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第二章 57  瞬殺


 「………。ふーっ。分かった。ただ無理はしないでね。キミになにかあると、きっとシャロンも悲しむからね。」


 そんな優しい言葉をかけてくれたレベルさんに対して、こんな時に後ろめたさを感じてしまう自分の浅はかさが嫌になる。この人のためにも、シャロンさんのためにも、僕は何としてでもあの化け物を倒そうと心に誓った。


 僕は改めてナコルスに視線を向けてその存在を知らせる。ナコルスも呼応するように僕を見つめた。


 「過小評価はしない。お前は確かにゴミのような存在だが、始まりの街での実績があるのも確かだ。『忌避(きひ)のアンジェ』、あの女を出し抜いたそうじゃないか、本当に大したものだ。それでも、この状態に進化した俺の初戦の相手としては役不足だが、まぁいい、お前を惨めに切り刻めばツボミやセイラもどんな反応をするか楽しみだしな。出来るだけ惨たらしく血祭りに上げてやるよ。」


 醜悪な表情からとんでもない事を口にする奴だ。だが、そうだな、ツボミさんやセイラさんのためもあったな。僕だって出来るだけ無様にお前をギッタギッタにしてやりたいんだからな!と口には出さずに密かに思うだけにしておいた。僕は過信しないタイプなんだ。

 などと意気込んでナコルスを見据えた瞬間、彼はすごい速さで僕の目の前にいた。目にも止まらぬ、なんて事はさすがになく、僕はしっかりこの男を見ていたハズなのだが僕の愚鈍な反射神経では対応が出来なかったのだ。僕の鼻面にあの不吉な笑みを浮かべたナコルスの顔があった。彼は何の躊躇もなく、すでに抜き放たれていた細身の剣で僕を袈裟斬りにした。その行為はなんの感情もなく、腕に留まった鬱陶しい蚊を叩いてつぶすかのように、ただの作業として行われた。その証拠にナルコスはすでに僕には興味がないようで、翻り他の戦場を見ている。それでも思い出したかのように地面に仰向けに崩れ落ちた僕を侮蔑の眼差しで見下ろし、


 「ああ、やっぱり切り刻むほどの価値もないな。前言はもちろん撤回だ。お前は間違いなくゴミ屑以下だ。」


 いろんな場所で僕を呼ぶ叫び声が上がった。その絶叫が自分がナコルスにどの程度の事をされたのかを物語っていた。

 そのまま、ナコルスは僕から離れて行ったが、僕は今度こそ死ぬんだと思っていた。恰好つけといてこの死に方はヤバい……。しかし、メチャクチャ血が流れているのが分かる、流れていると言うより溢れている感じだ。すごく遠くでシノハラさんの叫び声が聞こえる。シノハラさん、またメチャクチャ怒るだろうか……。なんて死に際に考えられるなんて意外と自分はしぶといな。

 今、この現実の世界の形式がなんだか歪んで見える。これは本当に現実なのだろうか?そんなとりとめのない思いがフラッシュバックのように明滅した。そしてその明滅の中にセピア色のザラついた映像がカットインし始めた。「お兄ちゃん。」「お兄ちゃん。」ノイズ交じりに僕を呼ぶ声が聞こえる。これってドラマや映画に影響され過ぎだ。こんな時のこんな感じの演出。でも、そんなわざとらしい演出の映像の少女が泣いている。


 「カオリ……。」


 僕は妹の名前をつぶやく。なぜ、こんな時に。

 いや、そうだ、僕はまだ……!まだするべき事があるはずだ。

 それに、結局僕が請け負うはずだったナコルスを誰が相手すると言うんだ?死ねない。無様なのはどうでもいい、だけれど、このまま死ねない。僕はうまく動かない体を引きずって岩にもたれかかるうようにして上体をなんとか起こした。そこで見たものは、


 「今度は薄汚い落ちこぼれの魔導士か。俺はお前のような存在が一番嫌いだったよ。なんの取柄もないのに、愛想すらよく出来ないひねた性格は、見ているだけで虫唾が走ったぜ、セイラ・デコラティブ。」


 ナコルスの前に立ちはだかっていたのはセイラさんだった。震えながらも魔導書を胸に抱きナコルスに対峙している。


 「ふん、相変わらずかわいげのないクソ女だなお前は。まぁいい、なんでもやってみろよ、自分の無能さを再確認させた上で殺してやる。ふふふ、はははははは。」


  その対峙を中心として周りでは四聖獣とツボミさん、ナガイ君、レベルさん、マリウスさんの戦いが続いていた。みな、僕やセイラさんを気にしながらであったせいか聖獣相手に苦戦をしていた。


