第二章 62 ヴァンパイアの旅立ち
その問いにはマリスさんが答えてくれた。
「実は新たなヴァンパイアの出現は瞬く間に街では喧伝されてしまったんだ。そして、その時期から既にナコルスの計画は始まっていたんだと思う。レベルに手出しをする者が何人か存在したんだ。恐らく彼のDNAを欲していたんだろう。本当はここにいるのがベストだったんだが、さすがにそうもいかないからな。」
マリウスさんはチラッとブラドさんを見た。バツが悪そうにブラドさんは右上を眺めてやり過ごした。
「俺はハンターとしてレベルを専門に追う立場を利用して、彼を守っていたんだ。当然、接触して研究の手伝いもしてもらいながらな。」
マリウスさんの言葉に続けてシャロンさんが、
「私も街での噂なんかを、冒険者達から収集するためにあのお店を開いていたの。このフィールドでの採掘など、不穏な動きが始まったのがちょうどその頃だったから……。」
僕は頷きながら、「では、ブラドさんの放浪も調査目的だったんですね。」と問うと。
「いや、俺のはただの趣味だ。」と、たぶん本当の事を言って場を凍らせた。その空気を紛らわすかのようにブラドさんは続けた。
「だいたいの状況はつかめただろう、ソメヤ。マリウスよ、残念だがやはりレベルを人間に戻す事は不可能だ。これよりこいつらの罰を執行する。」
シャロンさんもレベルさんもすでに覚悟は決まっているようだった。マリウスさんももはや何も言わなかった。
「で、僕は意見を言って言い感じでしたっけ?」
僕は緊迫した空気の中、緊張感皆無でブラドさんに言った。
「何かあるのか?」
「というか、ここへ呼ばれた時点で、それが僕の役目なんだと理解していましたが。」
僕はじっとブラドさんを見つめる。同じく僕を見つめるブラドさんの目が細くなった。
「けっ、やりづれぇ、ヤツだな。なんだ?言ってみろ。」
ブラドさんは言葉の内容とは裏腹に、さして不快な感じを現さずに言った。
「とりあえず旧習に従うのは仕方がないとは思いますが、それに縛られて命を奪うと言うのは、やはりいささかその旧習に再考の余地もあるような気がしまね。正直誰トク?って感じです。
大体、ヴァンパイアを人間に戻す研究がダメなら、視点を変えて、それこそ今後を見据えて建設的な研究をするべきじゃあないですか?つまり、ヴァンパイアが人をヴァンパイア化出来ないようにする研究ですよ。これが根本的な問題な訳ですから。
では、それを誰がやるか?そりゃ、ヴァンパイアの研究に長けているマリウスさん、レベルさんの力が必要じゃあないですか?」
「ふん、論点をすり替えやがって。じゃあ、シャロンはどうする?一番罪に問われるべき存在のシャロンの存在意義は?こいつは研究なんぞ出来ねーぞ。」
ブラドさんは娘を貶しつつも、シャロンさんの反応を気にしているのがバレバレだ。
「ブラドさん、馬鹿ですか?」
僕の軽口にレベルさんとマリウスさんが固まった。
「シャロンさんみたいなキレイな女性は、それだけで存在意義アリアリじゃないですか。しかも、超絶美人は大概の事は、何しても許されてしかるべきでしょ?ついつい許しちゃう、そんな経験おありでしょ?」
レベルさんとマリウスさんはさらに固まって微動だにしなかった。シャロンさんは恥ずかしそうだ。
「ぶはははははっ!お前、それマジで言ってんのか?」
ブラドさんは噴き出してお腹を抱えた。僕はこれ以上ないってくらいマジっぽい顔つきで、静かに頷いて答えた。ブラドさんも今度は微笑んで、
「じゃあ、俺に振り上げた拳を下せってんだな。だが、そう簡単にはな……。」
「しっ、失礼いたしますのですっ!」
ブラドさんの言葉を遮り、妙な空気をより一層奇妙に塗り替えたのはセイラさんの突然の入室だった。派手にドアを開けて登場した彼女は、ブラドさんの存在を認めるとキャラにない素早い身のこなしで彼の傍らまで進んで、サイン帳を差し出した。
「いつぞやは知らない事とは言え失礼致しましたっ!わ、私はセイラ・デコラティブと申します。ぜひ、ブラド様のサインを頂きたいと、参上した次第なのです。」
ブラドさんはまた「くくっ」と笑って、セイラさんからサイン帳を受け取った。
「ああ、お嬢ちゃん、お前の活躍はしっかり見ていたぜ。にしても、あの闇魔法はどこで覚えた?」
セイラさんはキョトンとして言葉の意味が理解できないようだった。
「私は……、闇魔法に憧れていますが……、その…、使う事は出来ないのです……。」
そんな答えに意外そうな表情を浮かべたブラドさんは、サイン帳をめくりさらに驚愕の表情を重ねた。
「レベル、お前のサインもあるな……、この先頭のサイン、見たか?」
ブラドさんに振られたレベルさんは、神妙でありながら少しだけ表情を緩めて、
