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第二章 55  忌まわしい笑み

 ジャンクスはそれでもその言葉の真意が掴めずに、グリーズに詰め寄り「何、言ってんだ?」と口にした。と、ほぼ同時にグリーズの抜き放った剣が、ジャンクスの左肩から右大腿部にかけて弧を描いた。

 刹那、それを見たデルさんがグリーズに斬りかかった。デルさんはおそらくジャンクスの命を取ろうとは考えていなかったのだろう。それは育ての親であるギンジさんの、心の奥底にある甥への思いを慮っての事だと僕は理解している。

 グリーズは冷静に反応し、デルさんの首を狙い刃を振るった。デルさんは紙一重で回避し、強烈な突きを見舞った。グリーズはその剣先を銀色の仮面の額部分で受け流した。面と剣の凄まじい激突が火花を吐いた。その衝撃でデルさんは体制を崩し、そのわずかな隙をつくようにグリーズの鋭い剣先がデルさんの大腿部を貫いた。

 僕はデルさんと、近くにいたタナカさん、そしてジャンクスをエレガント・チェンジで引き寄せた。デルさんは悶絶し苦悶の表情を浮かべていた。すぐにシノハラさんが治癒魔法を施し始めたが、彼はそれでもジャンクスの状況を心配した。だが、僕は彼に黙って首を横に振った。

 ジャンクスは既に事切れていた。思いのほか深く聞きこまれたのか夥しい出血があり、即死に近かったに違いない。


 僕は驚愕していた。それはジャンクスを迷いなく切り捨てる残虐さでもなく、デルさんを圧倒した剣の技術でもなく、その恐ろしく冷たい計算された冷静さにだ。


 「やはり厄介だな、お前のその物質移動の魔法は。だが、残念だったな、いいチャンスだったハズだが今は俺には通じない。」


 グリーズの言葉に思わず眉間にしわが寄った。そう、僕はどさくさに乗じてエレガント・チェンジでグリーズから例の「皿」の奪取を試みていた。しかし、その瞬間、つまりデルさんとの戦闘中にも関わらず、彼は僕の目を見て目を細めたのだ。仮面から覗くその目は明らかに笑っていた。


 「あぁ~っ。しかし、もう面倒だ。薄汚い狼共、無能な冒険者共、下らん義侠心で動くバカ共、そして実力も伴わぬ屑の寄せ集めのお前ら、ソメヤっつたか、お前が一番イライラするぜ。そうだな、ここにいる者、すべてをこれから切り刻んでやろう。このフィールドもせいぜいさっぱりとするだろうぜ。」


 グリーズは言いたい放題言い放ち。皿の上にあるエネルギー体を鷲掴みにした。皿は無造作に足元に落ちクルクルと回転してから倒れた。グリーズの手の中に握られたエネルギー体はフルフルと小刻みに震え、意思を持つ生き物のように見えた。

 グリーズはそれを自分の胸に当てて大きく息を吸った。エネルギー体は見る見るグリーズの体へと沈みこんで行った。それは先ほど冒険者に対して口から無理やり押し込んだように、ヴァンパイアナイトを体内取り込むという意味では同一の行為なのだろう。

 つまり、グリーズは自ら「狂人化」をしたという事になる。

 

 「ば、馬鹿め!自分であの石を取り込みやがった!勝手に弾けて死にやがれ!」


 周りの冒険者達がその光景を見て罵りの声を浴びせた。先ほどヴァンパイアナイトを取り込んだ冒険者は数分後に頭が吹き飛び絶命したと言う。その話を聞いてなぜグリーズは同様な行為に走ったのだろうか。

 その答えは簡単だ。

 

 グリーズはヴァンパイアナイトを取り込んでも弾けない。

 

 それしか解はないのだ。

 だからこそのヴァンパイアナイトの発掘だったのだ。人間にとっては使い道のないハズのヴァンパイアナイトを莫大な費用を投じて、また危険を冒してまで求めた理由。それが今目の前にいるグリーズの存在そのものなのだろう。

 

 銀色のその鳥の仮面はレイブン、おそらくワタリガラスをモチーフとしているようだった。「不吉」の象徴であるカラスをその頭部に頂いたその男は両の手を広げて、上空を見上げた。その光景はさながら死神が空を舞うために、邪悪な翼を広げたように感じられた。


 だが、そのレイブンの仮面は禍々しさを演出するためのものではなかった事に僕達は気がついた。なぜならばその仮面の下にはより一層忌まわしい表情が不遜な笑みを浮かべていたからだ。グリーズは仮面に両手を当てゆっくりとその仮面を脱いだ。


 「き、貴様は……ナ、ナルコス!」


 ツボミさんの言葉に誰も反応が出来ない。それほどナルコス・ヴァーデンバーグから発せられている負のオーラは圧倒的だった。ナルコス・ヴァーデンバーグがナリを潜めている?何の事はない利欲 (りよく)のグリーズがナルコスだった。そんな単純な話だ。そんな単純な話だっただけに、僕達の受けた衝撃は大きかった。


