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第二章 47  イヤッホーっ!

 「猫の手本舗」への報告は翌日、当然のようについてきたナガイ君と一緒にだった。


 「念のために言っておくけれど、今日はしばらく留守にする事を報告に行くだけだから。」


 「なっ、何言っているんですか。そんなの分かっていますよ。いやだな、僕がまるで色狂いみたいな言い方心外です。」


 どの口が言うんだ。なんだそのあからさまなガッカリした表情は。

 そんなナガイ君は放っておいて、店に入るとすぐにクロエさんを呼んでもらい僕達の冒険の話を告げた。僕は僕達がいない間に「コウモクエンタープライズ」の取り立てがクロエさん達に手出しをしないかが気がかりだった。僕はタナカさんにも見回りをお願いするつもりだと告げたのだが、クロエさんは意外な事を口にした。


 「タナカはんはデルはんについて、ヴァンパイアフィールドへ行きたんやよ。なんやて、随分強引にデルはんに頼み込んやみたおすよ。」


 タナカさん、何してくれちゃっているんだ。どうやら僕らがギンジさんの屋敷から帰って後に、そんなやり取りがあったようだ。しかし、一体なんのために。いや、目的は一つしかないな。


 「タナカはん、あの火事からずっとジャンクスの事を探していましたしな。いてもたっても、いられおへんどしたんね。」

 

 あの人らしいと言えばあの人らしいが……。では、ここの守りはどうしたものか。そんな僕の思案を察知したのかクロエさんは心配には及ばないと告げた。


 「先日もちょいしたイザコザがあったんやけれど、最近ひいきにしてくれとるお客はんが助けてくれたんよ。めちゃくちゃ腕の立つお人で、むちゃよくしてくれるんどすよ。」


 僕はなぜだかピンときた。その人物に思い辺りがあったからだ。


 「その人ってテンガロンハットの?」


 「そうどすよ、よく分かりましたな。」


 やはり気になる人物だ。とりあえずシャロンさんの彼氏ではなかった訳だが。まぁ、それを確かめている時間もない。帰ってきたら一度話を聞いてみよう。だが、これで「猫の手本舗」に対しての憂いはかなり軽減された。あとは、最後のバイトをして明日出発だ。


 「ナガイぃ~行っちゃうの?私さみしいなぁ~。」


 「え~そうですかぁ~、寂しいですかぁ~アスタさん。どうしようかな、僕留守番していようかなぁ~、ここで。えへ。」


 気が付けばアスタさんに膝枕しているエロ坊主がしょうもない事を言っていた。僕は徐にクロエさんに花瓶に飾られている花の話題をふる。


 「今日も花瓶の花キレイですね。珍しいですねクリスマスローズ(・・・ )だなんて。」


 「そうやろ。でも花もちもええから重宝しとるのよ、クリスマスローズは。」


 ナガイ君がビクっと反応した。訝し気に僕の表情を伺っている。


 「ああ、ほら、ナガイ君、この花キレイでしょ、クリスマスローズ(・・・ )。」


 ナガイ君は颯爽と立ち上がり。僕に「さぁ、早く帰って冒険の準備をしましょう!」と真顔で言った。心の中で「てめぇ、何言ってだよ」という声を発していた事は十中八九間違いあるまい。



 「みずいろ庵」は明日からしばらく休業を決めていたが、それは常連客にも知らせないでいた。ただでさえ冒険者達が多く、日々トラブルを起こしやすい店で無用の混乱を避けるためにと、僕が提案したのだった。明日から休みます、なんて言ったら下手したら暴動が起きそうだから。

 だが、その日暴動とは言わないまでも「みずいろ庵」ではひと騒動あったのだ。あまりにもキャラが薄くてうっかり忘れていたのだが、シャロンさんを狙っているのはジャンクスだけではなかった。そう、「コウモクエンタープライズ」の御曹司がいた。そういえば名前も知らないが。彼と彼のお供(今日は増量して八人もいた)は閉店した後、片付け中の時間を狙って来店してきた。


 「すみません、もう今日はお店おしまいなんですよ。」


 シャロンさんは本当に申し訳なさそうに言った。どう考えてもこいつらはご飯を食べに来たようには思われないのだが……。本当にシャロンさんは人が良すぎる。


 「今日はあなたに僕のお嫁さんになってもらうために来たのですよ。」


 御曹司が座った眼でいきなりトンデモな事を言った。彼は全身を虚栄で包み込み、自信のない自分を可能な限り奮い立たせているのだろう。無様にもその膝はガクガクと小刻みに震えていた。


 「返事はいりません、どうせ分かっています。申し訳ないがあなたの意思は無視して、僕はあなたを力づくで僕のものにする事にしたんです。」


 御曹司の狂った言葉を聞くや否や、お供の者たちは一斉にシャロンさんを捕まえにかかった。僕はとりあえずパーフェクトプロテクトを展開してシャロンさんを守った。男達は絶対防御のバリアをしきりに殴る蹴るして無駄な抵抗を続けた。とはいえ、ずっとこのままという訳にもいかないので僕はバリアの中にシャロンさんを残したままバリアの外へ出た。様々な試行錯誤でパーフェクトプロテクトの使い道もバリエーションが広がっていた。


