第二章 54 鳥の仮面の男
そんな会話をしていたからって事はないだろうが、生い茂る樹木の枝をかき分けて、先ほどマリススさんと別れた場所に戻ると、彼は1人ではなった。
僕達は一斉に緊張感に包まれた。マリウスさんの傍らに2匹のライカンスロープが立っていたからだ。だが、そんな僕達の緊張も尻目にマリウスさんは、
「おお、ちょうどよかった、ソメヤ、ちょっと来い。」
いつもと変わらぬ様子で僕を呼んだ。僕は警戒しつつもマリウスさんを信じて彼らに近づいた。周りのみんなも、距離を置きつつ近づきながらライカンスロープの姿に息を飲む。
「紹介しよう、ライカンスロープの隊を率いているガルカイク卿だ。」
「いや、マリウス、実はこの子に合うのは2度目でな。覚えているか少年、私と話した事を。」
そう言ったライカンスロープのガルカイクさんだったが、ライカンスロープと話した経験は1度しかない。冒険の下見に来ていた時にヴァンパイアの王 『ヴラド・ドラグール』の情報を聞いた時の事だ。正直、ライカンスロープは見分けがつかない。隣にいるライカンスロープも若干小柄というくらいで、造詣の差異なんてほとんど分からない。だが、そうは言ってもつまりあの時に方という事になる。
「その節はどうも、すみません、忠告を頂いたにも関わらずこんな所まで来てしまって。」
「ははは、どうやらそこのお嬢さんのヴァンパイア好きが高じてってトコロか。」
セイラさんは肩をすぼませて身を縮めた。
それを見てガルカイクさんは豪快に笑った。どうやら敵意はないようで安心した。僕はそのままマリウスさんに目で状況説明を求めた。
「ガルカイク卿とは古くからの知り合いでな。で、という訳でもないが、共闘しないかという話になっている。どうだ?お前らも乗らないか?」
願ってもない申し出に僕達は「ぜひっ!」と一斉に口にした。ライカンスロープ達は、戦力的に圧倒的に優位であると考えていたようだが、例の「皿」の力によると思われる狂人の力は、素直に脅威である事を認識していた。それ故に先ほどの戦闘中、マリウスさん存在、僕達の存在に気が付き戦力を削られる前に一時的な撤退を英断したのだという。
「作戦は至ってシンプルだ、ガルカイク卿達が再び崖を駆け下り冒険者達を攪乱する。俺達は先行して崖下近くに潜み、ガルカイク卿達の攻撃を合図に、拠点にいるだろうグリーズとかいう奴の皿を奪う。」
かなりざっくりした作戦と言うほどの内容でもなかったが、現状、その辺りが限界だろう。後は出たとこ勝負で思考していくしかない。僕達が崖下まで移動してスタンバイが整い次第の作戦決行となった。
2人のライカンスロープはそれが決まると、隊へと戻って行った。
どうでもいいエピソードだが、僕達が作戦について話している最中に、ナガイ君が安全を確保した途端大胆になり、もう1人のライカンスロープに話しかけていた。
「すごい筋肉ですね。えへへ、僕憧れちゃうな~、カッコいいです。狼男とかマジでカッコいいな~。」
そのライカンスロープは狼の顔ながら、なんとなくではあるが怪訝そうな顔をした気がした。そして、
「私は女だ。」
とだけ言った。
付け加えてガルカイクさんは、彼女が自分の18歳の1人娘だとボソッと言った。
ナガイ君は汗まみれになって直立不動になっていた。ちなみに名前はとても可愛らしい「アウネーテ」と言うそうだ。
2時間後、僕達は崖下の雑木林に身を隠していた。
みんな、緊張して一言も発しなかった。何度か山鳥の羽音をライカンスロープ達の合図と勘違いしたナガイ君が立ち上がったが、周りの視線を浴びて所在なさげにおずおずと腰を下ろした。
そんな具合で僕達がライカンスロープ達を待っていた最中、冒険者達の一部が騒ぎを起こした。遠目で僕達人間の聴覚では内容までは捉える事が困難だったが、フクスケだけはしっかりと内容を把握したようだった。
「一部の冒険者が例の狂人と化した仲間たちの存在を、上層部に問い詰めているようですね。今まではかなりの報酬をエサに黙らせていたようですが、さすがに限界のようです。」
フクスケの言った内容はコチラには朗報だったが、改めて人の強欲の恐ろしさを垣間見た気がした。あの惨状を目の当たりにして、それが問題になるのが数時間置いた今になってからとは。
そんな騒ぎを見計らうように、崖の上から岩石が転がるような轟音と風塵、その中に響く雷鳴のような大音声が聞こえた。ライカンスロープ達の襲撃が始まったのだ。僕達は体中に緊張が満ち溢れた。
「よし、行こう。くれぐれも無茶はしないようにしましょう。」
シノハラさんと目が合う。ほほ笑んでくれたところ見ると今はご機嫌なようだ。ホントに女の子はよく分からない。そんな些細なやり取りで少しだけ緊張感がほぐれた。
身をかがめ密かに対象らしきテント郡に近づくと、先ほどイザコザを起こしていたらしき冒険者を見かけた。目もうつろで動機が激しそうだ。印象としては何か薬物でも投与されたようにも感じられた。驚愕の光景として僕達が目にしたのは、鳥の仮面の男グリーズがその男に対して例の皿を口元に当てる場面だった。皿の上には琥珀色の粘液状の物質が見受けられた。そのドロドロの物質を虚ろな表情の冒険者の口に注ぎ込んでいた。一見粘液は流れづらいと思いきや、まるで生あるものが転がるように口の中へと消えていったのだ。
