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俵藤太の大ムカデ退治

「……うちのご先祖様は関西の出身だとは聞いたことあるけれど。滋賀県がどうかまではわからないよ」

「そうよ。だからといって、なんで昔話と今のあたしたちの状況が結びつくの? 朋輪の妄想じゃないの?」

「でも、さっきのノートにあった『秀郷卿~』って、藤原秀郷のことで俵藤太の別名のことだと思う。そうだとすると、沙巳子さんのご先祖様は自分たちを大ムカデから救ってくれた俵藤太と一緒に滋賀県からこっちに出てきて、ここで宝物を守っていたんじゃないかな。で、そんなご先祖様たちを追ってムカデがやってきた。これならすんなりと話が通じるんじゃない?」

「非現実的な与太話ね」

「しゃべる大ムカデがいるのに?」

「……それはそうだけど」

「そもそも、俵藤太のムカデ退治ってどんな話なのよ」


             ◇


 昔、近江の国(現在の滋賀県)に、俵藤太という弓の名人が訪れた。

 あるとき、藤太が琵琶湖にかかっている勢多橋という橋を渡ると、人間を丸呑みにできそうなほどに巨大な大蛇が、その中心でとぐろをまいていた。

 ランランと光る目をし、チロチロと長い舌をだし、その口からは火まではきだしている妖怪そのものといった大蛇だった。

 今まで、ほとんどの旅人がこれを見て逃げだしてきたが、藤太は勇気がある男だったので、


「こんなところに寝そべるな、邪魔だ」


 叫びながら、大蛇の背中を悠々と踏みしめてたやすくのりこえてく。

 そして振り向きもせずに先に行こうとすると、


「もし、もし」


 彼は呼びとめられた。


「妖怪変化め、まだ何か用があるのか」

 

 藤太が怒りを持ってふりむいてみると、そこには大蛇の姿はなく、美しい女が一人いるだけだった。


「俺を呼び止めたのは貴様か?」

「はい、あなたさまを見込んで、ぜひお願いしたい議がございます」


 美しい女は、丁寧に礼儀正しく頭をさげる。

 その姿は気品に満ち、とても妖怪の変化したものとは思えなかった。


「正直に申しあげますと、このような姿に化けてはおりますが、わたくしはこの橋の下に住む一匹の竜でございます。あなたがとても強いお侍さまと聞いて、大蛇に化けて橋の上に寝ておりました。あなたを試してことについてはお詫びをさせてください。そして、あなたは噂に違わぬ勇気のあるおかたで、わたくしのような大蛇を見ても顔色一つ変えず、まことに感服いたしました」

「ふん、試されることは好きではないがとりあえず許してやろう。で、おまえのいう頼みとはなんだ」

「ありがとうございます。実はあちらに見えます三上山(みかみやま)に住む大ムカデが、ときどきこの湖に来て、わたくしどもの仲間の竜をさらっていくのです。すでに多くの仲間が連れ去られました。このままではわたくしたちの一族はほろんでしまいます」

「なるほどな。しかし、相手はたかがムカデであろう。おまえら竜ならムカデなどどうということもあるまい」

「いいえ。なにしろ相手は三上山を七巻き半も巻くという大ムカデ。そして、ムカデは蛇と竜の大敵。とてもわたくしどもの手に負えません。お願いします。どうか大ムカデを退治していただけませんか」


 女に化けた竜は、頭を地面に擦りつけてまで頼みこんだ。

 そこまで頼まれれば、勇士たる藤太としてはあとへひけない。


「わかった。ここで会ったのも何かの縁だ。俺が貴様らを助けてやろう」

「ありがとうございます。では、こちらへ」


 藤太は女の案内で歩きはじめ、いつのまにできたのか、湖の上にできた道を進み続けた。

 しばらくして、立派な城が見えてくる。

 金銀をちりばめた御殿(ごてん)は、目のさめるような美しさだった。


(ほう。これが竜宮城というものか)


