第二章 50 憂鬱な輪郭
「言っておくが、俺は女にも目がなくてな。お前も可愛がってやるから楽しみにしてな。」
下卑た笑いを吐きながらリーダーの男は、血走って黄色く濁った眼をギラつらかせた。ツボミさんもその表情に悪寒を感じたのか腕をボリボリと搔き始めた。
「ええい、気色悪い奴だ、すぐに静かにしてやる。」
そう言い放ちツボミさんはリーダーに対して剣を一閃した。ほんの軽く振るわれたその剣先からは、いつものそれに比べれば、明らかに威力がないであろう真空波が放たれていた。実力差を考慮してツボミさんが威力を抑えたのであろう。真空波はリーダーを直撃した。
「あんまり俺をなめるなよ小娘よぉ。」
リーダーの男はその衝撃をまるで気にもせずに受け止めた。いかに衝撃を抑えたとはいえ、ツボミさんのソニックブレードを受けて何事もなかったようにしているなんて事は考えられなかった。
ツボミさんは一気に気を引き締めて、今度は剣での物理的な攻撃に移行した。以前のように峰打ちを狙っているのだろうか。
その攻撃においても僕達は意外な光景を見る事となった。リーダーの男は素手でツボミさんの剣を受け止め、同時に自らの剣をツボミさんの胴めがけて振るった。当然ツボミさんは素早くその攻撃をかわしたが、自分の攻撃を難なく受け止めた男に怪訝な表情を浮かべる。
その怪訝さは僕も同様に感じていた。先日までのあの男とは明らかに違う。ソニックブレードを寄せ付けない牢固さ、剣戟を受け止める確然たる挙動、そしてツボミさんを退かせる烈烈な攻撃。どれを考えても不自然過ぎた。
「ぶはははぁ、いいねお嬢ちゃん、いいケツしてるぜ。タナカと並べて犯しまくってやるぜ。」
タナカさんは改めてお尻を抑えた。ツボミさんは緊張感を継続しつつも、今度は体中を掻き始めた。とてもかゆそうだ。
リーダーの男はそんな自身の俗悪な言葉に満足しながら、跳ね上がるように跳躍しツボミさんに襲い掛かった。その跳躍はおよそ人間離れしていて、ツボミさんですら男の強烈な第一撃を受け、数メートル飛ばされてしまう程であった。
どうやらこの男に「なにか」があった事は確かなようだ。明らかに以前とはその戦闘力が違う。しかも男は戦闘に上気したのか、尋常ではない汗をかき始めていた。その姿、表情からは「狂気」しか感じられなかった。
「ど、どういう事だ。この男、本当にあの時の男なのか?」
ツボミさんは男の攻撃で飛ばされたように見えたが、実際には自ら攻撃を緩和するために飛んだと言うのが正しいだろう。しかし、全くの無傷とはいえ男の変貌ぶりに少なからず狼狽しているようで、そんな言葉を口にした。男はその言葉を聞きゲラゲラと笑い始めた。もはや目の焦点も定まっていない程、男は高揚していた。
「あの時の俺とは違う。俺は今や、このフィールドにいる狼共にも、いや……ヴァンパイア共にも負けはしねえ。俺はあの『皿』のおかげで最強の力を手に入れたんだからなっ!」
僕はその言葉に衝撃を受ける。この男はあの『皿』のおかげと言った。あの『皿』とは当然「利欲 のグリーズ」が孤児院より持ち去ったあの『皿』であろう。そう、世界を滅ぼすキッカケになる『皿』とも呼ばれる皿だ。今この眼前にいる明らかに人間離れした男を見ると、その言葉が加速度的に熱量と質量を持ち始めた。
リーダーの男は再び跳ね上がりツボミさんを襲う。その全身を強力なバネのように弾ませながら迫りくる男の剣気は、名状しがたい不吉さを感じさせた。ツボミさんは気圧されずにその攻撃を迎え撃つ体制をとったが、刹那、2人の間にタナカさんが割って入った。タナカさんのソードブレイカー「お払い箱」が、男の凶刃をがっちりとその櫛刃に加えこみ、その禍つ攻撃を防いだ。
「タナカぁぁぁ~っ!」
タナカさんの存在を捉えて男は激高して、再び剣を振り上げようとした。男の剣は当然、無残にも砕け散ったのだが、その反動でタナカさんも振り上げられて頭上高く舞った。僕はすぐにコインとタナカさんを入れ替えた。
「無茶しないでくださいよ、タナカさん!」
僕の言葉にタナカさんは「面目ない」と苦笑いを浮かべた。そんなやり取りの一瞬に、ツボミさんは男の胴を一閃した。
「すまぬ、もはや多少傷つけねば、あなたを止める事は出来そうもない。」
男は腹部から血を滴らせながら膝をついた。ツボミさんはそれを見て一瞬気を抜いてしまったのだろうか、その瞬間を見逃さず男の双眸が鈍色に光り、渾身の拳がツボミさんを襲った。あまりの咄嗟の出来事に何も考えずに、僕は僕とツボミさんを入れ替えた。
男の巨大な鉄拳が網膜に映り、「あっ、僕死んだ。」と感じた。
