第一章 14 サッキュバスの館
ナガイ君の所属していたパーティーは、町はずれの冒険者達が安価で利用している寄宿舎の2階を本拠地として使っていた。1階の寄宿舎の中の様子が窓越しに見えたのだが、勇者や剣士、魔導士らしき人々が共同で暮らしているようだった。みな一様に暗い顔をして疲弊しきっているように見えた。つまりここにいる人々はみなミシマ・タクマと同じような境遇という事だろう。放っておけばミシマ・タクマもまたここでの共同生活を始めるしかなくなるのかもしれない。
しかし、ひとつ大きな疑問があった。ここには50名近い戦士たちがいる。その能力は把握出来ないが、これだけの数の男達がなぜダスク・バンブーに大人しく従っているのかという点だ。一斉に反旗を翻せばこの苦しい使役の境遇から逃れる事が出来る筈なのに。
もしかしたら彼らを縛っている「なにか」が存在するのではないだろうか。
「え~~っ!一人で行くって何でですか、ソメヤさん!」
シノハラさんは珍しく大きな声を出して僕に詰め寄った。
「まだ、疑問点も多いし、確かめるべき事が多いからさ、まずは僕が話し合いに行ってみるよ。」
「危ないですよ、一人でなんて、なにかあったらどうするんですかぁ。」
「大丈夫、僕、確実に逃げることが出来るスキルも持っているから。」
今の所まだ使った事のないグレートエスケープの事だ。僕は反対するみんなを宥めて一人で2階の入り口へ進んだ。小声で何かあったらすぐに大声を出すんだぞとツボミさんが言った。僕は頷いて扉をノックした。ほどなく魔導士風の女性が現れ僕の要件を聞くと中に通してくれた。
僕は通された部屋の中を見回して、不吉な予感が加速度的に増幅していくのを感じていた。部屋の壁紙はピンク。バラの香りに包まれ、妙に湿度が高い気もする。
「君かい、あのナガイって小僧の居場所を知っているってのは?」
そう言って部屋に現れたのは、黒い下着の上にスケスケのキャミソール姿の女性だった。ブロンドの腰まで届きそうな長い髪はストレートで美しい光沢を留めていた
「あっ、はい……。……あの……、あなたがリーダーというか、責任者の方なのでしょうか?」
「ふふ、女だてらにって思っているのかい?そうだよ、私がリーダーのメアリー・ファニングだよ。ウチのパーティーは20名、すべて女なのさ。まあ、兵隊は下にいる50人の男どもだけどね。」
「そうですか、では要件をお伝えします。ナガイ・ヤスユキ、彼を自由にしてあげて欲しいんです。彼は僕らのパーティーに入りたがっています。」
「……。ふ~ん。じゃあ、何かい、君はあの小僧のためにそれを頼み来たという訳だ。君、私たちが何者か理解しているの?」
「ええ、あなた達はダスク・バンブーという組織の方々ですよね。それは承知で来ました。」
「へぇ~、それを知っていて一人で来るとはね。バカなのか、勇気があるのか。どっちだろうね。」
メアリー・ファニングは舌を出して上唇をなぞった。その動きはとても妖艶で、一瞬ドキッとさせられる。
「で、それじゃ、私が君の要求を飲んだとして、君は私たちに何を提供してくれるんだい?」
「今にところ、こちらからの提示は特にありません。なぜなら、彼があなたがたのパーティーから抜ける事に関して、あなた達に実被害を及ぼしたとは考えづらいからです。」
「お前、なめてんのか?」
メアリー・ファニングの傍らで黙っていた魔導士がイライラした口調で言った。 メアリー・ファニングが黙るように諭す。その時にメアリーが呼んでいた魔導士の名前は「ジュリア」、おそらくこの女がナガイ君を誘った女のようだ。よく見るとミシマ・タクマを騙した魔導士ジェシカに似ている。おそらく姉妹と言ったところなのだろう。
「あの子にはパーティーを止める条件を話していたハズだけどね。」
「脱退には100万ゴールドというヤツですね。しかし、それは加入後に聞いた話ですし、口頭で説明を受けただけのものですからね、なんら根拠としては脆弱過ぎません?大きなお世話かもしれませんが、今後は書面を残すべきですね、しかもその脱退の条件は約款として出来るだけ分かりにくく書類に明記し、その書類に記名をさせるべきですね。出来れば種類は複数用意するのがベストですね。微妙に内容を変えどんな角度から見ても契約が正当に見えるように誘導するべきです。いかに言い逃れできない状態を作るか、これが一流の詐欺師ってもんですよ。」
再びジュリアが大声で怒りを露わにする。驚いた他のダスク・バンブーのメンバーが部屋に入ってきた。その中には魔導士ジェシカも確認できた。メアリー・ファニングはテーブルを強打し、一瞬でメンバーを黙らせた。
「はははははははっ、面白い子だねあんた。どうだい、だまし抜きでウチに入らないかい。あんたならいい詐欺師になれるだろう。」
「あいにく、詐欺師には前の世界で嫌ってほど痛い目にあわされて、大嫌いなんですよ。」
「いいだろう、あのナガイって子の事はもういいよ。」
周りの女たちがどよめく。普段なら考えられない措置と言ったところだろうか。
「その代り、あんたはただでは自由に出来ないね。私はしつこいからね、あんたがウチに入るまで嫌がらせが続くかもしれないよ。」
僕はとりあえずナガイ君の件が受け入れられた事にホッとした。自分の事なら正直なんとでもなるだろうという思いがあったからだ。さて、これからどう口八丁で乗り切るか。
「ひとつ、聞いていいですか?」
「なんだい?」
「疑問に思っていた事の一つですが、どうして下の連中は暴動を起こさないんですか?組織の構成員があなた達のような女性と言うのを聞いて改めて不思議に思っているんですが、何が彼らを縛っているんです?」
「私たちが『女』だからこそと言った方がいいかもしれないね……。例えば…、あんた今、起ってるだろう?」
「………?いえ、座ってますが…?」
「じゃなくて、そこ。」
メアリー・ファニングは僕の下半身を指した。気が付けば僕の下腹部は、自分の意志に反して欲情丸出しの状態になっていた。僕は赤面して股間を隠す。
「安心しろ、それは人として正常な状態だ、なぜなら私たちは『サッキュバス』という淫魔の種族なのさ。私達を前に全く欲情しないならば、それはそれで病気という事だ。
下の連中は確かに騙されてここにやってきた。そして彼らは日々モンスターを倒しゴールドを私達に届ける。だが一方的な搾取ではないぞ、ここでは食事などの支給もあるし、なにより私たちとのスペシャルなお楽しみもあるって訳さ。本当は私たちが精気を得るためにやっている事だけどね。この意味分かるだろ?」
僕は内容を聞いてクラクラしてきた。つまり、暴動や逃亡が起きないのは男達がある意味満たされてここにおり、決して不満だらけという訳ではないという事なのだ。そう考えると下で見た疲弊した男達の顔はモンスター狩りでの疲弊かどうかも怪しい。楽しんでただけじゃないのかという疑念すら起きてくる。
「つまりだ、私達はある程度持ちつ持たれつでうまくやっているのだよ。」
「はぁ……、なんとなく、あなた達の存在があまり大きな問題になっていない気がするのも分かってきた気がします。そもそも彼らには問題という意識すら希薄と言う事ですね……。」
「ソメヤ・タカキ、私は君が気に入ってしまった。どうだ、私と勝負をせぬか?」
「勝負?ですか……。」
まわりの女たちがいやらしい笑いを僕に浴びせていた。僕はひたすら嫌な予感しかしなかった。




