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3-A

クゥとの再会から数週間が過ぎたある日。堂々と授業に居座り、魅華の傍にて悠々と惰眠をむさぼるクゥに対し、誰も違和感を覚えなくなった頃。魅華の訓練も、個々の技術訓練から更に先へと進み、具体的な戦闘技術へとシフトしていた。具体的には、「シミュレータ」を使用した模擬戦闘である。シミュレータでは、各々のランク、実力にあわせ、仮想の“魔物”や“擬似人間”と対戦が可能である。勿論、シチュエーションに関するバリエーションも多数用意されており、講義の合間で受けさせられる“ミッション”の予行練習、或は学年末に実施される学生同士での“闘技大会”の練習をすることが出来るようになっている。

魔法の技術教習と同様に、蓄積していた“ポイント”を使用し、実戦訓練を集中して受ける。

前期ではほぼ使用していなかったことから、他のB、Cランクの学生たちと比較し、大量の時間を費やすことが可能となっていた。魅華はそのアドバンテージを生かし、毎日のように戦闘シミュレーションを積み重ねていたのだが、それが他学生との軋轢を生むこととなった。


「貴女、最近戦闘シミュレータを占拠しすぎではなくて?Cクラスの貴女がそんなにポイントがある訳ないわよね?何か不正をしてるんじゃないの?」


いつものように戦闘シミュレーションをこなし、シミュレータから出てきた魅華を出迎えたのは、普段は全く係わりのない学生からの糾弾であった。

 その声の主は、気の強そうな瞳をしたショート金髪の少女。彼女の名前はミレディ・エンデバード。過去に数多くの優秀な卒業生を輩出している名家エンデバード家の令嬢。現在、Bランクに所属しており、その中でも一、二を争う実力者である。


「不正なんてしてない。ただ単に、前期分の貯金があるだけ。」


唐突に声を掛けられて少々面をくらった魅華であったが、いつも通りの淡々とした口調でミレディに答える。逆にミレディの側は、はっきりとした反論が来る事を想定していなかったのか、戸惑い顔となった。しかし、すぐにもとの表情に戻すと、眼光を更に鋭くして、反論を封じようと躍起になった。


「……ふん!だとしても!そんなに毎日毎日シミュレータを占拠されたら迷惑なのよね!それに、貴女のようなCランクの、落ちこぼれが通い詰めたところで時間の無駄でしょう?有意義にシミュレータが使われるよう、上位者に譲るのが、己の分をわきまえた態度ではなくて?」


 己の力への自信からか、少々傲慢な物言いで更に畳み掛ける。


「それに、貴女最近調子に乗っているのではなくて?幻獣だかなんだか知らない子犬を講義場にまで連れ込んでいるらしいじゃないの。皆の迷惑になっている事を自覚した方が宜しいのではなくて?それとも、それで他の人の足を引っ張っているつもりなのかしら?自分が卒業ぎりぎりの落ちこぼれだからといって、どんな手を使ってもいい訳ではないのよ!」


 勝手に想像を膨らませながら、尚も詰め寄るミレディ。魅華が表情を変えず、反論もせず、ただ黙ってみているのをいいことに、更に攻勢を加えようとしたところ……。


「そこまでになさったら如何かしら?勝手な思い込みで他人を責めるなんて見苦しくてよ?」


 突然現れたエレノアにより制止される。Aランクにはシミュレータも専用のものが用意されており、彼女にはこの場に来る必要が無いはずである。それなのに何故?その場に居た学生たちは皆疑問に思った。実際のところでは、騒ぎを聞きつけた、ということと魅華に関することにはよく鼻の利く彼女の“勘”のお陰であったが。


「シミュレータは学園の規則通り使用。幻獣、クゥの同伴は学園長の許可があり、しかも講義の邪魔をしたという話は聞いたこともない。それなのに言い掛りをつけているミレディさんの方が皆様のご迷惑となっている事を自覚していないのではないかしら?」


「な……!自分がAランクだからといって偉そうに!」


 ミレディの顔が怒気に染まる。この二人、エレノアとミレディとの間にはちょっとした確執が存在した。二人は昨年の期末試験、闘技大会において準々決勝で対戦、その勝敗からエレノアはAランク、ミレディはBランクという今のランク分けとなっている。といっても、エレノア側は全く意に介しておらず、ミレディが一方的に敵視している、というだけであるが。エレノアに対する敵意がそのまま魅華にも波及し、今回の言掛りの背景のひとつともなっている。


「それがどうしたのかしら?偉そうだとして、その何が問題だと?

