第十二話 細工師(上)
マルスの一日は朝日の出が出る前におきだして師匠の家の作業場まで通うことから始まる。
マルスの家から師匠の家までは歩いてもほんの数分で、まず作業場の片づけがすんだら、注文を受けている細工物の確認をし、師匠の朝食の準備を済ませる。
師匠がやって来ると朝の挨拶をし一緒に自分の食事も済ませ、その後は昨日までに仕上がった細工物で、商店に売り物とし下ろすものを持って、ドワーフの森のもっともにぎやかな街中まで行かなければならない。
その後その脚で材料の仕入れに鉱山近くの商店まで向かって荷を届ける約束を取り付けたらやっと昼の休憩をもらい、午後はたっぷり師匠の指導の下、細工物を思う存分作ることができるのだ。
マルスは師匠の下で修行をするのが大好きだった。こまごまとしたお使いも、師匠に学べることを思えばまったく苦に思うこともなかった。
師匠はガドルという名前で器用で細工物が得意なドワーフの中でももっとも高名で、なかなか弟子を取らないことで有名だったので、マルスが10回目の誕生日を迎えたその日に弟子入りを願い出たときに、即刻断られたことも周りは誰も不思議に思わなかった。
マルスは一度断られた位ではまったくへこたれず、優しげな風貌に似合わず頑固なところのあるドワーフらしさで何度断られても、毎日弟子入りをお願いしに師匠の下に通った。
その頃、同じように弟子入りを願う、マルスと同年代の数人もマルスに習って弟子入りのために通うようになったが、時が流れ、少しも願いを聞いてくれないガドルにだんだんと熱が冷めたのか、一人、また一人と脱落していった。
それでもあきらめないものが三人残ったのは1の月が3度目に満月を迎える頃だった。
師匠も、これほど長い期間へこたれずに毎日通うマルス達を見て、とうとうほだされたのか、 一度だけチャンスをくれるという。
彼ら三人の腕を見るためにいくつかの鉱石の入った箱を渡し、それらを使って三日後までに 特別な誰かのための特別な贈り物を作るように言った。
マルスは目の肥えたドワーフの若者なのでもちろん渡されたそれらがいわゆるくず石と呼ばれる価値のほとんどないものだとは一目で分かっていた。
マルスはじっとその石を見つめ、いったいどうしたものかと考えた。
一人はその石を見て怒りに顔を真っ赤にし、師匠に食って掛かった。
「あなたはなんてひどい人なんだ!こんなくず石で僕らになにが作れるというのですか!もうたくさんだ。俺はこれ以上あなたの弟子になろうなんて気にはなれない!」
彼はそういって、憤りもあらわに立ち去った。
もう一人はマルスと同じように考えるようにじっと見ていたが、何かいい方法を思いついたのかそれらの石の中でも色が比較的美しく、大きいものをいくつかマルスが何か考えるよりも先に取り出すと、出来上がったら持ってきますと言って去っていった。
――師匠は、やはり僕のような者は弟子にできないと遠まわしにこのような方法で伝えようとしているのかな?
マルスは考えるようにしていたが、その時師匠の真剣に探る様に自分を見る姿を目にして腹を決めた。マルスはじっと箱に残った沢山の石を見ていたがどの石も少し輝きが足りなくて美しい細工物などできそうもないものばかりだ。でも、それならば…。
「分かりました。この石を使って、特別な人に特別な贈り物を作ります。」
マルスもそういって、師匠が何か言う前に箱ごと全てを持って自分の家に帰った。
マルスは三日かけて、自分が思うとおりのものができたと確信できたので、それを持って師匠の下に向かった。
「どうですか?」
すると、師匠の家から最後に残ったもう一人の弟子候補のデミタがすでにきているようだった。デミタの期待に篭もった声を聞いてマルスはいったいどんなものを彼は作ったのか気になった。
「ふむ」
師匠はそういうと手に持っていたデミタが作ったと思われる首飾りをじっくりと観察した後、デミタに返した。
「これは、誰に贈ろうと思って作ったのだい?」
ガドルがそう聞いたときデミタが一瞬はっとしたように見えた。
「これは……、あぁ、ユルンに、えぇ、ユルンに渡そうと思い作りました。」
マルスはそうっと近寄ってその首飾りを見てみた。
デミタは先日師匠にもらった石を使って美しい首飾りを作っていた。
マルスはあのくず石でよくこのようなと一瞬感心したが、真ん中にはどう見てもそのときにもらったものとは思えない美しい真っ赤なルビーと思われる宝石を配していた。
確かにガドル様はくず石以外を使ってはいけないとは一言もおっしゃっていなかったが……ユルンに?ユルンはドワーフ族の若い娘たちの中でもおしとやかで一番美しいと評判の娘だ。
「マルスも作ったものを見せなさい。」
師匠はマルスが来ていたことに気付いていたらしく振り返りもせずそういった。
