遺言と謎
亡くなった祖母の仏前に線香をあげてから、台所で三人分の茶菓子を確保すると、小夏たちは、沙巳子の部屋に案内された。
女子高生の部屋としては大きすぎる、まるで旅館の家族部屋ほどの広さの空間に、ベッドと大きめのクローゼット、図書館のような書棚、そしてカラーボックスが並べられている。
それだけの家具があっても、二三人は楽に布団を敷いて眠れるぐらいに床が空いていた。
壁には、彼女が好きなきゃりーぱみゅぱみゅの大判のポスターが貼ってある。意外とガーリーなものを好むタイプなのだ。
「……初めておじゃましたけど、結構、派手ね」
ひかりが呆れたような感想を漏らす。
確かに、沙巳子の部屋は、カーテンやベッド、家具に付けられたカバーなどにはひらひらフリルが頻繁に使われ、色も黄色や赤が多く、可愛らしいクッションやクマのぬいぐるみ等も沢山転がっている。
女の子らしいといえば、実に女の子らしく、反対に二人の客人はあまり可愛らしい少女成分を含有していない生き物なのでかなり居心地が悪かった。
小夏はさておき、ひかり自身も見た目はともかく中身は鉄火場の姉御肌なので、まったくこの環境に馴染めそうにない。
「ふふん、いいでしょ」
満足気に微笑む親友に対して、あえて暴言を吐くのもなんなので、ひかりはそれ以上は口を開かなかった。
むしろ、小夏の方が「へえ、このクッションもこもこで可愛いねえ」と、滅多にない乙女アピールをするのが気になったぐらいだ。
ああ、こいつもとりあえずは女の子なんだよなー。
と、棒読み気味で思ったりもしたのだった。
しばらくの間、とりとめのない雑談をしてから、やはり聞きたいことを口にしたのはひかりだった。
「で、あの助けてってSOSはなに?」
途端に、沙巳子の顔色が曇る。
明らかによくないことがおき、そのことについて憂いている顔だった。
それだけでなく、親友たちを巻き込みかねないことについて心底後悔している顔でもあった。
ひかりは慰めるように、力づけるように、隣に座って肩を抱き、言葉を選んで問いかけた。
とにもかくにも話を聞かないことには始まらない。
「……大丈夫。できないことはできないって言うし、できることがあるなら、あたしらがあんたを助けるために動くのは当然じゃない。無責任かもしれないけど、とりあえず何があったのか教えてよ」
散々迷ったあと、沙巳子はついに重い口を開いた。
「お祖母ちゃんの遺言のことと……」
「相続の問題? だったら、ナッツーが適役ね。中学の頃からずっと民法の勉強を続けているらしいから」
「そうなの? 私も少しは詳しいから助言ぐらいはできるよ」
「……ううん、それとは違うの」
カバンの中からいきなりミニ六法を取り出した小夏の手を制する。
女子高生としてはいかがなものかと思わなくもないが、小夏はこういうこともあろうかとカバンの中に常駐させてあるのだ。
しかし、沙巳子は首を振って否定する。
「ちょっと待ってて、お祖母ちゃんの手紙があるから……今持ってくるね」
五分ほどしてから戻ってきた沙巳子の手には、幾冊かの大学ノートがあった。
どちらの表紙も紙も相当に黄ばんでいるうえ、手垢でも汚れていて、どうやらかなり旧いもののようだった。
どう見てもファンシーなものを好む沙巳子の持ち物とは思えない。
小夏が受け取り、表紙を見ると「勢多家」と達筆で書かれていた。その堂々たる筆跡は沙巳子のものとよく似ている。
「お祖母ちゃんのものなの。中を読んでみて」
一冊を手に取り、言われたままに、ゴワゴワとした表紙を開くと、まず奇妙な模様が書かれたコピー用紙が糊で貼られていた。
どうやら、見た目が汚いのはこのコピーを張ったせいもあるだろう。
なんの模様かすぐにはわからなかったが、上の方に「勢多鍾乳洞」との記載があり、おそらくは鍾乳洞の地図なのだろうと推測する。
次のページにはもっと詳しい地図が手書きで描かれていた。
