未遂じゃ終わらない
馬鹿野郎、バカヤロウ、ばかやろう。
「、ッ何してんだよ!!」
追い付いた。いや、追い付いたと思ったのに。
「なに、ついてきてんだよ」
お前はこちらを見ようともしない。言葉を覚えたての子供のように、つたない声だけをこちらへ寄越す。
だらしなく着られているスウェットはさっきまで降っていた夕立に濡れ、淡かったグレーは濃いどぶ色に変わっていた。場違いな裸足。震える体。握りしめられた掌の中を、きっと俺が見る日は来ない。
「止めろ、頼むから、止めてくれ……」
「はっ、今更なにを」
今の位置では横顔しか見えない。髪はさながら烏の濡れ羽色で、未だに濁った雫がその先から滴っている。前髪の奥から辛うじて覗ける青くくすんだ瞳。そいつが見下ろすのは、眼下に広がるアスファルトの海だけだろうか。
俺はといえば、足が竦んで竦んでたまらない。疲労も恐怖も、言い訳にしかならないだろう。耳の奥の耳鳴りも、チカチカと極彩色した目眩も、言い訳だ、言い訳だ。すぐそこにいるのに、手も伸ばせない。すぐそこにいたのに、手も伸ばしてやれなかった。
「お前だって知ってたんだろ」
「な、にを…」
「俺が絶望していくこと」
漸く向けられた視線。恨みや妬みでは片付けられない感情が、滲んで落ちてアスファルトに穴を開ける。
「当て付けてやる」
「ばか、止め…!」
「お前に当て付けてやる」
「ふざけんな、俺はお前のためを思って」
「俺のため?俺のためだって?何も分かってない、分かってないよお前。お前は自分のすることがいつも正しいと思ってる。いや違うか、それ以外に選択肢があるなんて考えてないんだ。それで誰かが傷付いたら、それは傷付くべくして傷付いたと思うんだ、自分がそうしたせいだなんてちっとも思わない、感じない、考えないんだ。俺がこうしている理由もろくすっぽ分からないお前に何が言える?何ができる?お前はなるようになっただけだと思うのかもしれないが、俺はそうは思ってやらない。お前が俺を殺すんだ、見殺しじゃない、その手が、お前から伸びてるその見えない手が、ここから俺を突き落とすんだ。一生後悔すればいい、それがお前への当て付けだ」
刹那。
「 、 」
お前は、消えた。