「はい、ブラド様が以前おっしゃっていた方のサインかと……。」
「お、お嬢ちゃん、これをどこで手に入れた?」
ブラドさんのサイン帳を持つ手がワナワナと震えていた。
「子供の頃に家の近くで頂きました。」
「ほう、で、お嬢ちゃんの家ってのは、どこだ?」
「私は元々はベネデッタという街の出身ですが。」
「結構遠い街だな。…………おい、ソメヤ、やっぱり俺は振り上げた拳は降ろさねぇぞ。」
ブラドさんはそう言いながら新しいページを開き自らのサインをし始めた。
「そ、そんな、いや、ブラドさん。」
少しいい雰囲気だったハズなのだが……。セイラさん……。
「やはりこの街に3人のヴァンパイアは多すぎる。最低でも1人は減らすべきだな。」
そう言って改めてシャロンさんを見つめた。僕は慌ててシャロンさんを庇おうと立ち上がった。
「おい、シャロン、レベル、お前ら命拾いしたな。俺は今から旅に出る。この街はお前らに任せる。狼共の事を頼んだぞ。」
恐ろしく急展開に誰もがついていけなかった。つまり、この街から1人ヴァンパイアを減らす、ブラドさんを減らすという事のようだ。
「お嬢ちゃん。あんたには偉大な闇の魔導士の加護がある。それだけは忘れない事だな。」
ブラドさんはそう言ってサイン帳をセイラさんに渡すと、彼女を強くハグした。セイラさんは舞い上がって顔を真っ赤にして喜んでいた。
「じゃあな、俺は行くぜ。」
「い、今からですか?いきなりですか?」
レベルさんは驚き尋ねる。
「お、お父様……、あの……。」
シャロンさんも困惑していた。そんな彼女もセイラさん同様強烈に抱きしめて頬にキスすると、
「シャロン、まったく世話をかけさせやがる。だがな、お前はレベルの人生を変えちまったんだ、それだけの事をした自覚を持ってあいつを守ってやれ。あいつ弱っちいからな。」
シャロンさんはボロボロと大粒の涙を流して頷いた。
「レベルよぉ、まぁ、俺がいない間に俺がじーさんにでもなれりゃ、また戻って来たくなるかもな、そこんとこよく考えて頑張れや。マリウス、面倒かけるな、こいつらの事よろしく頼む。ソメヤ、お前とはまたゆっくりと話したいからな、それまで死ぬなよ。」
僕達は「はいっ」と大きな声で彼の言葉に答えた。
それにしてもレベルさんに言った内容じゃあ、自分がいなくなっても、また1人増えるだけじゃないか。
おそらく、ヴィラドさんは初めから彼らを傷つけるような事はなかったんじゃあないかと思う。だが、確かに古から続く彼らの経験則に基づく慣習は、先ほど僕が言った言葉など散々議論された上で導きだされた内容なのかもしれない。それくらい、重く、彼らの種の存続にかかわる枢要な事柄だったのだろう。
それだけに、うやむやには出来えない話だったのだ。きっと、それを彼ら若い世代の記憶に焼き付ける事自体が目的だったのではないだろうか。
ブラドさんはなんの旅支度もせずに、本当に散歩にでも行くかのような気軽さで、自らの居城を後にした。
「ソメヤ君……、ありがとう!」
シャロンさんは僕を抱きしめて泣き笑いした。レベルさんと、マリウスさんも僕に感謝の言葉を述べた。いや、僕何もしていないので……、恐縮です。そう言えば、今回僕は斬られて、死んだふりして、ボコられて、騙し取って……、ってロクな事していないな。
「でも、シャロンさんがまさかヴァンパイアだったとは、さずがに驚きました。」
「ごめんなさいね、なんだか騙したみたいで。」
「いえいえ、そのおかげで命拾いしましたから。」
僕はまたあの至福の時間を思い出してしまった。さすがにレベルさんに悪いので、気を散らすためにまだ傍らで、サイン帳を眺めてニタニタしているセイラさんを見てから、レベルさんに尋ねた。
「あのセイラさんのサイン帳の最初のページに書かれているのって、誰のサインなんですか?」
シャロンさんとマリウスさんも興味深そうにレベルさんの答えを待っていた。
「あのサインは不死王と呼ばれるリッチのモノです。ヴァンパイアと並び評される闇の住人ですが、その中でも最強と呼ばれるモード・ジュレの名称が書かれていました。」
「状況から勘案するに、ブラドさんはその人に会いに行った感じですよね。友人?それとも敵?なんですかね?」
その場の誰もが首を傾げた。ただ、アンデットの王リッチと言えば僕の知る限りでは骸骨むき出しの死神のイメージなのだが、シャロンさんのこの言葉を聞いて、ブラドさんの突然の旅立ちについて、男性陣はすべてを悟った。
「モード・ジュレはなんでも絶世の美女だと聞き及んでいます。」
あの、おっさん…………。
結局、男の行動原理など種族を超越しているんだろう。




