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2-A

2-A


 その日の朝も、魅華は黙々と一人下層のトラックを走っていた。もはや日課となった早朝の走りこみ。初めは直ぐに息を乱し、ペースを崩していたが、今では走りきった後でもまだ余裕がある。それはつまり、目論見通り激しい訓練を実施するだけの“基礎体力”、準備が整ったことを意味する。ここまで来るのに第二クォーターの殆どを費やしてはいるが、逆に言えば一年間の遅れをそれだけで取り戻すことが出来たとも考えられる。しかし、これは目標への第一歩、スタートラインにようやく辿りついただけでもある。魅華はひとまず安堵するとともに、気持を引締めなおす。


「次は……、個々の技術、ね。」


 魅華の立てた計画では、基礎体力を獲得したその次は、自分の得物の技術を習得することとなっていた。何といっても彼女の得物は“無定形”。何にでもなれるが故に、習熟には時間がかかる。勿論、全ての形態の技術を習熟する必要はないが、その特徴を最大限活かすためには、ある程度の数は必要となる。彼女は事前にいくつかの形態をピックアップしており、それに焦点を合わせて習得することにしていた。

 体力訓練のセット数を若干減らし、その時間を使って魅華は弓技場へと向かう。早朝から集中力を高め、後にも波及させるという観点からの選択である。まずは弓矢のイメージを描き、手首に巻きついている腕輪上の“魔導具”に意識を集中させる。すると、腕輪はその輪郭をぼやけさせ、光の粒子を撒き散らしながらその形状を弓へと変化させる。


「……とりあえずは、的にあてるところから。」


 魅華が的へ向かって弓を構えると同時に、光の矢が右手に出現する。弦を絞り、狙いを定める。


「……はっ!」


 矢は的へ向かって一直線に飛来したかにみえたが、実際には的の脇をすり抜け、そのまま虚空にて霧散して消える。それを見届けた魅華は小さなため息を漏らす。付け焼刃程度に、ライブラリで事前学習はしていたが、やはりそう甘くは無いということだろう。


「……やっぱりそう上手くはいかない、か。まあ、仕方ないわね。」


 まだ第二フェイズは始まったばかり。そう自身に言い聞かせ、次の矢をつがえる。そして、そのまま朝食をとるぎりぎりの時間まで一心に打ち続ける。


 当然、選択した形状は弓矢だけではない。他にも、定番の剣、槍などに加え、体術等もある。基本的にはあらゆるレンジに対応出来るように、というコンセプトによる選択だ。そして、武器の後には各魔術の修練を行う。基礎体力と同様に、魔法を使用するのに必要な魔力の増強、集中力の練磨、そして各魔法の理論等の学習はここまでに行ってきている。次に行うのは個々の魔法の習得と、習熟である。集団戦闘で、魔法を唱えることだけに集中できるのであれば、得意の魔法の威力を向上させておき、固定砲台とかす、ということでも問題ないが、魅華が焦点を当てている学年末の試験は個人戦であり、近接した戦闘の中での使用が前提となる。武器戦闘同様に、魔法も戦況に合わせて適切なものを選択出来るようになること、そして当然スピードが要求されることになる。そのため、ある程度多くの魔法を習得しておき、かつそれらを戦況に応じて遅滞なくかつ的確に使用できるように体に染み込ませておく必要がある。実戦での鍛錬が必須となる後者に関しては武技同様最後に集中的に実施することとして、ということになる。魔法の実技練習室は予約制となっており、かつ各月毎に、各ランクにより使用可能時間数が設定されている。しかし、それは“持ち越し”が可能であることから、第1クォーター、第2クォーターで殆ど使用していなかった魅華には、時間数としては余裕のある状況である。また、事前に習得すべき魔法の選定等は済ましてあり、後は実践あるのみ、という状態だ。また、指導の教師に関しても、つききりという訳にはいかないが、尋ねれば助力をして貰える体制が整えられている。環境としては万全である。魅華は今後の流れを頭にいれつつ、ひとつひとつを確実にマスターしていった。


 そんなこんなで始まった第3クォーターも半ばに差しかかったころ。いつも通りに“朝練”をこなし、エレノアと朝食をとったその帰り道。普段であれば、この時間は学生の姿もまばらであるはずのグラウンドの方に、人だかりが出来ていた。


