第一話 初めの第一歩
「きゃー!」
長いまつげに縁取られた鳶色の大きな目の幼い少女は目を覚ましたとたん大声をあげた。
「パパァ!ママァ!」
(こわい!しらないひとが、いっぱい!)
少女が驚くのは無理もない。両親を探すように周りを見回してみると彼女が眠っていたベッドを取り囲むように10人ほどの白雪姫に出てくるような小人達が取り囲んでいたのだ。
「……えぇ?こ、こびとさん?10人?」
(それじゃ3人多すぎるよぉ……小人さんは7人じゃないと)
少女はまだ寝起きなので、混乱していた。
よくわからないがこの小人さんたちは恐ろしい顔などしていない。ちょっと不安はまだあるがとりあえず、朝起きたときの習慣で無意識のうちに手になじんだ感触を探して手を伸ばした。彼女はすぐに探していたものを見つけて抱きしめた。三つの誕生日にもらってからずっと一緒にいるクマのテディ。
「いっ!いたぁい……ママァ……どこにいるのぉ」
急に動いたからか全身がひどく痛んだ。なんだ、この痛み?どうして知らない間に怪我をしているのだろう……骨でも折ったのだろうか。少女は不思議に思ったがあまりの痛みに涙がにじんで、手に持っていたテディをぎゅっと抱きしめ母親を目で探した。
『@%%#』
明らかに母親ではないと少女にはわかっていたが、女の人の声が聞こえて振りむくと、一番小柄でスカートをはいた小人さんが動いちゃだめよ、とでも言うように少し眉間にしわを寄せながら、さっと手を差し伸べてその小さな少女がベッドに落ち着くのを手伝ってくれた。なんとなく、声が出なくて頭を下げると彼女の眉間のしわが少し和らいだ。
『%$**$##%?』
不意に少し渋い低い声が聞こえて少女は見てみると、中でもめがねを掛けた小人が少女のほうを見ていた。少女は思わず息をつめた。めがねの奥に聡明そうな光をたたえた目で何かを確認するように彼女を見やり、その後一言周りの仲間達になにかを言った。そうすると、今少女を手伝ってくれた女の人を除くほかの小人達はしぶしぶといった様子で後ろに下がった。とはいっても小さな同じ部屋の中で、興味と不信が半分半分といったような面持ちでまだじっとこの小さな女の子のことを観察するように見ていたのだけれど。それでもすぐ間近に迫られていないだけで少し圧迫感も和らいで少女は思わずほーっと息を吐いた。どうやらそのめがねの小人が少女が怯えてると思ったのか、少し離れていろとでも言ってくれたようだ。
少女はとりあえず、ベッドの周りを取り囲まれていた状況からは解放されて、やっと周りを見回す余裕が出来た。少女は今まで寝ぼけてててっきり自分の部屋のベッドに寝てるものだと思ってたのだが、実はぜんぜん見覚えがない部屋にいることにやっと気づいた。そのことに不安になって両親を探すが周りにはこの10人の小人たちしかいないようだ。少女の家は東京の郊外にある現代的な二階建ての家である。ログハウスと言えば聞こえはいいが、丸太を切り出して組み立てたようなこの家とはまったく違う。
ベッドから見える窓の外には森が、遠くには高い山が見える。どこか観光地の別荘にいるのだろうか。というか、なぜこの小人さんたちと一緒にいるのかがまずわからない。……まさかこの小柄な彼らは誘拐犯なのか?背は小人といっていいほど小柄で、昨日6歳になったとはいえ、同年代の他の子達と比べ少し成長が遅めのこの少女より頭ひとつ分ほどしか高くないようだ。しかし、体つきは少女の腰よりも太い上腕をもちこの小さな少女など簡単に運べるほどの力持ちに見える。とはいえ、めがねの男の人や先ほど支えてくれた女の人がいるように悪い人たちには思えない。
少女にはは自分がなぜここにいるのかまったくわかっていなかった。昨日の夜はきちんと自分の部屋のベッドで寝たはず……、と考えて、そういえば昨日は6歳のお誕生日のお祝いに家族みんなで食事に出かけて、あまりの楽しさにはしゃぎすぎてその後車の中でうとうとしてしまったな、と思い出した。いつおうちに帰ったのかも覚えていない。
「あれ?わたし家に帰ってないのかな?」
なにかがおかしい。なぜ覚えてないのだろう。それにしても、体中に感じるこの痛み、ひどい怪我ではないみたいだけど、あちこち動かすのが痛い。骨折はしてなくてもひびでも入ってたらと思うと余計に両親が恋しくなった。でもこんな怪我をいつした……?
自分の両親はいったいどこなのかひどく、嫌な予感がしてそれ以上考えたくないような気がした。
『@#$%%$』
そのまま少女が物思いに沈んでいると、また何かめがねをかけた小人が言ったが、今度はどうやら少女に話しかけていたようだ。
少女は何を言われているのか言葉はまったく意味はわからなかったが、その小人が辛抱強く少女の返事を待っているような気がして、弱ってしまった。
「あの、なんていってるかわかりません……」
その小人は少女が声を発すると少し驚いたように目を見開いた。
「あの、それよりも私のパパとママを知りませんか?ここがどこだかわかりませんが、すごく心配してると思います。あ、あの……?」
少女は何とか伝えようと身振り手振りで話しかけたがわかってもらえた様子にはなかった。眼鏡の小人は後ろを振り返って何事かを他の仲間達に話した後、それから少し考えるような顔をして、自分の胸をたたき、
「ゼノン」
とはっきりゆっくり言った。その後、少女の方を指差し首をかしげる動作をした。
「ゼ、ゼノン?」
少女は意味もわからずそのまま繰り返したがその小人がうれしそうに首を何度も縦に振りながら自分の胸をたたいているのを見て、はっと気が付いた。
「ゼノン」
少女は今度はゼノンを指差しながらそういった。そしてその後自分の胸をたたいて
「芽衣」
というと、伺うように小人を見た。
小人のゼノンは良くできました、というようにうなずいて、少女――芽衣を指差し、
「メイ」
といった。芽衣もうれしくなって何度もうなずいた。
そうだ、言葉がわからないならまず何とかこの小人さんたちとお話ができるようにならないとどうしようもない。
両親と初めて離れ離れになったことに不安で一杯だったが、今は出来ることをするしかない。
その後、その10人の小人たちにそれぞれ名前を言ってもらい、芽衣はやっと微笑んだ。