第二章 52 激突
緩やかに空を染め上げた陽光は、既に垂直に僕達を見下ろしていた。早めの出立をしてから既に5時間近く、ほとんど満足な休憩も取らずに歩を進めていた僕達は、疲労の限界が近かった。改めて種族の持つ能力の差を見せつけられた気がした。ライカンスロープ達は僕達よりも遠方から移動して来ていたようだったが、それでも変わらず前進を進めていた。そもそも与えられている体力が違うのだろう。
僕はデルさんと相談をして一旦、まとまった休憩を取る事にした。このままでは仮に有事の際に疲弊したまま、それに対応しなければならなくなるからだ。それはこのフィールドではリスクが高すぎる。
「それにしても、どこまで行くんですかね?ますます岩場が多くなってきて、妖しい雰囲気の場所になってません?」
ナガイ君は坊主頭をタオルで拭きながらジャーキーをかじって言った。
「岩場が多いという事で、鉱物が取れやすい土地とも言えませんか?僕はこの辺りでジャンクス達が採掘をしているのではないかと思うのですが。」
フクスケの言う通りだろう。ヴァンパイアナイトが仮にこの土地に多くあるとするならば、当然その恩恵を受けているヴァンパイアがいてもおかしくないとは言えないだろうか。さらにこの辺りには樹木も多い。砂地よりも随分鬱蒼とした空気感があるのだ。森林を抜けてヴァンパイアの居城があった、なんてシチュエーションも驚きはしない雰囲気なのだ。
それはみんなが同様に感じていた事らしく、セイラさんは場違いにも鏡を片手に身なりを気にしていた。ヴァンパイアに一体何を望んでいるんだ。
だが、彼女の行動の通り、僕達は明らかにこのフィールドの最深部にいる可能性が高かった。
そう考えると改めて彼らを見失うわけにはいかない。そんな思いが沸々と僕の脳内を満たしていき、どうにも落ち着かずに、気が付けば貧乏ゆすりをフクスケに指摘されてしまった。
「私と偵察に行かないか、タカキ君。」
おそらく見透かされたのだろう。ツボミさんが僕の焦燥を見かねて立ち上がった。二つ返事で立ち上がる僕の傍らで、当然のようにシノハラさんの視線が突き刺さる。「また無茶系な行動するから?」それとも「ツボミさんと二人で出かけるから?」なんて自意識過剰に思ってみた。まぁ、前者だよな。
「大丈夫!グレートエスケープあるし、絶対に無茶な行動はしないから。」
と不自然にみんなに向けて告げると、シノハラさんは頬を膨らませてプイと横を向いた。
「かわいいな~」とか思っている場合ではないので、すぐにデルさんにも告げて僕とツボミさんはパーティーを離れた。
しばらく進んでみたがライカンスロープ達の気配は全く感じられなかった。既に随分距離を開けられていたのだ。少し焦った僕はツボミさんに僕にしがみつくように告げる。ツボミさんはすぐに理解したようで、照れながら僕に抱き付いた。
孤児院の火事の現場に駆け付けた時のように、エレガントチェンジで前方の小石などと僕らを入れ替えながら、先ほど彼らが進んでいた方角に向けて高速移動を開始した。途中、彼らの足跡を見つけて進路変更があった事を知った。すぐにその方角に再び進んだのだが、数度エレンガントチェンジで移動しただけで僕達は予想していた状況に遭遇したのだった。
そこは風化した岩峰が荒涼とした印象を与えつつも、その岩を穿つように生える植物群が生命力を漲らせていた。さながら、それは生と死のコントラストのように来るものを飲み込まんとする風景だった。
そして、今現在まさに、その生と死をかけた戦いが始まろうとしていたのだった。
僕とツボミさんは雑木に身を隠して状況を改めて確認した。
荒々しく露出した岩肌に不規則に(それでいて功利的な配置で)眼下を見下ろして立っていたのは、僕達が追って来たであろうライカンスロープ達の軍勢だった。
そして、彼らが見下ろす先には400は超えそうな数の冒険者達がいた。この採掘遠征の本隊であろう。彼らもすでにライカンスロープ達の接近に気が付いているようで、迎撃の体制を取っていた。
「ツボミさん……。」
「ああ、すごい状況だな。それぞれ合わせて500近いのではないか?これほどの規模の戦闘が起これば凄惨な事になるぞ。」
「うん……。だね。ところで、ツボミさん……。」