「何かしらね。ちょっと行ってみましょう……?」


 普段は自分のペースを崩すことを嫌うエレノアも流石に興味をひかれたようで、魅華を引き連れて人だかりの中心地へと歩みよる。人の隙間からのぞきこむとそこには、グラウンドの中央に我が物顔で寝そべる子犬、のようなものの姿が見えた。周りを取り巻く学生たちなど眼中にないように、悠然と眠りこけるその姿は、ある種の貫録すら覚えさせる。


「……子犬?いや、違うわね。あれは幻獣か何かかしら?」


 見ると、周りを囲んでいる学生たちの中にはB、Cランクだけではなく、エレノア同様に興味をひかれて降りてきたのかAランクのものも混じっていた。皆、一様にその幻獣のようなものを興味深げに観察している。


「何?何かいる、の?」


 人だかりに阻まれ、視線が通らない魅華はエレノアに尋ねる。


「そう。子犬のような風貌の、おそらく幻獣。」


「子犬のような風貌の、幻獣?……えっと。」


 魅華もその姿を視界に映さんと、位置をかえようとしたその時、ひとりの学生が前へと進み出た。


「ねえ、君?お名前は?どなたに呼び出されたのかしら?」


 優しい声で幻獣へと問いかける。勿論、その学生も言葉が通じるとは考えていないのではあるが、ひとまず興味をひき、あわよくば抱きかかえて移動をさせようという考えであった。彼女が幻獣まで後2~3歩、というところまで近づくと、幻獣は唐突に眼を開き、顔を上げる。

 そして近づいてきていた学生を一瞥すると、直ぐに興味なさそうに横を向く。そこで、ちょうど人の隙間からようやく顔を出せた魅華と視線が合う。


「クゥ?」


 魅華の口から驚きの声が漏れる。クゥと呼ばれたその幻獣は、嬉しそうに一声鳴くと、起き上がり、そのまま魅華へ駆け寄ると、胸元へと抱きついた。魅華も、突然のことではあったが、それに反応し、両手で受け止めることに成功する。


「どうしてあなたがここに?」


 顔をなめまわされながらも、そう問いかける魅華。その言葉を理解してかしないでか、答えるように、幻獣は再び一声鳴く。


「え?女神の許可は貰った、って?それで、わざわざ私に会いにきたの?」


 あたかも会話が成り立っているかのような、一人と一匹の様子に戸惑う周囲の学生たち。その輪の中から、ルークが前へと歩を進める。彼もまた、騒ぎを聞きつけて、上層より降りてきていた。そして、中央で戯れる魅華とクゥの姿を視界に捉えると、若干あきれ顔を作る。


「……やれやれ。あの子犬様が魅華を追っていらっしゃった、ってところか。迷惑なことだな。」


 その呟きを耳ざとく聞き取ったエレノアは、ルークを問い詰める。


「……あなたも知っている、ということは、あの幻獣は“楽園”にいた子、っていうことかしら?調度いいわ。遭難していた時のことを含めて、詳しく教えて頂けますかしら?」


 有無を言わさぬエレノアの口調にたじろいだルークであったが、とりあえず、自分に何ら非のある話ではないことを思い出し、落ち着いて答えようとする。


「いや、俺にもあの子犬様がここいる理由はよくわからないのだが……。」


「そこまでです!!皆さん!!」


 そこで、初老の女性の声、教師の声がグラウンドに響き渡る。


「もう直ぐ始業の時間ですよ!こんなところで油を売っていないで、各々の教室/訓練場へと移動なさい!その幻獣は皆さんに危害を与えるようなことはありません。ですから安心して訓練に励んで頂いて大丈夫です。ほら!急ぎなさい!」


 その声に弾かれ、皆しぶしぶと移動を始める。魅華に声をかけ、ほかの学生同様に移動をしようとしたルークたちを教師は制止する。


「神前魅華!並びにルーク・スタインベルグ!あなたたちは、今からその幻獣ともに学長室へ出頭なさい!学園長がお呼びです。」


 エレノアは一瞬ルークに対して恨みがましそうな視線を寄せたが、自分が出しゃばるのは筋違いであることは確かなので、教師に一礼すると大人しくその場を去って行った。それを無言で見送った二人は、教師に先導され、学長室へと移動した。


