第二章 56 召喚の渦
「マリウス、間抜けなお前はハンターの皮をかぶりながら、その陰でヴァンパイアウイルスに感染した人間を元に戻す方法なんてものを見つけようとしていたな。」
マリウスさんの顔が一気に蒼白になる。
「お前は誰も信用しない。長年つき従っていた部下たちでさえもな。よくないぜ、信頼は信頼でしか得られないんだぜ。まぁ、俺にもそんなもんは一切ないが、きゃはは!お前、レベルに何度か接触した際に血液などの体液を提供させていたそうだな。」
「まさか、あいつらが……。」
「金ってのは恐ろしいな。簡単だったぜぇ~。貴様の部下は簡単に金でお前を裏切り、サンプルとして貴様の実験データを渡してくれた。レベルの体液の一部は本当に役立った。あれのおかげで俺はある事に気が付いたのだからな。いや、お前も気が付いたのだろう、ヴァンパイアの超越した肉体構造へ遺伝子を書き換えつつ、なおかつヴァンパイア化をしない方法の存在に。」
我慢の限界だったのだろう、マリススさんはまるで重力から解放されたのかと思わせる跳躍を見せて一気にナルコスとの間合いを詰めて斬りかかった。ナルコスは避けきれずに左手の肘から下を切断された。同時に抜刀したナルコスの剣がマリウスさんを襲う、マリウスさんは右太ももを切られたが、身をひるがえして致命傷を防いだ。
驚いたことにナルコスはヘラヘラと笑っている。ヘラヘラと笑いながら足元に転がる自分の右手を拾った。
「いいかい?これはヴァンパイアのゴキブリ並みの生命力の力さ。」
そう言ってナルコスは拾った右腕の切断面同士をすり合わせた。想像の通りそれは何事もなかったように繋がりナルコスはクルクルと肩を回して右手の健在をアピールした。なんか漫画やアニメでよく見た事ある光景だが、実際の現場を見るとかなり引く。
「と、そう言うお前も試したようだな。自信がなかったんで傷は死なない程度にしておいたが、もう塞がっているようじゃあないか。」
みんなの視線がマリウスさんに集まる。確かに彼の右足からは既に出血は止まり彼自身たち立ち上がりナルコスを睨みつけていた。
「では、あなたはヴァンパイアの体液から抽出した物質を取り込むことで、ヴァンパイア化せずにヴァンパイアの能力の一部を手に入れたという事ですね。そして『皿』を使って抽出したヴァンパイアエナジーを体内に取り込んだと。ヴァンパイアエナジーを取り入れても、ヴァンパイアの特性が暴発を防ぐ、でもその肉体はヴァンパイアではなく、血の序列の法則を受けない。」
再びフクスケが場の空気を鎮めるかのようにナルコスに話しかけた。ナルコスは自らの願いが成就してかなり興奮状態にあり嬉々としてフクスケの問いに答えた。
「その通りだよ、お前のみたいなゴミくずのような存在には想像も出来ぬだろうが、俺はこの世で最高の存在となったのだ。伝承ではヴァンパイアの序列の頂点である『ウーヌス』比する力を持つ魔人にだ。」
マリウスさんの全身から怒りの念が放出されていた。僕は完全に冷静さを失っている彼を見てひどく危さを感じた。彼を深く知るわけではないが、明らかに彼らしくない。そんな思いを代弁するようにマリウスさんを止める声が聞こえた。
「そう熱くなるなよ、マリウス、君らしくもないじゃあないか。」
その声の主は岩場に座り、僕らに手を振りながら笑顔で言った。ナコルスの表情が少し変わったと思ったのは僕の勘違いではないだろう。明らかに僕らに対する態度よりは、確実にその笑顔の男を警戒しているように思えた。そう、その柔和な笑顔で手を振っているのはレベルさんだった。
「レベルさまっ!」
緊迫した状況に我らがミニスカ魔導士が黄色い声を上げた。
「レベル……、お前どうして……。」
そう呟くマリウスさんの傍らにレベルさんが近づき肩を叩いた。
「お前、こんな所へ……、本当に死ぬかもしれんぞ……。」
マリウスさんの言葉にレベルさんは「いつまでも逃げ回るわけにはいかないよ……。」と笑った。
「『気まぐれな歩行者』とはよく言ったものだ。こんなところへしゃしゃり出てくるとはな。だが、たかが『ドゥオ』とは言え、ヴァンパイアはヴァンパイアだ。一応警戒してやろう。フランメル!」
ナコルスはレベルさんにそう言い放ち、仲間を呼んだ。
フランメルと呼ばれテントから姿を現したのは、ギンジさんの屋敷でジャンクスを連れ去った魔導士の二コラ・フランメルだ。あの日と同様に目深にかぶった帽子のつばの下からギラリと冷徹な光が覗き、見る者の心を凍らせた。そんな外見とは裏腹に、彼女は随分面倒くさそうにあくびをしながら首を回した。