「ああ、どうしたタカキ君。」
「もう、しがみつかなくても大丈夫かと……。」
ツボミさんはまだ、僕にがっしりとしがみついていた。身を隠すように、僕は地べたに腹ばいになっているのだが、彼女はその僕の上に子亀のように乗っている。
「ああ、そうか、これは失礼した。」
と言いつつ、ツボミさんはまだ子亀状態のままだ。いろんな柔らかな部位が僕の背面を刺激して困る。こんな時じゃなければ大歓迎なのだが、さすがに場違いだ。
「ツボミさん?」
僕は動かない彼女に問いかけた。僕の肩の上にあるツボミさんの小さな顔が頬に当たった。そして徐に彼女は僕の目の前にそっと右手を出して、小指を立てた。
「すまん、盗み聞きをするつもりはなかったのだが、昨日シノハラちゃんと、タカキ君の話を聞いてしまったんだ。いや、別に弱っているタカキ君に夜這いをかけようなんて思った訳じゃあないぞ。」
かけようとしたんだな、きっと。
「でだ。それで、私も約束が欲しいなぁ~なんて思ってな。だめだろうか?」
ツボミさんの表情は顔が近すぎてよく分からなかったが、その接触する頬の熱量からなんとなく推測が付いた。なんとも、伝説の勇者を目指すにはこの人も可愛らしすぎだ。
「う、うん。じゃあ、どんな約束を?」
「そ、その、私も……、その…デートをしてみたいのだ。」
なんだ、そんな事か。僕はかなり軽いタッチで「分かった、デートしよう。」とだけ言った。正直、この緊迫の場面に、およそ似つかわしくないこのシチュエーション、これ必要?なんて思っていたのも事実だ。正直、若干流した。
「ありがとう……、それで、この間、雑誌で読んだのだが、男女はデートの後いやらしい事するそうだが、その辺はどうかお手柔らかに頼む……。」
ツボミさんはさらに顔の熱を上昇させて、随分と偏った知識を口にした。億劫ながらにツッコミを入れようとした最中、眼下で動きがあった。ワーウルフ達の群れが一斉に、冒険者達に襲い掛かったのだ。さすがのツボミさんも慌てて僕から離れて起き上がり眼下に注視した。
僕は予めハナマキ商会で用意してもらっていた打ち上げ花火をカオスポケッツから取り出した。イベントなんかで使用する上空で煙を広げるタイプの花火だ。これも事前に決めておいた事だが、「緊急」を意味する「赤い」煙を念のため2発発射した。上空で鳴り響く轟音に両軍が一瞬気を取られたように視線を動かしたが、その激突を止める事はなかった。
上方から凄まじい勢いで襲い掛かるライカンスロープ達の勢いは、緒戦を完全に制した。強靭な肉体から放たれる両手の鈎づめが振るわれると、数十の冒険者達が空中へと舞い上げられた。その冒険者達を後続のライカンスロープが巨大な顎を持ってして噛み砕くのだった。冒険者達は阿鼻叫喚の叫び声を上げた。
一方的に前進するワーウルフ達だったが、さすがにこのフィールドの最深部まで来る冒険者達だ、雄たけびを上げる獣人達を上回る、凄まじい英気を持って応戦する勇者や剣士がいた。彼らの華麗な剣技は数体のライカンスロープを両断し、砂埃の舞う岩の斜面を獣人の血で湿らせた。
その光景はまさしく凄惨そのもので、始まりの街での最後の戦いをフラッシュバックさせた。種族値の高い獣人と、数に勝る冒険者達の戦いは、単純な消耗戦という図式にはならなかった。緒戦の激しい衝突からライカンスロープ達はその機動力を活かして、接近しては引くといった、いわゆるヒットアンドアウェー的な戦法で冒険者達を攪乱した。それに対して冒険者達は魔法を駆使しての防御や攻撃、また迅速な治癒魔法を駆使して戦力を削られまいと堪えていた。
戦局、いや、戦場の空気と言った方が正確だろうか。その場の重苦しい重圧に、面妖な気配が漂い、空間が情念を持つ黒い霧にでも包まれたかのように感じられた。
数人の冒険者が突出してライカンスロープの群れの中に斬りこんで行ったのだ。
そこには既に種族による肉体的な差異は微塵も感じられなかった。冒険者達は上気し、金切り声を上げて剣を、槍を振るった。わずかながらライカンスロープ達に動揺が感じられたが、それは傍観している僕達にしても同じだ。あれは既に人間ではなかった。それほど奇異な動きで戦場を掻きまわしている。そして、僕達はすでにそれに類する存在を体験していた。




