第一章 11 トホホな勇者
「おはようございます。」
「ああ、おはよう。よく眠れた?」
「はい。」
「………。」
明らかにシノハラさんは今日も不機嫌そうだ。とはいえ、今日も一緒にフィールドに出るわけなので、とりあえず謝っておこう。
「あの、ごめんね……、なんか。」
「なにがごめんなんですか?」
「あー……。なにか怒っているみたいだからさ……。」
「……ソメヤさんって彼女とかいなかったんですか?」
「えっ……?ああ、……うん、今まで付き合ったりとかの経験はないんだよね。」
「えっ?そうなんですか。……それだからそんなに鈍いんだ……。ふーん、付き合った事ないんだ。」
そんな会話を交わした後、シノハラさんと僕はフィールドへとゴールド稼ぎに出かけた。なぜかその後の彼女はすこぶる機嫌がよかった。女と言う生き物は謎すぎる。
フィールドへの道すがら、僕は上機嫌の彼女に昨日の「物憂げな猫亭」での出来事を語った。彼女は犯罪ギルドと聞いてかなり驚いていたが、さらに驚いていたのはシモンズのお人よしに対してだった。
「きっとシモンズさんって正義感が強いんですね。とても真似できないなぁ~。」
「確かにね、でも早めになんとかしないと、店に何かされても困るしね。」
「何かいい案でもあるんですか?」
「今のトコロはナシ……かな。」
2人同時に溜息をついてしまい、僕らは笑い合った。そんな笑顔の僕らの前方からトボトボと肩を落とし歩いてくる勇者の姿があった。モンスターの返り血だろうか、レザーアーマーがところどころ黒く汚れている。ずいぶんとモンスター狩りをしていたように見受けられる。僕の顔を認めてその疲れ切った勇者は駆け寄ってきた。
「どうしよう、タカキっち、お前の言ってたこと正かったのかもしれないよぉ~。」
ミシマ・タクマは今までに見た事のなかった惨めな表情をしていた。いつも彼を包んでいた不真面目極まりない空気も見受けられない。
彼は以前「物憂げな猫亭」で自慢していた豪奢な装飾のついた新たなバスタードソードを、新加入の魔導士ジェシカの勧めで購入した。その額3万ゴールド。ジェシカの紹介の武器屋で購入したのだが、その際ローンを組んだのだと言う。その時はよく確認もしなかったのだが、金利の内容は10日間で1万ゴールドという考えられない条件だった。
「あの可憐なジェシカさんが、俺を騙すなんて……。くそ~。」
彼は昨夜から徹夜でモンスターを狩っていたそうだ。一晩で稼いだゴールドは1000ゴールドだと言う。つまり精一杯頑張って金利のちょうど1日分を稼いだのみだった。どう考えても続くはずもない。
「くそ……、せめてハズレのモンスターさえいなけりゃ、もう少しマシなんだけどな……。」
ギクリとしている僕を見てシノハラさんは笑いをこらえるのに必死だ。間接的ではあるが、少なからず僕もこの哀れな勇者を苦しめるのに一役買ってしまっているようだった。
「はぁ……、でもフリーターのお前に言ったところでな……。ごめんな、せっかく忠告してくれたのに……、ってかその時にはもうこの剣買った後だったけどな……。」
「あの……、他の方も被害を受けたんですか?」
「あっ、いや、分からん、俺らもうバラバラだから……。タナカとツジは特に何もないんじゃないかな、でも、俺の件見て2人でどこか行っちまったよ。ヤマシタもどっかに逃げちまったけど、あいつ最後に俺の事散々笑い者にして消えやがった……、ひでぇもんだよ……誰も信じられねぇよ……。」
ミシマ・タクマは今にも消え入りそうな、か細い声で言った。心身ともに相当に疲弊しているようだった。
「ちきしょう……、前の世界でも散々騙されて……、別の世界でもこれかよ……。」
ミシマ・タクマは聞いてもいない前の世界での身の上話を淡々と始めた。
彼は食品メーカーの営業をしていたそうだが、上司からミスをなすりつけられ会社を解雇された。さらに、そのタイミングで婚約していた彼女を同僚に寝取られたそうだ。彼はそんな世の中に絶望していたタイミングでこの世界に召喚された。ミシマ・タクマはそれが天啓、天の導きのように思えたのだという。
シノハラさんに彼が言った「前の世界の事はどうでもいい」というような発言は、まさにこのような過去を反映しての事なのだろう。
そして、その中で新たな世界での再出発において、意気揚々と彼が「7月2日」を新たな誕生日として希望を抱いたのは至極自然な反応だったのかもしれない。
だが、彼はこうして再び絶望の中に沈んでいく沈没船のように、抗う事を許されない状況にいた。
ミシマ・タクマはこんな話をしてすまない、忘れてくれと力なくつぶやき僕達に背を向け、去って行った。
その姿を見てナガイ・ヤスユキの件もあるし、ますます何とかしないとな、なんて事をつぶやくと。
「ソメヤさんもやっぱりお人よしですね。シモンズさんの事言えませんね。私の時もそうだったし。」
シノハラさんは上目づかいで僕に言った。
「うーん、でもさ、ああいうトホホな状態見ちゃうとね………。」
「ミシマさん……、自殺とかしないですよね……。」
「かわいい顔して、怖い事言わない。」
「えっ!私かわいいですか?」
シノハラさんは頬を赤らめて笑った。
「えっ……、喰いつく場所そこ?」
いや、本当に女って変な生き物だ。
その日の僕達2人のモンスター狩りも、恐らくミシマのものとは対照的にとても楽しいひと時だった。
僕はコインを狩りながら、ミシマの悲壮感を増す「ハズレ」を量産してしまっているという事実には目をつむった。まぁ、それはそれ、これはこれだ。と自分に言い訳しながら。




