第十三話 細工師(中)
マルスは、弟子入りしてからしばらくは全く細工物に触ることは許されなかった。
師匠は身の回りのこまごまとしたことから、人間のトレーダーとの交渉からまた、ドワーフ族の鉱山で石を直接買い付けることまで細工に関係のない仕事をとにかく朝から晩までさせられる毎日にだんだんと焦りを感じていた。
いくら辛抱強いマルスでも弟子入りしてからもう一年以上もこのような仕事ばかりを任せられていると弟子とは名ばかりで本当は小間使いが欲しかっただけなのかも知れないと疑問に思うこともしょっちゅうだった。
実際、弟子入りを同じく目指していたデミタなどは他の細工師に弟子入りし、すでに沢山の作品を作っている。
師匠の言いつけを守り、任せられた仕事を黙々とこなしながらもとうとう我慢ができなくなってしまった。
「師匠!僕はいったいいつになったら師匠に細工師として鍛えていただくことができるのでしょう!?」
ガドルはそれを聞いて「ふむ」と一言うなるとじっとマルスを見た。
マルスは早まったことを言ってしまったかもしれないと、一瞬後悔したが、これ以上この惨めな気持ちのままではいられないと勇気を振り絞り、師匠の目を見返した。
ガドルはマルスのその目をじっとにらむように見つめた。
「お前はそれではいったい今まで私のなにを見ていたのだ。弟子入りしてからいったいなにを学んだのだ。今日はもう家へ帰れ」
ガドルはそれだけを告げるとさっさと自分の作業に戻り、もうマルスを見ることはなかった。
マルスはその言葉にかっとなり、そのまま作業場を走り去った。
もうなにがなんだか分からないままに走り続け、気が付くと鉱山の方から続く川のほとりに来ていた。
――師匠は分かってくれない。やっぱり僕はただの小間使いだったんだ。
マルスは知らず涙を流していた。
「おい、お前、ないてるのか?」
マルスははっとして急いで目元を袖でふき取り振り返った。
「デミタ!どうしてここに…」
そこに立っていたのは今一番会いたくなかったデミタだった。
「どうしてって、お前、ここは俺の師匠の作業場から近い川場だぜ。ここで、鉱山から流れてくるくず石を拾いに来たのさ。」
デミタはそういった後、マルスの顔を見て一瞬驚いたように目を見開いた。
「お前、どうしたんだ?なんだ、本当に泣いてたのか?」
マルスは恥ずかしくなってうつむいた。
「何だよ。ガドル様になんかいわれたのか?」
デミタはそっとマルスに聞いた。その声は、なんだかとっても優しくてマルスは思わず日頃思っていたこと、そして今日ガドルに言われたことをデミタに言った。
「ふーん。お前甘えてんな。」
デミタはそういうとマルスのことは気にせず石を拾い出した。
「あぁ、お前俺がなんでこんなことをしてるのか気になってるな?」
デミタはマルスの驚いた顔を見てくすくすと笑った。
「おれさ、あの時お前にあのくず石のことで負けたときすっごく悔しかった。お前が作ったあの箱、本当はすごく綺麗だと思ったさ。でもお前に負けを認めんのが嫌だったから…。あれから今の師匠に拾ってもらってもあの時のことが忘れられないんだ。ガドル様はやっぱり凄いし、あの時の言葉が凄く引っかかって、おれくず石でもいい飾り物をつくろうって決めたんだ。だから今は仕事の合間にそのための石を拾ってるってわけさ。」
僕は今までなにをしてきたのだろう?師匠に言いつけられたことに唯々諾々と従っていたが……。
デミタはあの日、負けた後きちんと学んでいた。
僕はどうだったろう。ただ弟子にとっていただいたことに喜んで、何も学ばなかったのか。
あれから師匠はいろいろと細工師に必要な基礎を教えてくださっていたのに。
デミタは忙しい中、自分で自分の作品を作ろうと合間に時間を見つけて頑張っているのに。
それなのに。僕は師匠が何も教えてくれないとただ師匠に文句を言っただけだ。
恥ずかしい。