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勢多家の事情

 勢多里は、孫娘が高校に進学してから、弓道部に入ったということを聞いて密かに驚いていた。

 もともと文系でインドア志向であったことのみならず、積極的に同世代と交わろうとはしてこなかった少女の突然の変化に戸惑ったこともある。

 しかし、何より、夕食の席やくつろぎの時間に孫娘が今までにないほど饒舌に、二人の親友のことを話すのが印象的だった。

 そのうちの一人は、今風の可愛らしい外見であるのに、強い克己心と高い向上心をもち、目標に一途に進む性格であるのに、その途中でも他人のことを気遣い、弱いものを決して見捨てない義侠心を持っている熱いタイプの少女。

 もう一人は、新入生ながら弓道部のエースとなった、凛々しくそして誇り高い、友達になったことを誰より嬉しく思える少女。

 特にエースの少女に対する素直な礼賛はまるで恋する乙女であるかのようであった。

「弓を引く前の一歩の出し方が綺麗なの」とか「まっすぐな視線がまるで太陽のよう」とか、部活についての話はほとんど彼女たちの話題で占められていた。

 孫娘には珍しい手放しの賞賛に、里はただ一言、「血筋かね」とつぶやいた。


 勢多の家は、弓の武人に縁があった。

 かつて彼女の家系は代々伝わる仇敵との確執によって滅ぼされる寸前の状態まで追い詰められたことがある。

 仇敵は強大で執拗だった。勢多の一族を滅ぼし尽くすまで、決して争いを止めようとはしないだろう昏い熱情に満ちたものたちだった。

 それゆえ、本来ならば力なき勢多家は根まで切り尽くされ、尽く殲滅されていたであろう。

 その時、勢多家を救ってくれたのが弓の名人でもあるその武将であった。

 彼は後に、関東を我が物にせんとした反逆者平将門公を朝廷の命で討つという大殊勲をあげ、歴史に堂々と名を残すことになった。

 勢多家が元々の故郷を離れて奥多摩に移住したのも、実はかの武将の勧めによるものである。

 武将は下野国の住人であったことから、奥多摩のこのあたりについても顔がきき、現地の住人との間にも特段の争いもなく勢多家は一族揃って移住することに成功する。

 もともとの故郷に残ったものも少なくはないが、大部分のものは当主について移住することになったらしい。

 それ以来、勢多家は奥多摩でも指折りの名家として知られるようになり、現代に至ることになる。

 現在でも、奥多摩において幾つもの山を保有し、多くの土地を所有する勢多の財産は普通の地主たちよりもはるかに膨大で、しかも減ることがほとんどない。

 戦後すぐの農地解放においても勢多家はまったく影響を受けなかったということもあるが、ただ、それは勢多家の類まれなる努力のおかげというわけではない。

 勢多家には家宝があるのだ。

 そのうちの一つは武将に譲り渡され、一つは故郷の寺院に寄贈され、一つは長い年月のうちに消失したが、最後の一つは今でも健在であった。

 価値そのものも効果ではあったが、それよりも家宝のもつ力の方が重要だった。

 家宝が健在である限り、勢多の家が衰退することはない。

 ……はずであった。


 里は、その家宝の扱いについて常に迷っていた。

 すでに後継である息子は夭折して他界し、ただ一人の孫のためにも遺すべきか遺さざるべきか、長いあいだ迷い続けていた。

 そして、孫娘が結婚できる18歳になったときに、すべてを打ち明けようと思っていた矢先に、突然、病に倒れることになる。


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