マルスは盗み聞きしていたのがばれてずかしくなり、さっと顔を赤らめたが、気を取り直して持っていたものをガドルに手渡した。
「なんだそれは?そんなくず石ばかりで作ったのが小さな箱一個?」
デミタは、ガドルに聞こえないようこっそりとマルスに向かって鼻で嘲るように笑った。
マルスは顔がまた赤らんでくるのを感じた。確かにデミタの美しい宝石の輝く首飾りの後には自分が作ったものは華やかさに足りずつまらないもののように感じてしまった。
「これは?」
ガドルは、マルスに聞いた。
「はい、これは母に贈る宝石箱にと思い作りました。」
ガドルはじっくりと宝石箱を観察していた。マルスの宝石箱は、平凡ながらも良く磨かれて光沢のある樫でできた木の箱にガドルが渡した石を、微妙にグラデーションを変えて配置してあり、地味ながらも美しく近づいて見るほどに丁寧な仕上がりになっていた。石は丁寧に研磨して一定の大きさに揃えた後、輝きはすくないながらもそれぞれにある持ち味を生かしてあるのがガドルの目にはちゃんと見えていた。
特別なしかけはないが、それゆえにこの宝石箱に入る本物の宝石を引き立てるのにまさしくうってつけの素晴らしい脇役としての石の飾りとなっていた。
「デミタ、これを見てどう思う?」
ガドルはふと顔をあげるとマルスではなくデミタに聞いた。
「え?どうも何も、平凡で大して美しくもないつまらないものにおもえますが。」
デミタは躊躇なくそう答えた。
「マルスはデミタが作ったものをどうおもう?」
今度はマルスに問うた。
「はい、真ん中の宝石が美しい首飾りですが……、あまりそのほかの石が生かされてなく、またユルンに贈るには少し大人っぽすぎるように思えます」
マルスはユルンの可憐で優しげな雰囲気にこの毒々しいほど真っ赤なルビーがついた首飾りはあまり似合わないだろうな、と思いながら答えた。
「ふむ。2人とももう帰りなさい。マルスは明日、日が出る前に工房まで来なさい」
ガドルはそれだけ言って立ち去ろうとしてしまった。
2人はあわててガドルを引き止めた。
「ガドル様!どういうことですか!俺ではなくこのマルスを、マルスだけを弟子にとるとおっしゃるのですか!」
マルスはそれを聞いて初めてガドルが言った意味が分かり喜びが込みあがってきた。
「本当ですか!僕を弟子にしていただけるのでしょうか!」
ガドルは振り返ってそれぞれを見つめた。ふぅっと大きくひとつため息をつくと、珍しくたくさんの言葉をくれた。
「デミタ、お前は細工師として大事な事が分かっていない。確かにお前の作った首飾りは美しいが、それだけだ。それもその美しさは半分以上その宝石の為。それもまたよかろう。もしもお前が私の渡した石を理解して、そのちいさな美しさを活かしていたのならばな」
ガドルはそういうとデミタに彼の作った首飾りとマルスが作った宝石箱をよく見るようにと渡した。
デミタははっとしたように自分の作った首飾りに目を落とした。そこには確かに適当にしか磨かれていない小さなくず石たち。マルスの宝石箱をそっと見やるとそこには宝石と呼ぶに足りないとはいえ、すでにくずと呼ぶにふさわしくない、ひっそりとした輝きをもつ石がそっと静かに並んでいるのが見える。暖かな気持ちにさせるようなやわらかい色で統一されたそれらは、マルスの母への優しい想いが伝わってくるようだった。
――特別な人の為に特別な物をといったガドルの言葉の意味も忘れていた。ただこの競争に勝つことに気をとられ、誰に贈るのかも考えてはいなかったのは明白だった。そうだ。マルスが指摘したようにユルンにはこの首飾りは似合わないだろう。ユルンの為に本当に作っていたならばせめてユルンのうつくさにあった淡い色の宝石を配するなど他の工夫ができたはずだ。
「くず石と言われる石にも美しさはある。それを引き出せてこそ、一流の細工師となれるのだ。初めから石の価値にのみとらわれ本来の美しささえも見ようとしなかったお前には思いをどれだけ石にこめられるのかが重要な細工師としては一流にはなれないだろう。」
ガドルの言葉を聞いてデミタは初めて己の失敗を知った。
「マルス、お前の作品は荒削りだが才能を感じさせる。石を丁寧に扱う心構えもできているし、お前の母親への優しい思いもその箱にはこめられている。私の元で本気で修行をする気があるのなら、明日の日の出前に工房まで来ることだ。さぁ、おまえの作った箱を持って母の元へ帰り、このことを報告してきなさい。明日からしばらく忙しくなるので、お前には弟子としてしっかり働いてもらうからな。」
そういって今度こそ2人が何も言う前に立ち去った。
マルスは感極まって何も言うことはできなかったが頭を下げて見送った。
デミタは呆然としていたが、もう一度自分が手に持っているその首飾りとマルスの一見平凡な宝石箱を見比べた後、マルスにおめでとうと声を掛け、去っていった。