 「お前がこの街に来てからロクな事が起きない。お前は半殺しにして『白虎』のエサにでもしてやる。」


 御曹司が暗い視線で僕に言った。さながら臆病な犬が虚勢を張るような惨めな光景に、思わずため息が漏れた。そんな御曹司の言葉に、お供達の何人かがナイフを抜き放つ。

 僕を得体のしれない者と認識をしたのだろうか、うかつに近づいては来ず、先頭の男がいきなりそのナイフを僕に投げつけて来た。ある程度想定済みの状況に僕はしっかりと反応した。その行動とほぼ同時に男に向けて1ゴールドコインを投げた。瞬間、エレガントチェンジでコインとナイフの交換をした。僕のへなちょこコントロールは男から大きく外れてナイフは御曹司の耳をかすめて店の壁に突き刺さった。僕は顔面にコインの直撃を受けて涙目に。少し額が斬れて出血したようで、口に鉄の味を感じた。この方法は再考の余地があるなと反省した。


 その光景を見て男達はどよめいて動きを止めた。御曹司は蒼白になりながらも男達を叱咤し、再度けしかけた。男達は完全に嫌々という表情で僕と対峙していた。

 少なくとも、もうナイフを投げつけてくるような事はないだろう。僕はとりあえずマジックミラーを装着して、店の外を透視した。先ほどナイフを投げて素手となった男が殴りかかって来たタイミングで、男を店の前の通りを歩いていた冒険者らしき3人組の1人と、入れ替えた。入れ替えられたお供の男は屈強そうな冒険者の後頭部を思いっきり殴りつけた。その男が冒険者達にボコボコにされたのは言うまでもない。

 店内に移された冒険者は目の前のナイフをかざした無頼漢達と、見るからに非力そうな僕、そしてちょこんとバリアの中で座っているシャロンさんを見て、一瞬で正義の味方的感情が芽生えたようだ。徐に長剣を抜き放ち男達に向かって行った。


 男達は誤解だと叫びながら逃げ回った。外で入れ替えた男を始末した冒険者達が店内の異変に気が付いてなだれ込んできた。この3人はなかなかの腕前であっという間に男達を戦闘不能の状態にした。

 お供の男達は御曹司を残したままワラワラと四散していった。残された御曹司はワナワナ震えながら、シャロンさんに「ただ仲良くなりたかっただけなのに!」とある意味恐怖を感じさせ、ある意味寂寥さを感じさせた。まぁ、同情は全く出来ないのだが、その直後シャロンさんは死刑宣告に近い言葉を、御曹司にシレっと言ってしまった。


 「あのぉ……、ごめんなさい…、どちら様だったかしら?」


 これはひどい。

 その言葉を聞いた御曹司は、髪の毛が何本か抜けたのではないかと思うぐらい、一気に老けて見えた。涙と鼻水をダラダラとたらしながら、フラフラと完全に立ち直れなさそうな感じで彼は店を後にした。

 状況が理解できなようだった冒険者の3人はシャロンさんの「危ないところを助けて頂いてありがとうございました。」の言葉だけで照れながら通りに出て行った。きっと常連になるなあれは。まぁ、しばらくお店はお休みなのだけれど。

 

 「シャロンさん、あのどちら様?って冗談で言ったんですか?」


 「えっ?どうして?あの方ウチのお客さんだったけ?」


 僕はさすがに御曹司を気の毒には思った。確かに存在が薄すぎると言えばそれまでだが、あのタイミングでの「あなた誰?」は僕でも死にたくなる。シャロンさんって以外に悪魔だよな、なんて思っていると、彼女は2階から救急箱を持ってきて、僕の額の傷口を消毒しバンソウコウを貼ってくれた。


 (うわぁ~顔が近い。にしても肌綺麗だな~。いや、やっぱ悪魔じゃなくて天使だわ~。)


 なんて節操のない事を思っていた僕は、きっとその時ナガイ君にも負けないくらい鼻の下が伸びまくっていたのかもしれない。


 「う~ん、それにしてもソメヤくん、戦うの相当ヘタッピよね。私、本当に心配になってきちゃった。あの危険なフィールドに行って無事に帰って来られるかしら………。」


 シャロンさんはじっと僕の顔を見つめる。さすがに照れるが、心配してくれているのは素直にうれしい。シャロンさんはさらに数秒僕を見つめて何かを思案しているようだ。まさか、フィールドに行く事を今更反対したりしないよな、と少し不安にもなった。


 「うん、そうしよう。ソメヤ君、ちょっと目つぶって。」


 えっ、嘘。目をつぶるイベント?さすがに、そんなおいしい話はないよね。だよね。いつもそうだもんな。期待だけして、ですよね~って展開。そうそういうオチ………。

 

 「!!!!!」


 あ、あったよ。おいしい展開。何?これ?何この神展開。

 シャロンさんは僕に思いっきりキスしてきた。しかもニュルっていうヤツ。

 一気に僕の頭の中はピンク色の多幸感に埋め尽くされた。いや、しかしかすかにどこかでレベルさんに対する後ろめたさがムクムクとその存在感を強める。それでも抵抗できない僕はなんと意志薄弱。

 しばしの僥倖は終わりを告げ、シャロンさんが僕から唇を離した。きっと僕はずいぶん間抜けな表情をしていたのではないかと思うのだが、シャロンさんはいつもと変わらない口調で、


 「ごめんねソメヤ君。でもきっと役に立つから。でも、誰にも秘密だからね。」


 とだけ言った。そりゃ、今後この記憶は役に立ちますとも。特に一人の夜とかに。と最低の事をまず思ってしまった。


 結局、その行為の意図はよく分からないままシャロンさんにしばしの別れを告げて、僕は「みずいろ庵」を後にしたのだった。とりあえず帰り道、何度か思い出しながら「イヤッホーっ!」なんて叫んでみた。

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