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Shortstory

バイバイは夏色

作者: 百円

「ひゃー、ほんと暑い! 暑すぎるよおー! 太陽さん頑張りすぎだってもう!」

「うるさい」


 頭を殴られ、蒸し暑さでぼんやりとした頭がぐわん、と揺れた。


「あうー、痛いー」


 私は大袈裟に頭を抱えてみるけれど、千世ちゃんはそんな私に見向きもせず、さっさと歩く。


「待ってよお」


 私は片手にラムネ二本と、片手にプール道具を持って走る。千世ちゃんは私が走るのを見ると、にやり、と笑って走り出す。


「もー、千世ちゃんの意地悪ー! 待ってって言ってるのにー!」

「公園の楠の下! 先にタッチ出来たほうが勝ち!」


 千世ちゃんは振り向いて叫ぶ。


「えー?! 無理だよー!」


 二人分の荷物を持っている上に遅れてスタートした私はどう考えても不利。しかも、プールの後でくたくた。でも、そんな言い訳をしていても千世ちゃんは止まらないだろうから、仕方なく走る。太陽は、そんな私に恨みでもあるのか、雲の切れ端から強い日差しを降り注いでいた。地面もその熱気にやられちゃって、空気を歪ませている。

 身軽の千世ちゃんは太陽に炙られたアスファルトをふわりと蹴って走っている。走るたびに揺れる黒いつやつやの髪は、プールの後のせいか、湿っていて、きらきら光っていた。


*


 やっとのことで、千世ちゃんのいる大きな木の下に来ると、頬を伝った汗が地面にぽとりと落ちる。


「遅い。さっさと持ってきなさいよ馬鹿」


 千世ちゃんはさっき走ったのを感じさせない涼しげな表情で私を見上げて言う。


「馬鹿じゃないもん」


 千世ちゃんは無愛想に自分のプール道具とラムネを私の手から奪い取った。千世ちゃんはすごく可愛いから、こんなときにニコッと笑って『ありがとう』って受け取ればいいのに。つんつんしてたら折角の可愛い顔が台無しだ。


「何なの、さっきの勝負。千世ちゃんが勝つに決まってるじゃん」

「あーゆー風に勝負したら速く此処にたどり着けるじゃない。それに走って喉渇いたし。丁度良いでしょ?」


 サラリと言ってのけて千世ちゃんはラムネに口付けた。こぼさないように気をつけて走ったお陰で、かろうじて半分以上残っている。千世ちゃんはさりげなく多く残っているほうを取っていた。


「勝負といえば、プールのときのクロール競争も不公平だった」

「不公平? 私とあんたの背は同じくらいだし、習った先生も一緒。クロールの長さだって同じだったじゃない。条件はどちらもハンデなしだったわ。公平すぎる勝負じゃない」

「でも、千世ちゃんはスポーツ万能でクロールで一キロ泳げるんだよ? 私はクロール苦手だし、二十五メートルでも息が行方不明になっちゃうもん」

「あっそう。でも教えられた環境はほぼ一緒なんだから、それは条件の内には入らない」

「何それー」


 私が頬を膨らませると、綺麗に無視された。

 クロールの二十五メートル。早く泳ぎきったほうが勝ちで、負けたほうは相手の荷物持ち。

 全部千世ちゃんが決めたルール。千世ちゃんは自己中で言い返したらその十倍の屁理屈を返され、結局言い負かされちゃうから、仕方なく従った結果がこれ。全く、最後のプールだっていうのに、千世ちゃんにボロ負けして終わり、なんて、全然嬉しくない。

 悔しくなって、私もラムネをぐびぐびあおった。きんきんに冷えている液体は生温い体にトゲトゲした冷たさを染み渡らせていく。冷たさが脳にまで届いて、きーん、と耳鳴りがした。甘くて、ぴりぴり痺れる炭酸の刺激にちょっとだけ涙が滲む。


「このラムネ、炭酸きついねえ」

「そうね」


 千世ちゃんにもラムネの刺激が強かったのか目がちょっぴり潤んでいる。


「これから、どうする?」

「とりあえず、ラムネ飲む」

「そーゆーこと聞いてない」


 パシッと頭を叩かれる。


「痛いー。今日二回目だよー」

「あんたが変な答え方するからいけないの」


 千世ちゃんはうんざりしたように髪をかき上げる。


 つんつんしていて自分中心って感じで、でも、何処かちょっと寂しそうな子。私が初めて千世ちゃんと友達になったときの第一印象。それは今でも変わってない。

 千世ちゃんはいつもトゲトゲしてるし、思ったことはハッキリ言う子だから、私が初めて会ったときも周りの子達から敬遠されてた。でも、千世ちゃんは、本当は優しい子だっていうことも知ってる。

