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そいつの正体

 そいつは、憎き仇を追っていた。

 その昔、自分たちから大切な宝を奪って遠くに逃げ去った敵と、その敵に付き従った奴隷たちを、である。

 もともと、そいつの一族はある鉱山地域を支配して、近隣の豪族・農民を奴隷のごとく扱っていた。

 ただの鉱山主である彼らがそれほどの権力を持てていたのは、その鉱山に地の底から湧き上がる純粋な『力』を伝える(みち)があったからである。

 径から漏れてくる些細な『力』の断片ですら、小さき人の仔にとっては強すぎる『力』として具現化する。

 一族は、その恩恵を得て、多くの富を手中にし、さらに多くの悲劇を四方にばら撒き続けた。

 朝廷の使いさえも、彼らの力を恐れ、意見することすらもしなかった。

 そして、鉱山が涸れ、鉱道が崩れないように補強する木々の組み木を上から見たとき、まるでムカデが這っているかのように見えることから、彼の一族は『三上山の百足衆』と称され畏怖され続けた。

 そんな彼らの栄華を奪ったのは、はるか関東から来た武士とその朋輩であった。

 武士は、『三上山の百足衆』の狼藉に激怒した。

 朝廷を蔑ろにしていた件だけでなく、あまりに野卑で血塗られた振る舞いに武士とは相いれぬ汚穢を読み取ってしまったからだ。

 支配された民の陳情を聞き取り、武士は朋輩とともに『三上山の百足衆』を殲滅した。

 その矢は、大地の『力』によって強められた百足衆の額を居抜き、その槍は百足衆の腹を貫いた。

 なぜ、そのようなことが起きたのか。

 武士たちは百足衆の居城に忍び込むために、地下の(みち)を使ったのだった。

 その際に、『力』は百足衆よりも勇にまさり猛たけき武士を選んだのである。

『力』には超常たる意思が混在していたのだ。

 よって、百足衆は滅び、多くの宝と地下の(みち)の秘密は武士のものとなった。

 武士は、その径が故郷に近い幽谷にもあると知り、百足衆によって奴隷とされていて秘密を知るものたちを庇護しつつ、管理役として連れ帰った。

 百足衆のすべては奪われたのだ。

 だから、そいつの正体は人ではない。

 百足衆の残した怨念が形をなして作り上げられた巨大な憎しみだった。

 憎しみがそのまま彼らの異名であるムカデの姿を模し、執拗なまでに復讐の相手を狙い続ける悪鬼となったのだ。

 そいつに心はない。

 さきほどから腔内でねちゃねちゃとまとわりつく、血と肉の持ち主のことなど思い出しもしない。

 ようやくすべての封印が解かれ、念願ともいえる勢多の屋敷へと踏み込んだ矢先に見つけた臭い女のことなど。

 それよりももっと重要なのは、勢多の最後の娘の所在である。

 小賢しくも地下の(みち)を抜けて逃げ出そうとしている。

 だが、そいつにとっては願ったり叶ったりだった。

 なぜなら、その(みち)はもともと彼らのものであったから。

 径を進むものならば陸の上からでも簡単に追うことができる。

 すでに赤く光る目は獲物を補足していた。

 地上を、林を、草むらを、猪よりも早く蹂躙しつつ侵攻していくそいつの鼻先には白い豪奢な建物が姿を現していた。

 あそこだ。

 あそこにセタの裔がいる。

 今こそ、積年の恨みを晴らさせてもらう。

 今こそ、(みち)の力を返してもらう。

 死ぬがいい、裏切り者の奴隷どもよ。

 黒光りする殻の中でそいつは人だった頃のようにニタリと嘲笑(わら)った。


 だが、そいつは忘れていた。

 すでに燦然と輝く太陽が顔を出し、雲一つない悠久の青い空が広がっているということを。

 全ての不遜な悪鬼羅刹は、陽の光に霧散する運命であるということを。

 

 そして、そいつは知らない。

 痛快にも迫り来る妖魔と戦おうと決意した少女がこの先にいることを!


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