もそれは気になっていました。」
「へぇ~意外だね。シノハラさんはお金あったらなにしたいの?」
「ソメヤさんにお洋服をプレゼントしたいです。」
「えっ?」
「さっきの新人さんの中に『ピザ屋って…』って笑っていた人いましたよ。私悔しくて!だからソメヤさんのかっこよさが引き立つお洋服をプレゼントします!」
「えっ?僕ってかっこいいの?」
「えっ……、喰いつく場所そこですか?」
「あれ?前にもこんな話をしたような。」
僕らがそんな会話で笑いあっていると、すさまじく冷たい視線の存在を感じた。「冷たい」と言うよりは、より冷淡という意味で「つれない」視線と言ってもいいだろうか。
「そして今日も間違いなくツイていないのです。再びこんなリア充な光景を見せつけられるとか、私はさらにリア充の神を呪います。」
「でっ、出たっ!」
「人をお化けのように扱わないで頂けますか。」
セイラ=デコラティブは今日もまた変わらず負のオーラを全身に纏い、鬱々と僕らの前に現れた。




