第十一話 精霊の愛し子(後)
「大木だよ。」
ゼノンがまるでテーノがなにを今まで考えていたのかを読んだようにそう言った。
「大木が?」
植物が魔法を使うことはありえるのだろうか?確かに植物には存在そのものから癒しを感じることはあるが、魔力としてはっきりと確立した癒しの魔法を使う植物?今までそのようなことは聞いた事がなかった。
二人が会話をしてるのを見て退屈になったのか、庭で今までテーノが使っていたじょうろを使って「お手伝いするね」といい、庭のあちこちに自生している可愛らしい花に水遣りをしているメイを見ながら不思議に思ったので、夫にそう聞いた。
「あぁ。私もそのことには疑問を感じたのだがそれはおそらく精霊の力ではないかと思う。」
ゼノンの言葉にテーノは固まった。
「精霊?ゼノン、つまり木の精霊が?でも、木の精霊なんてほとんど見かけることもないのに!」
「おそらく長い歳月を経てあの大木にも木の精霊が宿っているのではないだろうかね。あの子が大木に抱きついているときに感じた波動は確かに癒しの魔法だった。木の精霊は風の精霊よりも生まれる数がすくないうえ、木むずかしやなので、愛し子の守り手としてはなかなか見ることがないから今まで気付かなかったがね。そうそう、風の精霊といえば、その時周りの精霊が随分騒いでいてシルフなどはメイの髪の毛に絡んで遊んでおったよ。」
ゼノンはそれから少し考えるように目を細めて続けた。
「想像だがね。おそらく、あの日メイはどうやってか空から落ちてきたところを風の精霊によって落下速度を和らげてもらい、木の精霊に体を使って衝撃を受け止めてもらい、そしてまた癒しの魔法で大怪我を免れたのではないだろうかというのが今日の感想だよ。もしかしたら他の精霊も何がしか手伝ってくれていたのかもしれないが今となっては分からないがね。ほらあれを見てごらん」
テーノはゼノンの指差す先で楽しそうに水遣りをしているメイを見た。
「?」
メイが楽しそうに笑いながら水をやると水がきらきらとはじけそこに虹ができている。今まで吹いていなかった風が楽しそうにメイの栗毛をくるくると絡ませる。花達はまるで競うようにメイに見てもらいたいのか芳しい香りを漂わせ、一生懸命花弁を開いて可愛らしく揺れている。
「え?」
精霊がメイと戯れているのだ。
「精霊達の愛し子だよ。」
ゼノンが事実を淡々と述べるようにそういった。
「まさか」
テーノがつぶやくようにそう言った。
「だって、あれだけでも、多分、水と光と風、それに花の精霊まで?そんなにたくさんの精霊に愛されるなんてあるのかい?だって今までそんな気配、気付きもしなかったのに…。」
ゼノンも少し首をかしげた。
「そうだ。あの子の怪我が少なかったことも、ただ単に運が良かったのかもしれないと今まで特に疑問に思っていなかったんだが。」
「じゃぁどうやって精霊の存在に気付いたんだい?私は今までそんな様子ちっとも…。」
テーノが言うのももっともだった。今まで魔力を感知したことはなかったように思える。
「私もあの子があの大木に抱きついてそのときに魔力を感じなかったらおそらく今も気付いていなかったんじゃないかと思う。あれはあの子自身は気付いてないみたいなんだ。ほら、それというのもあの子をいま取り巻いている精霊達には随分弱い力しか感じないだろう?おそらくあまりにも微弱な魔力で魔法を使えない私達には気付くことができなかったのだと思う。」
ドワーフ族も魔法の使えるものもいるがあまり一般的ではない。この世界に生きるものは魔力自体は誰でも普通に持っているし、感じることができるが、自然とともに生きるドワーフはあるがままに自然の恩恵を享受する生活を基盤にしているので、言霊魔法はもちろん問題外だが、一部の特殊な立場のドワーフしか精霊魔法を使えるものはいなかった。ゼノンもテーノも魔法は門外漢だった。とはいえ、ゼノンも賢者。知識としては並みの魔法使いよりは魔法について詳しい。
「それはおいといてもあの子自身が魔法の使い方も知らないから大きな力の精霊はあまり干渉してきてないのではないかと思う。強すぎる魔力が近くにあると使い方を知らないあの子はおそらく己の中で反応する魔力が暴走して精神に異常をきたしてしまうだろうからね。おそらく力のある精霊はあの子が逆に傷つかないよう直接干渉せずそっと見守っているんじゃないだろうか。」
精霊はあちらこちらにいるものだが、あまり精霊の気配を感じることはない。彼らが通常ドワーフ族も含むヒト(ヒューマノイド型の種族全てを含む)に干渉することはほぼないからだ。「精霊の愛し子」というのは珍しく精霊が干渉をしたがるヒトに対して使われる言葉だ。精霊のただの気まぐれだとか、その子の魂の波長が精霊をひきつけるなどといわれているが、実際、なぜ精霊達がそのヒトを気に入って干渉したがるのかは分かっていない。ただ一般的に、精霊は一種類の場合が通常であり、精霊の好みは種類によってかなり大幅に異なるので今メイの周りにいるように何種類もの精霊が競うように干渉することなどは考えられなかった。
精霊魔法が使えるものの絶対条件として精霊の愛し子であることがあげられる。そして、その使える精霊魔法は干渉をしてくるその精霊の属性に限られる。メイは鍛えれば数種の精霊魔法を使える使い手にさえもなれるかもしれない。精霊使いは数が少なく引く手あまただ。このことがメイの今後に悪い影響を与えなければ良いが。テーノは悪い予感が当たらないようドワーフの守り神に祈り、不安になりながらメイを見つめた。
今となってみればこれほど下級とはいえ、多くの精霊に愛されて囲まれているメイに気付かなかったのは本当に不思議だった。確かにメイが来てから一の月が三度満ち欠けを繰り返すほど時が経っていたが、いつもの年よりも恵みが大きかったことに初めて気付いた。森で採れる果物は大振りでおいしく、野菜も豊富だったし、狩もいつもよりもうまくいくことの方が多い。険しい山を流れてくる雪解け水は例年より更にすんでおいしい。泉の水も同じく透明度が高く、甘くておいしい。庭に自生する野生の花々は彩りも鮮やかで種類も豊富で、香りが良いものが揃っている。これも全てまさかメイの為に?
メイは精霊に気付いているのかいないのか、可愛らしいお花に微笑み、水を振りまくたびにできる虹に大喜びしていた。風の精霊のいたずらにはどうやら参っているのか時々くすぐったそうに首をすくめていた。