 ツボミさんは何度かソニックブレードを繰り出したが、玄武の分厚い装甲を破る事が出来ずにいた。

 ナガイ君はナガイ君でまだエロモードが当然ながら発動していない。白虎の火炎放射からひたすら逃げ回っているだけだ。ほとんど猫がネズミをなぶっているような光景だ。

 さすがにマリウスさんとレベルさんは優位に戦いを展開しているように見えたが、決め手を欠いているようにも感じられた。言わば膠着状態と言ったところか。

 いずれにしても全体を見れば随分分が悪い。何か打開策はと僕は思考し始めた。随分冷静で、不思議な事に頭が冴え始めていた。

 

 「ソメヤさん!」


 そんな僕にシノハラさんが駆け寄り抱きしめた。いや、血で汚れちゃうと思った。そんなどころじゃないハズなのに、相変わらず僕はそんなズレた事を考えてしまった。シノハラさんはすぐに傷口を見て治癒魔法を施そうとしたが、その手を止めて怪訝そうな表情を浮かべた。それを見て僕が不思議そうにしていると、


 「ソ、ソメヤさん……、あの……。」


 「う、うん、どうした?」


 「傷……、ないようなんですけれど……。」


 僕は一瞬意味が分からなかったが、改めて斬られた傷口を確認した。確かに斬られた時に大量の出血があったようようで、僕の上半身は真っ赤に染まっていた、だがその少し凝固し始めた血の跡を拭うと、そこにはあるハズの傷口が確かになかった。実際には塞がっていたというのが正しいだろうか。

 僕はタナカさんの元リーダーに殴られた時の事を思い出した。あの時も僕は確実に死んだと思うほどの攻撃を受けたハズだ。その時はシノハラさんの治癒魔法を受けたとはいえ、その回復力は自分自身驚くほどのものだった。

 そして、今のこの現状。これは僕に驚異的な治癒能力が発現したという事ではないだろうか?理由はよく分からなかったが、僕はこの状況は使えると感じた。この不可思議な状況を詮索するのは後だ。

 辺りを警戒してくれていたフクスケを呼び、いくつか指示を出した。

 まずはライカンスロープ達に状況を説明して欲しいという事、その際アウネーテさんにここへ来て欲しい事、最後にツボミさん、ナガイ君、マリウスさん、レベルさんに自分が無事である事と、もう一つ作戦を伝えて欲しいと告げた。

 フクスケは「分かりました。」と言ってすぐに走り出した。さすがに犬だけあってか、二足歩行なくせにメチャクチャ足が速い。


 「とりあえず死んだふり作戦でナコルスに僕の存在を意識しないようにするよ。シノハラさんは落胆しているふりをして。」


 と、告げるとシノハラさんはがくっりと項垂れて涙を流し始めた。いや、すごい演技力。なんて思っていると、どうも演技じゃあない感じだ。僕は慌てて死んだふりをしつつ、シノハラさんに謝った。やっぱり昨日の今日で死にかけたのはマズいよね。


 「もう嫌い、ソメヤさん全然約束守ってくれないんだもん。今日だって本当に死んじゃったと思ったんだから。」


 「う……。弁解の余地もございません……。で、でもほらっ、なんだかよく分かんないけれど、全然大丈夫だから、ねっ、うん。」


 シノハラさんは大粒の涙を流し続けた。


 「そういう事じゃないでしょっ!バカ!私、ソメヤさんがいなくなったらどうすればいいんですかぁ!」


 そう言って死んだふりした僕に、シノハラさんは覆いかぶさって号泣を始めた。これは望外の効果があった。この状況を見て、ナコルスは僕の死亡を確信したようだった。いや、決していい事ばかりではなかったか、仲間のみんなもそう思ってしまったからだ。みんな動揺したり、無茶しなければいいんだが。


 「ぎゃはははは、セイラ、ソメヤのヤツ死んだぞ!結局、何にもしないまま死んだぞ。どうした、お前も何かしないと、何もないまま死んじまうぞ。ほら?どうした?屑魔導士。」


 ナコルスの薄汚い顔がセイラさんに近づくだけで吐き気がした。セイラさんはブルブルと震えている。だが、それは恐怖に慄いている感じではなかった。それは厳然と目の前の悪魔のような男に対して向けられた怒りなのだとすぐに分かった。


 とりあえず、僕は泣き崩れるシノハラさんを落ち着かせる努力をした。周りに気付かれない程度に、腕を動かし彼女を抱きしめた。あまり力を籠められないのが難点なのだが、それでもぐっと彼女を近くに感じた。


 「シノハラさん、ごめんね。嘘ばっかついて。でも、これだけは分かって欲しい。僕もこんなところで死ぬつもりはサラサラないから。この世界でどう生きるのか、いや、元の世界に戻れるのか?それは分からないけれど、どちらにしても、僕もシノハラさんには近くにいて欲しいと思っている。だから、もう泣かないで。そして、そのために僕に力を貸して欲しいんだ。」


 シノハラさんは僕の顔を見つめていた。まだポロポロと涙が溢れては落ちる。それでも気丈にも彼女は静かに頷いた。僕が少しだけ口元を緩めると、それに合わせて彼女も少しだけ泣きながらほほ笑んだ。

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