「ふぁ、面倒やから、はよ済ませまひょ。」
何事もなかったかのように、泰然自若として彼女は呪文を詠唱し始めた。
「召喚魔法の詠唱なのです。しかもかなり高位な魔導詠唱です。気を付けて下さい!何かとてつもないものが来るのです!」
レベルさんを気にしてか、髪型の乱れを整えつつセイラさんが僕らに注意を促した。二コラ・フランメルが作り出したかと思われる空間の揺らめきが、僕らの頭上に4つ渦を巻き始めた。
空間が回転しているのだ。その光景はあまりにも想像の斜めを上を行く状況だった。その渦はさらにその直径を広げ、それぞれ10メートルを超えていたのではないだろうか。そしてセイラさんが言うようにそれは召喚のための渦だった。渦の中からギラリと鈍い光沢をたたえる鋭い爪、血に飢えたような狂気に満ちた眼光、すべてを飲み込み嚙み砕かんとするような巨大な顎が現れた。各々違う形状をしていたものの、いずれも僕らにとって不吉を呼び起こす者達である事は疑いようもなかった。
その忌まわしき異形の者達とは。
「あれは……、四聖獣か……。」
デルさんがつぶやいた。
そう、あれは各管理フィールドで、いわゆるラスボスとして君臨しているはずの四聖獣である、青龍・朱雀・白虎・玄武であった。魔導士の二コラ・フランメルは各フィールドから四聖獣をこの場へ召喚して集め、僕らに戦わせようとしていたのだ。本来ならば1匹をパーティー全体で倒すのがミッションなはずだ。それが4体同時に現れたのだ。そして4匹の霊獣は地面に降り立ち、各々凄まじまでの叫び声を上げた。僕らパーティーはそれだけで硬直し、萎縮し、戦闘能力を著しく削がれてしまった。それはあのツボミさんをしても例外ではなかった。
「みんな!思い出して!僕達はゲンイチローだって通常の倍の数倒したんだよ!ボーナスステージだよ!ラッキーデーだよ!」
僕はとってつけたように出来うる限り明るく叫んだ。どこか声が上ずってしまって恥ずかしかったが、そんな強がりは少なからずの意味を見い出せたようで、ツボミさんは激しく咆哮し「私はあの亀の化け物を倒す!」と剣を霊獣「玄武」を向けた。僕はその姿に高揚した。女の子なのに格好いい!最高に恰好がいいと思えたからだ。そして、そのまま僕はナガイ君を見た。さぞかし彼も勇気をもらい勇んでいるだろうと。
「ぼ、僕もあの亀を……、ツボミさんのサポートを!おーっ!」
僕はいつもの通り一番ヤバそうな外見をしていた霊獣「白虎」の足元の小石と彼をエレガントチェンジしてやった。ああ、僕はしてやった。ナガイ君はお約束の僕への鬼宣言をしながら「白虎」の攻撃を神業で避けていた。
「俺が『朱雀』を受け持とう。残念だが俺ではナルコスには勝てないだろう。」
マリウスさんがそう言うのに呼応して、レベルさんが彼の横に進み出て、
「じゃあ、僕がナルコスの相手をさせてもらうよ……。」と言った。
ヴァンパイアと、ヴァンパイアハンター。僕はその相反する立場の2人が並び立つ姿に感動すら覚えた。この二人も本当に格好いい。まぁ、そもそも容姿が格好いい二人だけに当たり前なのかもしれないが、彼らが纏う経験や境遇がそれに輪をかけているのかもしれなかった。伝説の英雄などの歴史に名を残すような人々はきっとこのような人達なんだろう。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!なんかこいつ火とか吐きますよぉ~!ソメヤさん~たっけて~!」
それに引き換え……と、逃げ惑うエロ坊主を完璧にスルーして、僕はレベルさんに「青竜」をお願いしますと告げた。そう、僕はあのナルコスは僕自身が対決するべきだと考えていたからだ。正直、自分でも柄にもないと思う。僕自身のキャラ設定を著しく逸脱している。自殺行為にも等しいかもしれない。だが、あの男に僕はおよそ認めたくない共振性を感じていた。一歩間違えばあれは僕自身の姿なのではないだろうかと。だからこそ僕は自分の手でその対象との決着を着けたかったのだ。
勝てる自信?正直全然ないし、もはや人外のモノと化したナコルス相手に何が出来るのかも分からなかった。僕のおチャラけた能力で一体何が出来るのか。レベルさんはそれは無理があると僕を諭したが、僕のその時の表情はきっと随分真剣身があったのだろう。彼はそんな僕の気持ちを読み取ってくれたようだった。




