第十七話 二人の心配
「それにしても、あの火の精霊の懐きようには驚いたな」
メイを寝かしつけた後、二人はまた先ほどのテーブルに戻ってハーブティーを飲んでいた。火の精霊は、ランプの光を消してしまったので、見えなくなってしまったが、メイのそばにいるのだろう。
テーノは、先ほど眠そうなメイを抱えて部屋まで連れて行った時のことを思い出して、小さく笑った。
「どうしたんだい?」
ゼノンが聞く。
「いやね、私があの子を抱えて連れて行こうとしたら、はじめもうあの火の精霊が怒ってねぇ。とはいえたいした力もない下級精霊にあの子を運べるはずもないし。メイが言い含めるまであの下級精霊は私を威嚇しっぱなしさ」
「ほぉ?」
「それで、私があの子をやっとベッドまで運んで、明かりを部屋につけないといけないと、それまで手がふさがってて持ってこれなかった火種のことに気を回してる隙にさっさとあの下級精霊メイの部屋のランプに火をつけちまって、ずいぶんと勝ち誇った顔をしてくれたのさ」
テーノはまた思い出してくすくすと笑った。
ゼノンは、ドワーフ族と火の精霊の相性はいいとはいえ、このように感情というものを持った精霊の存在と向き合うことはなかったので興味が湧いた。あのスカーレットと名づけられた精霊は、もともとそのような性格をしていたのだろうか?いや、個としての存在がないそれぞれの精霊に性格が備わっているとは思えない。ということは、名前をつけられたことによって自我が芽生え、性格が現れたのだろうな、と分析した。
「ふむ。精霊の自我の芽生え、か。興味深いな。あれはお前にやきもちを焼いていたのだな」
ゼノンもテーノに微笑んだ。
「それにしても、お前がさっき言ってたとおりあまりあの精霊の存在を知られるのはよくないな」
ゼノンは先ほどメイにテーノが言っていた事を考えるようにそういった。
ただ精霊の名付け親になるということは言ってみれば、精霊を見ることができる素養さえあれば誰にでもできることである。しかし、精霊の愛し子でもなければ精霊の名付け親となることは魔力の消費量が非常に激しいためこの世界では常識として精霊の愛し子でもなければほぼなるものはいない。小さな子供でも危険だと知っているのだ。
ところで精霊の愛し子であることと、精霊の名づけ親であることは名前だけを聞くと正反対のように思える。しかし、実際は名付け『親』になったと言っても、精霊にとっては愛しい『子』であるのは変わらない。まるで親が子を愛し、守ろうとするように精霊は愛し子を守ろうとする。名付け親になることはその絆がさらに双方向として強くなることだった。
ちなみに精霊使いとなるには、まず絶対条件として精霊の愛し子であることがあるが、それだけでは精霊使いにはなれない。愛し子が名づけ親となる、もしくはすでに名がある精霊の真名で精霊を縛ることを第二条件とする。名づけ親になった時点で精霊使いであると勘違いするものも多いが精霊使いになるにはさらに条件がある。とはいえ、精霊の名づけ親であることと精霊使いの違いは、どちらも精霊を使役しているには変わりないが、前者が受身で精霊の恩恵を受けるのに対して後者は精霊を使役して魔法を己の意思で発動させることができるもののことをいう。
メイは知らなかったとはいえ、名づけを行って、精霊使いになるための第一段階を終えてしまった。精霊使いになるためにはまずは名づけ、それにより、使役するための第二段階を終える。精霊の愛し子が名付け親になる場合は精霊のほうからの干渉により、名づけもスムーズに行われることがほとんどだが、そうでない場合は自身の魔力の負担が大きすぎ、苦痛も伴う。
その上、精霊自身が干渉されることを恒常的に嫌がるためかなりの負担の割りに得るものはない。このことが精霊使いには精霊の愛し子であることが絶対条件になっているのだ。
「そうだね、それに周りにはあの火の精霊だけではない。あれだけの精霊を周りにおいておくのはあの子にとって危険だね。最近エルフ共が、金ほしさに精霊の愛し子を攫って魔法使いどもに売りつけているなどという不穏なうわさも聞いているしな」
ゼノンは最近聞いた嫌なうわさに眉根をよせた。
「なんだい、それ、本当なのかい?まさかエルフ族がそこまで堕ちてしまっているとはねぇ」