こちらには高低差を意識した横からの断面図と、大体の距離までがメモされている。
さらにめくると、各場所についての詳細な覚書があった。
大学ノートの一冊目はほとんど鍾乳洞がメインになっており、最後の方には読めない文字で書かれた、どうやら古文書の写しのようなコピーが貼られている。
横には手書きの注釈があり、たぶん現代語訳なのだろう。
こちらは達筆であったが、まだ読み取れる範囲だ。
小夏は『秀郷卿の指図により、三上より手に入れし供物を胎内に隠す』と読めた。
他にも、『蜈蚣共、我が家に祟り、呪いをなす』や『八幡の弓、只人には引けず』等の書き込みがいたるところにある。
一枚だけ、非常に目に付いたのは、古いボロボロの写真で、被写体となっているのは白い縞が何本も引かれた長い弓だった。
弓道部ということで、弓には格段の興味のある彼女らしいといえば彼女らしいが。
最後まで読み終わったところで、沙巳子が二冊目を差し出してきた。
一冊目に書かれていたことがなんになるのか、小夏にもひかりにもさっぱりという状況ではあったが、とにかく目を通さないことには始まりそうもない予感がしていた。
「こっちはお祖母ちゃんの日記みたいなの」
◇
平成○×年 4月 12日
孫が、我が家にやってきた。
勢多家は私の代で終わりにするつもりだったのに、この子がいたら予定が狂う。
しかし、婿も嫁もなくした可愛い孫を路頭に迷わせるわけにはいかない。
困った。
平成○×年 7月 9日
沙巳子は可愛い。
久しぶりの家族のいる生活。
昔が戻ってきたようで嬉しい。
だが、困った。
平成○×年 7月 18日
沙巳子が夜中に泣いていたので一緒に寝た。
この子の部屋には三上の音は聞こえないのに、やはり子供は繊細なので気がついているのだろうか。
ただ、沙巳子と一緒にいると幸せな気持ちになれる。
可愛い我が孫。
平成○×年 10月 21日
子の刻が過ぎた頃に、目を覚ますと、三上のものたちが我が家の周りを這い回る音が聞こえた。
沙巳子には真夜中の外出は控えさせよう。
平成○×年 1月 7日
年始回りに来た親戚の中で、不審なものがいた。
我が家の宝を狙っているのだろうか。
分家が手に入れてもどうにかなるものではないのに。
私の死後、沙巳子がどうなるか不安だ。
来月、高橋に連絡しよう (←忘れないように)
平成○×年 2月 2日
高橋と遺産について相談。
勢多の宝以外についてはおおよそまとめる。
沙巳子の後見人になってもらうことも考えた。
平成○×年 2月 13日
高橋との話し合い、終わる。
これでいつ死んでも大丈夫。
平成○×年 4月 11日
三上のやつらが外に来た。
私の力がなくなってきたことに気づいているのに違いない。
沙巳子に夜中は絶対に外にでないように言う。
高校生になったら、彼女には家から出るように進めるか考えた。
そうなると寂しい。
でも、三上のやつらのことを考えると沙巳子をここに置いておくのは危険すぎる。
平成○×年 8月 1日
弓を貸金庫から戻した。
今となっては私には使いこなせないが、手元にあったほうがいいだろう。
平成○×年 8月 29日
やはり入口を塞ぐことにする。
あそこが開いている限り、やつらは勢多を許さない。
平成○×年 10月 9日
完全にふさぐことはやはりできない。
さすがにご先祖様に申し訳がたたない。
その代わり、大津の三井寺から送ってもらった札で封印することにする。
平成○×年 10月 16日
三上の連中はここに近寄らなくなった。
安心して夜に眠れる。
平成○×年 4月 8日
沙巳子が弓道部に入ったそうだ。
血は争えぬものなのかと。
同級生に弓の名人の女の子がいるらしい。
やはり、これも血筋かと。
平成○×年 6月 23日
沙巳子は修学旅行で沖縄に行った。
三日も四日も孫に会えないと寂しい。
平成○×年 7月 15日
沙巳子が次の大会で選手になった。