 藤太がうっとりと眺めていると、主人である竜王(りゅうおう)が家来をつれて迎えに出てきた。

 藤太は水晶をしきつめた大広間に案内され、山のようにごちそうと上等の酒を振舞われた。やがて、美しい女たちが現れ、笛や鐘(小形の叩いて鳴らす楽器)の音にあわせて踊りはじめ、まるで夢の中にいるような気分で、時間のたつのも忘れた。

 そうこうしていると、大広間の明かりが急に消えて、周囲が暗くなった。


「藤太さま、大ムカデがやってきました」


 藤太を竜宮城へ案内した女が震える声でいうと、藤太は弓と矢を持って立ちあがる。


「よし、やるとするか」


 三上山の空がにわかに赤くなったかと思うと、何百もの火の玉が飛びかかり、それが藤太の元へと向かってくる。


「あれは、大ムカデの目か?」


 藤太は弓に矢をつがえると、もっとも輝いている二つの火の玉の中心めがけて矢を放つ。

 しかし、矢は岩にあたったような音をたてて、はねかえる。

 藤太はすばやく、二本目の矢を放つが、これもまたガチンとはじきとばされる。

 矢はあと一本。

 人の仔の武具は妖魔には歯が立たないのか?

 大ムカデはうなり声をあげながら、どんどん近づいてくる。


「これは弱った、どうしたものか」


 さすがの藤太も、少しあわてた。

 打開策が見当たらなかったからだ。


「どうしたらいい? なにかヤツの弱点でもあればいいのだが……」


 藤太の横でおろおろしてばかりだった、竜王がそこで口を開いた。


「藤太殿。我ら竜族のものと違い、人の仔のつばには魔除けの力があると聞き及んでおります。それが奴ばらの弱点とはなりえぬでしょうか」


 藤太はその助言を受けると三本目の矢の先を口に入れ、たっぷりとつばをつける。

 彼にも聞き覚えがあった。人外の魔物というものは、比較的に人間のつばが大嫌いだという話を。

 そして矢を弓につがえると、力いっぱい限界まで引きしぼり、放つ。


「これでもくらうがいい!」


 矢はうなりをあげて飛翔し、大ムカデの(ひたい)へと抵抗なく突き刺さる。


「ウギャーーー!」


 大ムカデは地響きのようで空の鳥までが落下するような大轟音をあげ、それと同時に、何百という火の玉が一度に消失し、怒涛のように水しぶきがはねあがる。

 湖の水はその血でまっ赤に染まり、額に矢を射られて死んだ大ムカデの巨躯が、ゆらゆらと波間に漂っていた。


「ありがとうございました。これで安心して暮らせます」


 竜王と、化身した竜たちは何度も頭をさげて礼を言う。

 それから彼の家来に命じて、米を一俵と絹を一反、そして釣り鐘を一つを運んでこさせ、藤太に牛車つきで贈った。

 坂東の侍は喜んで贈り物を受けとると、竜王の家来たちに運ばせながら住処へと持って帰り、そののち将門公と戦うために挙兵する際の資金としたのだった。

 そして、釣り鐘だけは、近くの三井寺に奉納(ほうのう)されているが、贈り物たちは不思議な力を持ち、米俵の米はいくら出しても減ることがなく、絹の反物(たんもの)も切れば切るほどふえていくとものであり、このおかげで俵藤太の軍勢は負けることのない一勢力へと成り上がっていくことになる。

 

             ◇


 小夏の口から語られるムカデ退治の昔話を聞いて、沙巳子はついさっき感じていた違和感の正体について気づいた。

 彼女は今、鍾乳洞の闇の中をほとんど見通すことができていた。

 三人の手持ちの懐中電灯と、勢多一族の手作業で引かれた電線をもとにしたところどころにある電灯だけが光源のはずの地下を、まるで薄暗い部屋を歩む程度の感覚でいたのだ。

 それがおかしなことだと理解したのは、ひかりの発言からだった。

 彼女はほとんど先が見えていない。

 沙巳子だけがおかしいのだ。

 ふと、ポーチの中にしまっておいた手鏡をとりだしてみた。

 祖母から贈られた品だ。

 そして、鏡に映った自分の瞳を見て、


 ……沙巳子はすべてを理解した。

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