テーノはそういってこれまた嫌そうに頭を振った。それから落ち着くように新しく淹れたハーブティーを一口飲んだ。
「メイのことがあの魔法使いどもにばれないようにしなければいけない。もちろん、エルフどもに見つかるわけにもいかないな」
メイの魔力制御をなんとかしないといけない。幸いメイはまだ幼い子供なので、制御の方法を学ぶのも問題ないだろうが、それでも少なくとも数ヶ月は訓練をしないと初歩の制御もできないだろう。あの火の精霊を使役する必要がないならばゆっくりと時間もかけてもよいだろうが、魔力制御をしていないまま精霊とともにいるのは魔力の循環がうまくいかずにメイにとって非常にきけんだ。
「そういえば、今日二人が帰ってきた後、森のほうから嫌な気配がしていたよ。なんだかじっと見られているみたいですぐに家に入ったけどね。あれはもしや……」
テーノがふと思い出したようにそういうとゼノンは驚いて彼女を見返した。
「何だって?……もしそれがエルフ、もしくは魔法使いであった時は厄介だな」
「メイは生まれた世界に帰る方法を図書館で調べたいと言って、トレーダーが次にいつ来るか聞いていたわね。まさかあの子、トレーダーに一緒について人間の国にいきたいわけではないわよね?」
テーノは恐ろしそうに肩をすくめた。
いくら人間族とよく似た容姿であるとはいえ、この世界の人間族とメイは違うのだ。
それも人間族のうちの魔法使いどもは特に変わり者がほとんどでそのようなものにメイを預けることはまず考えられない。もしも人間の住む中原へいくならドワーフの信頼置けるものに任せるか、そうでなければ自分がついていってあげたい。
ほとんどの中原の魔法使いどもは研究を第一の目的として他人の、特に異種族の者たちの都合など一切考えていないのではないかというほど容赦がない。
最近のうわさでは特に精霊の愛し子達を各地から集めてきて、怪しい実験を繰り返し人間族の中にも精霊魔法を使えるものを増やそうと試みているようだ。
同じ人間族でもこのあたりにもよくやってきて比較的交流のあるトレーダーの話を聞いていても魔法使い共が随分と傲慢に振舞っている様子がわかる。
魔法使いどもにすれば中原を魔物たちから守っているのは自分たちだという思いがあるのかもしれないが、ここは中原ではないのだからその理論は通用しない。
しかし、もしメイが中原の人間族の国まで行きたいと言い出したら…。
あの小さい娘には身を守るすべはまったくといってないだろう。
「魔法使いに近づけることは危険だよ。あの利益優先のトレーダー達にも会わせないほうがいいんじゃないだろうかねぇ?」
テーノが心配そうにゼノンに聞く。ゼノンにしてもその考えには賛成だが。今このままではメイには家に帰る方法が見つかることはまずないだろう。
人間族の国には大きな町がたくさんある。メイがいきたいといっていた本の沢山ある場所、図書館もある。ゼノンもまだ若いころには人間族の国まで旅をして、図書館も利用したことがある。そのためゼノンは自分の蔵書は一人が所持するにはおそらく世界でも有数というほどの量を誇るが、図書館の蔵書数には匹敵しないだろうことを良く知っていた。
調べ物があるならば、特に魔法に関しての調べ物ならば人間族の国だ。
それは良くわかっているが……。
「トレーダーはあまり信用できないとはいえ、もっとも新しい情報を持っていることも確かだ。メイにあわせるかはまだ置いておくとしても、最近何か変わったことがなかったかは聞いておいたほうがいいだろうね。もしも人間の国に行くとしたらなおさらにね」
ゼノンはふぅっとため息をついた。
彼には自分が人間の国まで旅をするには歳をとりすぎてしまっていることも、賢者としてドワーフの里から離れることもできないことも良くわかっていた。テーノにしても歳をとりすぎていることは同じであるし、彼女にしても身を守る術は殆どない。
「いや、トレーダーのことは今は置いておこう。大事なのはあの子の精霊の愛し子としてのあり方だよ。このままでは危険だけが増してしまうのは良くわかっている。うちに秘めた魔力を制御することができればあの子を守る精霊の力も増すだろう」
「制御の石がいるね」