「よく来て頂けました。ご足労をかけましたね?神前魅華さん。そして、ルーク・スタインベルグさん。」


 学長室で二人と一匹を出迎えたのは意外といえるほど若い、女性の声だった。簡素であるが、ある一種の荘厳さを讃えた部屋の中央、事務机の向こう側に、見た目30代半ばと思われる女性が立っていた。実のところ、二人が学園長を見たのはこれがはじめてであった。普段の行事でも、学園長自体が表舞台にでることはなく、大体の場合は代理を立てる、或は声だけで挨拶をするのが常であった。そのため、実は学園長というものは実在しないのではないかという憶測が飛んでいる位であった。その、存在を疑われていた学園長にこうして面会することになり、しかもその学園長が存外に若い女性であったというのは、二人にとっても驚きであった。そしてその物腰の柔らかさ、姿勢の低さに関しても。机の上は整然としているが、大量の書類が綺麗に積み重ねられており、直前まで、彼女がその処理にあたっていたのだろうと推測できる。つまり、彼女はわざわざ事務処理の手を止め、立ち上がって出迎えたということだ。


「メリル先生。ご苦労さまでした。貴女はご退出頂いて結構ですわ。私はこの二人と暫らく折り行った話

があります。暫らくの間人払いをお願いいたしますね。」


 たかだが、学生二人と話すのに何故、と疑問に思わなかった訳ではなかろうが、熟練の教師らしくそれをおくびにも顔に出さず……。


「かしこまりました」


 そう一礼すると、メリルと呼ばれた初老の教師は退出していった。


「どうぞ、二人とも椅子にお座りなさい。長い話になると思いますので、立ちっぱなしでは疲れてしまいますわ。……クゥも、ね。」


「失礼致します。」


「……ます。」


 魅華とルークは、訝しがりながらも、促されるまま用意されていた椅子へと着席する。クゥは用意されていた椅子……ではなく、着席した魅華のひざの上に陣どり、悠然と丸まる。眼を閉じているその姿は、あたかも母親のひざの上で眠る赤子のようだ。

 その姿を、微笑みとともに眺めていた学園長だったが、暫らくするとおもむろに本題へと入った。


「さて。お二人にここへ来て頂いた理由は……。恐らく察しはついているかと思いますが、貴方たちが見てきたあの島、“楽園”とその子、クゥに関してです。」


 その言葉に、二人は共に頷く。当然、二人一緒に、しかもクゥをつれて、という時点で予想がついていた話である。そこに特に驚きはない。重要なのは、何故直後ではなく“今”なのか、という点である。二人は次の言葉を、固唾を呑んで待つ。


「単刀直入に言いましょう。私は貴方たちに……、特に神前さんにですけれど、クゥの母親代わりになって貰いたいと思っております。」


 学園長の話では、クゥは本来、成長するまであの島、“楽園”で暮らしていくはずだったのだが、魅華を探してこちらの世界にでて来てしまった、ということである。当然、強制的にでも楽園へ戻すという選択肢もあったが、”運命の子”であるクゥに、少しの間でも自由を満喫させてあげたいという老婆心に負け、ひとまず安全がある程度確保できているこの学園内であれば魅華とともに過ごすことを許可する、ということになったらしい。


「それでは、私にクゥの面倒をみるように、ということですか?」


 魅華が総括して、結論を聞き返す。


「そういうことになります。……勿論、神前さんが宜しければ、ですけれども。

 貴女が嫌だ、ということであれば、私が責任を持ってクゥを説得して、楽園に帰させますわ。というより、クゥにもそういう前提でこちらに来て貰っています。」


 そこで、学園長が視線を送ると、クゥは瞼を開き、その下の円ら瞳を訴えかけるかのように、魅華へとむける。あたかも、母親に対し捨てないようにと懇願している幼子のように。