 「うん……。悪くない。いい気分だ。」


 ナルコスはまるで無人の野にいるかのように、周りを完全に無視し、自らの体を確かめるように屈伸などの運動を始めた。


 「ふ、ふざけるな~!俺たちを何だと思ってやがるっ!」


 先ほどグリース、つまりナコルスを罵った冒険者の1人が突如として斬りかかった。


 「や、止めろ!」


 僕の声などもはや彼に届くはずもない。それは彼の怒りが体現された凄まじい攻撃だった。だがナルコスはそれをなんの気なしといった雰囲気ですべてかわしていく。その避け方はナガイくんのそれを思わせる芸術的なモノだった。

 連続の攻撃に疲労した冒険者の動きが鈍くなると、ナルコスは掌を数度開いては握り開いては握り、拳を作りそれを確かめるように力を込めた。その瞬間の冒険者の表情は絶望があふれて、その動作に窒息寸前といった感じだった。ナルコスは冒険者の胸倉をつかむと瞬間彼の顔面に恐ろしい速さの拳を当てた。一瞬で冒険者の頭は砕かれその存在すらなかったかのようにこの世から姿を消した。

 一斉にまだ数人いた冒険者たちは慌てふためきながら、その場から流れ出て行った。残ったのは僕達パーティーとデルさん、タナカさん、マリウスさんだけだった。


 「お、お前は誰だ……。」


 今度も口を開いたのは、いや、開けたのはツボミさんだけだった。


 「ツボミ・オーキッド。伝説の勇者の血を受け継ぐものよ。俺が誰かって?俺はナルコス、ナルコス・ヴァーデンバーグ。史上初めてヴァンパイアナイトをその内に取り込み人類を超越した者だ。」


 「太古の昔からヴァンパイアナイトを取り込む事でヴァンパイア、それも源流であるウーヌスに匹敵する力を得る事が出来ると言う伝承はあった。だが、鉱石からエネルギーのみを抽出する方法が解明されていない事、そしてそのエネルギーに人間の肉体自体が絶える事が出来ない事……この二つの事柄が壁となり、現実的ではない、それが定説だったハズだが……、こんな事が……。ナコルス……、貴様一体……。」


 そう語ったのはマリウスさんだった。


 「ほう、マリウス、ゴミのくせに随分博識じゃあないか。そうだ、俺はその2つを共に克服したのだ。」


 『あの地にあの忌まわしき「皿」を埋めた事がこの俺の最大の罪なのだ。』

 僕はギンジさんのそんな言葉を思い出した。


 「皿が鉱石からエネルギーを抽出する道具だったんだな。そんな事とのためにあの孤児院を焼いたのか。」


 僕の言葉にナルコスは鼻で笑った。


 「そんな事だと。この俺を見ろ。お前の言いぐさでは、俺が今人類を超越した事の方が矮小であるかのような発言だな。あんな薄汚いガキどものウサギ小屋の一つや二つ。目くじらを立てるほどのものかね、ソメヤ・タカキ……。ふん、思った以上に退屈でつまらんヤツだったな……、もういい、お前に興味はなくなった。」


 ナルコスの目に明確な殺意が揺らめいた。が、それ制すように今度はフクスケが口を開いた。


 「一つだけ聞かせて下さい。どうしてもあなたがヴァンパイアナイトを取り込み、尚生きていられる理由が分からないのです。どうせ僕達を殺すにしても教えて頂けませんか?その謎を。」


 本当に理由を知りたかったのも確かだろうが、おそらくあいつは僕へのナルコスの殺意を散らしたのだろう。余計な事を……と思いつつ、僕もその謎の答えは知りたかった。


「知ったところで……、ではあるが教えてやろう。俺は知っての通り自己顕示欲が異常に高くてね。知ったお前たちを絶望感の中でなぶるのも悪くない。」


 そんなナルコスの言葉に、隣のナガイ君は膝がガクガクだ。あまりに早く震え、むしろゆっくり見える……な訳はないか。こんな瞬間もバカバカしい事が脳裏に浮かぶ自分の不謹慎さに感心した。でも、死ぬ瞬間まで僕は「ふざけたヤツ」でいたい。いや、まぁ、まだ死ぬ気はないんだけれどね。少なくともこんな嫌な奴が原因で死ぬのは真っ平ごめんだ。考えろ、どんなペテンでもいい、あいつを出し抜く方法を。


 「ヴァンパイアナイトをエネルギーとしているのは無論ヴァンパイア共だ。ならばヴァンパイアとなればヴァンパイアエナジーにも体が耐えられるのが道理だ。だが、ヴァンパイアとなるのならば、仮にオリジナルである最高種の『ウーヌス』から感染したところでコピー劣化の『ドゥオ』種にしかなれん。だが、俺が欲した力は『ウーヌス』のそれだ。結果ヴァンパイアナイト取り込む事は、ヴァンパイア『ドゥオ』種なるというジレンマが超えられる壁となっていたのだ。」


 「僕もあなたは恐らくヴァンパイアとして耐性を得たのではないかと考えていました。では、そうではないとするならどのようにして?」


 ナルコスはフクスケの言葉にクスクスと笑い始めた。そしてマリウスさんを見てさらに蔑むように、見下すように、あくまでも不愉快な笑みを向けて笑い続けた。

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