 そうですわね?まず、ご自分の発言を省みられたらどうかしら?先ほどの魅華に対する物言いは、『偉そうな』、優越感を土台とした発言ではなかったのかしらね?自分のことは棚に上げて、他人を批判するなんて、あまり上品な態度ではありませんわね。」


「く……!」


 エレノアに言いくるめられ、更に怒気を強めるミレディ。しかし、指摘が事実であるだけに、言い返せない。そう判断するくらいの理性は残っていた。

 周囲にはこの騒動にひかれて寄ってきた物見客が群をなしていた。B・Cランク用のシミュレータ室であるが故に、Aランクの人間は殆どいないが、ルークはちゃっかりとその群集に混じり、愉快そうな顔で行く末を見守っている。

 口を挟むことが出来ず、ただ棒立ちをしている(我関せずと寝そべっているクゥと)魅華をよそに、二人の言い争いは続く。


「こんなところで、言掛りをつけている暇がおありでしたら、少しでも訓練を積まれた方が宜しいのではなくて?つまらないことに時間を費やして鍛錬を怠ってばかりでは、また5位どまりになってしまいますわよ?」


「……言ったわね!!」


 自制心も底をつき、思わず手を出さんと一歩詰め寄るミレディ。しかし、エレノアはそれを優雅な動きで制する。


「やめられた方が宜しくてよ?この場で私と戦っても、恥をおかきになるだけですわ。私闘は禁止されていますしね。とはいえ、ミレディさんにも振り上げた腕の下ろし先を用意して差し上げないと、少々気の毒かしらね?

 ……そうですわ。こう致しましょう!貴女がもし、今年の闘技大会で、魅華よりも上の順位をとることが出来たら、その時は模擬戦を受けて差し上げますわ。せいぜい、ご努力下さいね。」


「馬鹿にして!!」


 ミレディにも、流石に退学覚悟でエレノアと争うほどの意思はなく、ばつの悪そうな顔をしながら捨て台詞を残して去っていく。その姿を見送ると、周囲を取り巻いていた野次馬たちも解散し、各々の訓練へと戻っていった。そして、結局最後まで蚊帳の外となっていた魅華、野次馬その1と化してしたルーク、結果的に当事者となったエレノアの三人がその場に残された。


「という訳で、期待しておりますわよ?魅華。

……大丈夫ですわ。魅華の考えている通りに訓練し、実力を発揮さえすればミレディさんに勝つことなんて難しくないと思いますわ。」


「……そう、かな?」


 本人以上に自信を持って魅華の実力を判ずるエレノアに、魅華も押され気味?に答える。高く評価されているのは嬉しい事であるが、同時に戸惑いも覚えた。


「魅華をだしに喧嘩、というのは少々私情を挟み過ぎているんじゃないか?まあ、彼女の物言いが気に食わないという点では俺も一緒だし、魅華なら勝てるだろう、というのにも同意するがね。」


 そこへ、苦笑いをしながら口を挟むルーク。


「あら?外野でただ見ているだけだった男が、文句だけは一人前に言うのかしら?いいご身分ですこと。何様のおつもりかしら?

 ……まあ、言い過ぎた感があるのは否めないので、ちょっと反省はしてますけれど。でも、許せないでしょう?私の可愛い魅華を侮辱し、その上、訓練まで妨げようなんて。」


 まだ怒りが収まらないのか、強く、きつい口調で答えるエレノア。そこには、ルークに対する敵意も若干追加されていた。


「気持ちはうれしいけど……。もっと穏便に、ね?」


 ルークは相変わらずの笑みを浮かべながら適当に受け流す。その代わりにではないが、魅華が根気強く宥めたこともあり、エレノアも除々に落ち着きを取り戻した。


「……ともかく!魅華はこんなことは気にせず、思うまま訓練をなさって下さいね。大丈夫ですわ!また誰かが難癖をつけてくるようであれば、私が追い払って差し上げます。ですから、そのまま目標にむかって前進していって下さいね?そして、来年度は、一緒に仲良く訓練を致しましょう!」


 そこで、ルークに視線だけ向けて、冷たく付け加える。


「貴方はいりませんけどね。」


「……ははは。その件に関しては、また今度じっくりと話合わせて……、貰おうかな?」


 視線を苦笑いのまま軽く受け流したルークであったが、語尾では若干口調が硬くなる。


「あの……。二人とも仲良く、ね?」


 自分のことが発端で睨みあう二人。理由そのものは全く分からないが、自分のところにあることだけは分かる。とりあえず、少しは仲を取り持とうと口を挟んだのだが、、それは逆効果となった。


「「こんな男(女)とできる訳ないでしょう(だろう)!」」


 見事にハモった二人の声を聞きながら、魅華は溜め息をつくことしか出来なかった。

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