人間離れした剛腕で殴られた僕は数メートル飛ばされ、ゴロゴロと砂地を回転しながら着地に至った。砂地とは言え、無数の点在する隆起した岩に僕の全身は削られた。不思議と意識はしっかりとあったが、数秒遅れて強烈な痛みがこめかみを襲った。ワナワナと震える手を視界に納めるとまさに血まみれだった。
その光景以外初めに認識できたのは、狂人と化したリーダーの男の姿だった。すでに男の顔色は土気色をしていて、どこを、誰を見ているのかも定かではない。これは強大な力を入れた事による代償なのではないかと、こんな状態なのに冷静に考えていた。なぜならば、この男の体は僕に負けず劣らずズタボロだったからだ。それはツボミさんの攻撃によるものだけではなく。先ほどからの自分の攻撃の反動に、自身の体が耐えきれなかったのではないのかと感じられた。関節は奇妙な角度に曲がり、筋肉が伸びきってしまっている部位も見受けられる。
この男は確かにとんでもない力を手に入れたのだろう。だが、それを使うには自身の「器」が脆弱過ぎたのだ。有り余る力を制御できずに、この男の精神と肉体は崩壊したのではないだろうか。
そんな冷静な解説をズキズキと痛む頭で考えていると、拳を振り上げたまま男は僕の眼前で事切れていた。それでも男の中では爆発的な「力」がいまだ健在だったようで、それは男を包み込む炎となって、その事切れた全身を包み込んでしまった。
その状況に慄いたのか、男の仲間たちは一斉に恐怖に駆られた奇声を上げながら四散していった。
「ソメヤさん大丈夫!」
真っ先にシノハラさんが駆け寄り、治癒魔法の詠唱を始めた。さすがに死ぬんだと思ったけどな。まだ、意識もあるようだ、なかなかしぶといね僕も。
「もう、また無茶して!人に無茶しないでとか、説得力ないですよっ!」
シノハラさんが僕の額に手をかざしながら本気で怒った。怒った顔も可愛いのがこの子の困ったところだよな。ついつい怒らせて叱られても得した気分になってしまう。
「はは、そうだね、あんまり咄嗟で。いつも通りナガイ君を送り込むべきだった。」
「勘弁して下さいよ、ソメヤさん!」
心配そうにのぞき込んでいたナガイ君がマジ顔で懇願した。そのナガイ君を押しのけて、
「タカキくん!すまぬ!また助けられてしまった。私がふがいないばかりに!」
ツボミさんがまた凹んだ表情で僕をのぞき込んでいた。
「いや、ツボミさんのせいじゃないよ。どう見てもあの男は普通じゃないもん。でも、嫌な予感もするから、ここからはみんな慎重に行こう。」
みんなに促したのだが、正直この言葉の多くは自分に向けられていた。一度あのリーダーの男の事を圧倒しただけに、僕は慢心していたのだろう。まさかあんな力を手に入れていたとは。それにしてもあの力が「皿」によるものだとしたら、利欲 のグリーズの狙いはその「力」という事になる。世界を滅ぼすキッカケとなる力。なかなか厄介な事になって来た。
「ああ、でも良かった。私はあの男にタカキ君が殴り飛ばされた時に、タカキ君が死んでしまったかと思ったぞ。さすがに始まりの街で、あれだけの戦闘を潜り抜けただけあって、意外と頑丈なんでびっくりしたぞ。」
ツボミさんは僕の笑顔を見て心からホッとしてくれたようだった。僕はシノハラさんの治癒魔法により、すぐに回復する事が出来た。正直、自分自身でも瀕死状態かと思っていたので、すぐに回復出来た事は幸いだった。
「それにしてもあれは何だったのでしょうか?」
フクスケが燃え尽きて灰塵と化したリーダーの躯を眺めていた。躯と言ってもそれは砂地に残る痕跡のみと言った方がいいだろう。奇妙なのはそのかろうじて男の輪郭が残る灰の中に、数個の結晶らしき塊を見つけた事だ。僕とフクスケはその鉱物を拾い薄暗い太陽にかざしてみた。鈍い光線にも関わらず、その琥珀のような色をした結晶はキラキラと輝きを留めていた。
「これって石自体が発光と発熱していませんか?例えるならエネルギーの塊とも思えます。」
フクスケの言葉は決定的だった。これはまさにエネルギーの結晶体なのだろう。「エネルギーの結晶体」その言葉で、このフィールドで思いつくのは一つだけだ。
「ヴァンパイアナイト」
膨大なエネルギーを秘めた石。この灰に混じって点在する結晶が「ヴァンパイアナイト」であると考えるのが自然だろう。そして、この結晶を体内に取り込む事であのリーダーの男は凄まじい力を手に入れ、結果的に消滅した。
さらに、このフィールドではそのとんでもない力を持つ「石」を探し求め、多くの冒険者達が活動をしているのだ。その中心には世界を滅ぼすキッカケとなる「皿」を持つ利欲 のグリーズ。
朧気ながら因果関係の輪郭が見え始めた、と僕はさらに憂鬱になって行くのだった。