 新しく学校に来て、二ヶ月が経ち、私への好奇心も薄れたクラスメイト達。最初からこうなると分かっていたけれど、ちょっとだけ寂しいなって思ってた。そんな時に話しかけてくれたのが千世ちゃん。千世ちゃんは最初に会ったときに、ちっとも興味も示さなかった子だったから、すごくびっくりしたのを覚えている。

 今考えると、千世ちゃんは気づいてたのかもしれない。クラスの中で浮いてしまっている私に。ちょっぴり孤独を感じて学校に行くのが憂鬱になっていた私に。

 私だけじゃない。千世ちゃんは、クラスの中で浮いてる子や、ちょっと嫌われてるような子に積極的に友達になっていった。千世ちゃんは、クラスの誰よりも、嫌悪や孤独みたいな気持ちに敏感で、必死になって、それを消そうとする。


「ねー、千世ちゃん」

「何?」

「あいらぶゆー」


 冗談交じりに笑ってみせると、千世ちゃんは嫌そうに目を細めて、


「一回死んでくれば?」


 と溜め息交じりに小さく呟く。

 千世ちゃんのことが好きかと聞かれれば、イエス、と答える。ただ、それは全面的に大好きってわけじゃなくて、嫌いな部分もある。っていうか、嫌いな部分のほうが多い。振り回されてばっかりで、何言っても言い返されて。自分何やってるんだろうって感じ。

 でも、そんなときの千世ちゃんは無表情でも目はきらきらしてて。そんな千世ちゃんを見てる自分も、ちょこっとだけ嬉しくなったりして。結局、仕方ないなあって許しちゃう自分も居て。


「ひどいなあ」


 唇をちょっとだけ尖がらせ、ふと見上げた楠木からは、たくさん茂った葉の間から太陽の光りがきらきら見えた。伸びた枝の間からは蝉の叫び声が降ってきている。聞くだけで暑苦しいけど、太陽を遮ってくれる楠のお陰ですごく涼しいし、日陰の空気は爽やかだ。さっきかいた汗は冷たいしずくとなって首筋を伝い、ちょっとこそばゆい。


「ねー、千世ちゃん」

「今度は何?」


 千世ちゃんは面倒そうに自分の髪の毛をいじりながら聞く。


「私、転校するんだ」

「へえ」

「驚かないんだねえ」

「だって、一学期のはじめに挨拶したときのあんた、いかにも転校に慣れてますって顔してたもん。どうせ、すぐ居なくなるんだろうなって思ってた」

「おお、流石千世ちゃん」


 私は小さく笑って冷たい液体をちょっとだけ舐めた。間に挟まっているビー玉がカロン、と涼しげな音を立てる。


「いつ?」

「二学期から。っていうか、今日、もう引越しの準備終わったから、会えるのはこれで最後だよ」

「ふーん。そっか」


 千世ちゃんは相変わらず素っ気無い。

 本当は、誰にも言わずに居なくなっちゃうつもりだった。

 表面だけの涙なんて、嬉しくないし、いらない。どうせ、自分の心の中だけを浄化して、一週間も経てばどうでもよくなる。転校したら、また手紙書くね、とかまた遊びに来てね、とかそんな言葉もいらない。会いに行ったら私の居場所はもう無いんだって思い知らされる。少しずつ間隔が開いていって最終的に届かなくなる手紙なんて、空しいだけだ。

 でも、千世ちゃんには言ってもいいかなって思った。千世ちゃんは悲しいとか、寂しいとか、言わないから。転校したとしても手紙一つよこさないだろうし、会いたいなんて絶対言わないだろう。だからどうしたの、といつものようにツンツンしているだけ。

 転校に慣れてる私には、千世ちゃんみたいに素っ気無いぐらいが丁度良い。

 でも、まだ千世ちゃんとは友達で居たいなあ、とか、思ったりしてる。そんなことを考えたって、どうしようもないことも知ってるけど。

 なんて。そう言っても千世ちゃんは、嬉しそうな顔も、悲しそうな顔もしないんだろうな。


「千世ちゃん、ありがとう」


 千世ちゃんは一瞬だけ困ったような驚いたような複雑な顔をして、結局何も答えず、頬を小さく赤らめたまま、残ったラムネを一気飲みした。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

良かったら、感想や評価をいただけると嬉しいです。

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