冒険者の目には光が灯り、先ほどの弛緩した表情と肢体に、文字通り活力が漲るように外見からも見て取れた。
グリーズは冒険者に命令し戦場である崖の方向へと、彼を送り出した。その光景を見ていたのは僕達だけではなった。先ほどの冒険者の仲間だろうか、変わり果てた彼を見て、グリーズに食ってっかかったのだ。
「あんた、あの皿の物体は人体強化の新薬だって言ったよな。だが、あれを使ったヤツはみんな死んじまっているぞ。」
「ライカンどもの手にかかったのだ。そう説明しただろう。」
鳥の仮面に浪浪と響くその声は人口的な抑揚のない声だった。なんの熱も帯びない凍てつく様な冷たい声だ。
「いや、だが、今の奴の状態はどう見ても普通じゃなかったぞ!」
「お前も試してみればいい、どういう物かすぐに分かる。」
冒険者の怒鳴り声を聞いて、さらに数人の冒険者達が集まって来た。そしてその中にはジャンクスの姿も確認できた。
「おいおい、なんだお前ら!グリーズさんに失礼だろうが!早く狼共を倒しに行かねえか!」
「ジャンクスさん!あんたも疑問に思わないのか!あの薬を使ったヤツら末路を!」
ジャンクスは不敵な笑みを浮かべて冒険者の胸倉をつかみ、強烈な頭突きを持って答えた。
「さっきのヤツは失敗だ、末路も何ももう頭ぶっ飛んでそこでのたれ死んだ。」
「な、なんだとぉ。」
頭突きを食らった冒険者は額を抑えながら、かろうじて声を発した。
「お前らは金をもらってここへ来てんだろうが、つべこべ言わずに俺達に従え!ゴミが頭使ってんじゃねぇ、殺すぞ!」
冒険者達は剣を抜き放ちジャンクスに対峙した。ジャンクスは唸り声をあげて自らも巨大な剣を抜いた。それを鳥の仮面の男が制す。
「そうか、今の男は数分も持たずに壊れたか……。先ほどのヴァンパイアナイトは、この谷で採掘された物だ。鉱物に白金族元素を含むレアメタルの含有量濃度が高く、希少で耐腐食性に富むのが特徴でな、水とは反応せず酸や塩基に侵されにくい………、つまり、それだけエネルギーの純度が高いという事だ。」
グリーズは誰に語るでもなく、自らに確認するように続けた。
「ふふ、もう実験は十分だ。やはりこの谷のヴァンパイアナイトが最適と考えていいだろう。」
その言葉を聞き、冒険者達はさらに激高して剣を改めて構え直した。
「実験だと!貴様、俺達で人体実験をしていたのか!」
その言葉にグリーズはなんら興味を持たずに、何事もなかったようにテント脇に置かれていた、麻の袋から赤銅色の鉱石を取り出した。その鉱石は金属光を纏いながら、放射状に延びた柱状や針状の結晶が、芸術作品を思わせる美しい姿をしていた。
男達はその自分達を歯牙にもかけない、グリーズの所作を見て怒りを爆発させた。1人の冒険者が爆発的な加速で斬りかかる。それを造作もなく止めたのはジャンクスだった。
「よう、グリーズさんよ、で、結局目当ての物は見つかったんだろう?これで、俺も晴れてブラッシェド・バンブーの幹部って事でいいのか?」
「ああ、ジャンクス。ご苦労だったな。お前の功績には感謝するぞ。」
そう言ってグリーズは再び皿を取り出して、その上にヴァンパイアナイトを乗せた。数秒で皿の上の鉱物は表面を泡立たせて溶解を始めた。いや、実際に溶解しているのは岩石部分だけだろう。皿の上にはゼリーのようにフルフルと震える琥珀色の物体が出現していた。これがヴァンパイアナイトに含有するエネルギーそのものなのだろう。
このままでは再び冒険者達を「狂人化」されてしまう。隙をつくつもりだったが、この状態ではそうも言っておられずに僕達は忍んでいた雑木林から飛び出した。
「なっ!貴様らなぜこんな所へ!」
ジャンクスの言葉を聞くや否や、デルさんがそのままジャンクスに斬りかかった。冒険者達を制していたジャンクスはそれに対応が遅れ、避けきれずに頬に斬撃がかすめた。デルさんを強烈に睨み付けたジャンクスは力任せに巨大な剣を振るった。その斬撃を受け止めたのはタナカさんだった。今度も「お払い箱」に剣を絡めとり、そのまま剣を粉砕した。
「なっ!なんだとっ!」
ジャンクスは狼狽して後ずさり、明らかに助けを望んでグリーズに視線を向けた。だが、鳥の仮面の男は皿に盛られた琥珀色のエネルギー体をしげしげと見つめるばかりで、戦闘力を大きく削がれたジャンクスの事など全く気にも留めていなかった。
「グ、グリーズ!何か武器をよこせ!何を呆けてんだ、てめえ!」
その言葉にようやくグリーズはジャンクスの方を向いた。
「ああ、ジャンクス、お前まだ死んでいなかったのか?」
ジャンクスはもちろんだが、僕達もグリーズの言葉の意味が理解できなかった。
「ジャンクス、先ほども言ったようにお前には感謝はしている。だが、もう用済みだ。これ以降どうなろうと俺は興味がない。好きにやってくれ。」