応援に行きたいが、千葉までいくことはさすがにできない。
残念。
頑張れ、沙巳子。
平成○×年 8月 27日
沙巳子たちの高校が8位内に入った。
おめでとうね。
沙巳子の大好きな友達も準優勝だそうだ。
よかったね。
平成○×年 8月 22日
沙巳子のお祝いのため、佐久から鯉を取り寄せた。
一匹は鯉丼にして、もう一匹は鯉こくにして食べた。
鯉丼にかけた山椒がよかったのか、沙巳子が喜んでくれた。
もう、この子は勢多家から逃がそう。
何年か外に出せば、もう追われることもないだろう。
ここの勢多家は滅んでもこの子がいれば大丈夫だ。
平成○×年 9月 1日
そろそろ、お迎えが来そうだ。
節々が辛い。
二年ほど聞かなかった三上の連中の這う音が聞こえる。
もう、限界だろう。
沙巳子だけには勢多と三上の因縁を伝えなければ。
◇
毎日、きちんとつけていた訳ではないが、80過ぎの高齢者にしてはしっかりとして強すぎるほどの筆跡だった。
ところどころ読みづらいが、そもそも日記なんてものは誰かに読ませるためのものではないので気にするべきではない。
むしろ、問題はその内容だった。
二人は沙巳子がわざわざカラー付箋を貼った部分だけを抜き出して読んでみたのだが、いくつか理解不明な部分があった。
特に、「三上」と呼ばれているものが何者かがわからなかった。
勢多家の周囲を、夜中に頻繁にうろつきまわっていることから、ヤバめの変質者のように感じられる。
そうであるならば、小夏たちに助けを求めること理解できる。
しかし、それだったら警察に相談する方が正解ではないだろうか。
「サミ、あんたのお祖母ちゃん、ボケてたわけじゃないのよね」
「うん。倒れるまでは、年齢に不釣り合いなぐらい矍鑠としたおばあちゃんってみんなにいわれてた」
「……じゃあ、事実として考えたほうがいいか。こんな、誰にも見せないはずの日記でわざわざ嘘を書く人もいないし。真実性も十分に担保されているといえるかな」
「たまにはいるんじゃないの? 日記に自分の願望を書いちゃったりする人も。沙巳子さんのお祖母さんがそういう人とは思えないけど……」
「あんたみたいに『朋輪くんとデートしちゃった、うふ、楽しかった』みたいな妄想日記書いている人もいるけど、サミのお祖母ちゃんの場合とはまったく別物でしょ」
「―――し、失敬な!! に、日記にそんなこと書いてません!!」
「昨日、見たわよ」
「は、ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、何してくれているのよぉ、あんた!!」
「……ちょっと黙って。大切なオハナシしているんだから。あんたの乙女回路がショート寸前の話なんて後回しよ」
「―――酷いわ……」
床にのの字を書き出さんばかりに落ち込み始めた小夏を無視して、ひかりはもう一度、日記を読み返した。
「とにかく、サミはこれが気になって仕方ないのね」
「うん……」
「少し、休憩してからもう一度検討しましょう。それと、サミ、さっきのオバさんみたいな親戚ってまだこの屋敷に居座っているの?」
「お葬式が終わったら、みんな、さすがに帰ったよ。さっきのオバさんは、貴志さんの奥さんなんだけど、貴志さんが家に帰ってこないからって探しに戻って来ただけみたい」
「その貴志さんて?」
「遠い親戚かな。ちょっと前に家に帰ってそれから姿を見せていないけど……」
「このお屋敷にいるのは、じゃああたしたちだけってことね」
「奥さんが帰っていたらね」
わずかに沈黙した後、ひかりは立ち上がった。
「とりあえず、ちょっと遅いけど昼ごはんにしましょうか。何か、食べるものもらえないかな。朝が早かったから、さすがに何も用意してこなかったのよ」
そして、三人は揃って台所に向かった。
この時、誰かが家の中を捜索していれば、後の面倒事は起きなかったはずであるが、すべては悪い方向に進んでいたのである。