「……、嫌ではないです。私もクゥと一緒に居たい、と思います。」


 別にその視線に負けた訳ではないが、抑揚のない、しかしながらはっきりとした口調で魅華は承諾の返事を返す。その声に、クゥは嬉しそうに一声鳴くと、魅華の肩まで飛び上がると、顔に頬を摺り寄せる。柔らかな毛が魅華の肌を擽る。


「……ん、クゥ、くすぐったいよ。……これから宜しく、ね。」


 魅華はクゥを抱きかかえ直すと、そうこたえた。

 そんな母子のようなやりとりを見届けた学園長は、次にルークへと視線を向ける。


「スタインベルクさんには、申し訳ないのですが神前さんとクゥのサポートをお願いしたいと思っております。お二人で、あの楽園を見て、そして戻られたということもありますが、それに加え、お二人はとても仲が良いと伺っております。多少、ジアークさんに先を越されていらっしゃるようですが。どうか、お願いできないでしょうか?」


「……私と魅華は、所謂”幼馴染”という間柄です。私としても、魅華やクゥの今後は気になりますので、当然サポートさせて頂きたいと思っております。是非とも、私にお任せ頂きたく。」


 ルークは、”まだ”という言葉を心の中で付け加えつつ答える。学園長はその承諾の言葉にゆっくりと頷く。


「お引き受け頂き、ありがとうございます。当然、私もそれとなくバックアップはさせて頂きますので、ご安心下さいね。……後、スタインベルクさんの努力が報われることも、祈らせて頂きますわ。」


 そう、付け加えた学園長は、悪戯っぽくウィンクしてみせる。


「……ははは。ありがとうございます。」


 ルークは、軽く見透かされたことに対して、ばつの悪い思いをしつつ礼を返した。どうやら、結構茶目っ気のある学園長のようだ。


「さて、とりあえず、学園内であればクゥを何処に連れて行こうとも問題としないよう、通達は出しておきますので、安心して勉学に励んで下さい。私からは以上ですわ。何か、ご質問はあるかしら?」


 そこで、ルークはずっと疑問に思っていたことを口にする。


「学園長。失礼ながらひとつお伺いしたく。

 ……私たちが、あの島で何をしていたか、何を見聞きしてきたかはお伺いにならないのですか?少しの間とは言え、行方不明であったのですし、あの場所の重要性からすれば、何らかの処置があってもおかしくないと思うのですが。」


 その素朴な疑問に、学園長は笑って答える。


「そうですね。一応、”彼女”から連絡は受けていますし、それとなく、お二人の挙動は確認させて頂いておりましたわ。その上で問題ない、と判断しました。お二人とも濫りに話しを広めたりはしないでしょう?それに、神前さんはよい方へと変わられた、そんなご様子でしたので。

むしろ、お二人には期待しておりますわ。どうぞ、今後も精進して下さいね?」


「……ありがとうございます。」


「ありがとうございます。」


 二人は礼をもって答える。


「さて、他にはありますか?」


 更に質問をただす学園長に対して、魅華がおずおずと答える。


「……あの、私たちが視たあの未来は、やはり変わらないのでしょうか?」


 その質問に対し、学園長は沈黙する。そして、暫くすると、言葉を選ぶように答えた。


「……そうですね。貴女方が何処まで”視た”のかまでは存じあげませんが、少なくとも彼らの現出までは止められない、そう考えていいと思います。ですが、私たちも、その対応のために努力をしてきました。そのための学園であり、”楽園”です。

 クゥも歴代最高の力を秘めております。そして、学生たち、貴女方も努力し、かつてない程に力を蓄えて、研鑽して下さっています。

私 は、必ずやよりより未来を勝ち取れるものと確信しておりますわ。」


 その学園長の力強い言葉には、長きに渡る彼女の人生の、或いは”彼女”の重みがこめられている。二人にはそう感じられた。


「微力を尽くさせて、頂きます。」


「私もです。」


 クゥも、力強く鳴いてそれに答える。


「これで宜しいかしら?

 ……どうやら、他に質問はなさそうですね。貴重な時間を頂き、ありがとうございました。また、何かあれば気軽に立ち寄って下さいね。ご退席頂いて結構ですわ。」


「失礼します。」


 二人はクゥを連れて席を立ち、学園長室から退室していった。

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