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リハビリトリップ!

作者: U

「お願いします! 何卒、何卒ぉ!」

「お留まり下さい! 後生です、後生ですからぁ!」


「ええーいうるさい! 帰るったら帰る! 退きなさい!!」


 おたおたおろおろ平身低頭右往左往する高官どもを睥睨し私は吠えた。


 ちくしょう、どうしてこうなった。




 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


 物語の王道、中世ヨーロッパ的なこの国に召喚されて早一年。

 自分の身に起こったことが所謂“異世界トリップ”なるものだと気づいた折には、すわ魔王退治か嫁候補かと顔を引き攣らせたものだが、それは一刻も続かなかった。

 拉致召喚の首謀者……城の高官どもが現れて、私にこう、願ったからだ。



 “どうか陛下とお話してやって下さい!!”



 召喚の間に慌てて駆け込んできた“陛下”は、小娘を囲んで平伏する臣下を目にし、時既に遅しと真っ白になっていた。



 城の高官……おっさんらに頼まれたのは、“陛下”の女性恐怖症を治すための“リハビリ役”だった。

 そんなことのために、という怒りも、素敵召喚魔法の効果で読む書く話す問題なし・三食昼寝におやつとマッサージ付き・指定日時希望場所に送還可能しかもおみやげ付き、という超高待遇の前には霞と消えたのだった。


 そうして始まった私の“異世界リハビリ役ライフ”だったが、すぐに、これは難しいことを引き受けてしまったと唸ることになった。


 まず陛下は、目が合っただけで“ヒッ”とか言って凄い速さで部屋の隅に退避する。私が得体の知れない異世界人だからかと思ったが、城仕えのメイドさんがハタキをパタパタさせるのにもいちいちビクッ!ビクッ!して“邪魔”だの“鬱陶しい”だの言われ半泣きになりながら凄い速さで部屋の隅に退避するほどの重症患者だった。


 この難事に、今からでも代役を探してみては、いやそもそも何故異世界の人間を? こういうデリケートな問題は価値観の似た同じ世界の人間が良いのでは? と注進してみたが、宰相の爺さんは疲労感を漂わせ首を振った。

 何でも、この世界、特にこの国は男性のマッチョ信奉が強く、女性はかなりキツイ性格の国民性で非常にはっきり物を言う人が多いんだそうな。その彼女らをして、気弱でもやしな雲上人は


「陛下? 為政者としてはいいけどねー男としてはないわー(笑)」

「あっわかるぅ~! 何かイライラするよねーあのヒト」

「この間ゲジゲジだと思って踏み潰そうとしたら陛下だった。紛らわしいので視界に入らないでほしい」


 とこの有様である。(協力:貴族令嬢Aさん、メイドBさん、軍属Cさん)

 陛下ェ……

 というか国民ェ……。ちょっと……威厳が無さ過ぎるにも程があるというか、余りにもな言い草に閉口していたら、法務大臣のおっさんが教えてくれた。

 なんとこの国、女性には“不敬罪”が適用されない。どんな女尊男卑国だよと思ったら、男尊女卑がいきすぎて一回転どころか一回転半捻り二回した結果らしい。

 何代目かの皇帝が平民の女性に無体を働いたとかで吊し上げを食らった際に言い放った“女というのは枝から枝へ飛び移る小鳥のようなものだ。つまり人間ではないのだからして、男たる人間の自分が小鳥相手に何をしようが自分の勝手だ!!”という発言を“そうだね女は人間じゃないね、じゃあ何されても平気だよね! 怒らないよねだって小鳥相手だもんねウフフ!”と逆手に取った大変狡猾な女性が、当時の法務高官の影にいたとかいないとか。

 おかげで、女性が位の高い男性相手に暴力を奮った場合の罰則がない。

 逆も然り、なんだけど、その場合恐ろしい報復があるそうだ。

 この国には強固で網の目のように密に広がった女性同士の相互扶助組織が存在しており、敵に回すとそれは恐ろしいんだとか。

 平民の女性を騙したある貴族の男は、狩猟に出かけた森の中で突如四方八方木の影土の中樹上から現れた女性たちに取り囲まれ、棍棒で殴られるわ、弓を射掛けられるわ、猪をけしかけられるわ、最終的に半裸で吊るされぷらぷら風に漂っている所を地元の子どもに発見され、不名誉な(あざな)を後世に伝えることとなった。

 また、貴族の女性を泣かせたある軍属の男は、地方の小競り合いを平定し久しぶりに家に帰って来たところ、家が綺麗さっぱりなくなっていたそうな。そこそこ立派な石造りの屋敷だったそうだが、そこには一片のレンガも残っておらず、剥き出しの土と、「バーグ・ファルレル大佐は第三陸軍大隊の将校にして、●×△■(ピーーッ)●×△■(ピーーッ)●×△■(ピーーッ)野郎です。どうかこの下衆●×△■(ピーーッ)野郎のことを忘れないで下さい」と刻まれたデッカイ石碑が残るのみだったとか。因みにその石碑は今でも観光名所になっており、彼は長い間女性たちから●×△■(ピーーッ)大佐と呼ばれていたそうだ。


 ――とまあ、こんな恐ろしく気が強い上に遠慮も配慮もない女性たちに散々馬鹿にされながら育った陛下は、重度の女性恐怖症を患うに至ったわけだ。

 何か、相当周辺諸国から“さっさと女性恐怖症を治して妻帯しろ!”ってせっつかれた末の召喚だったらしい。

 “穏やかな性格で、面倒見が良く、しかしお節介ではなく、暴力的では決してなくて、押し付けがましくもなく、我慢強く、根気強く、一線を引いた態度で高貴な人間に接することが可能で、暴言を弄さず、順応性があり、しかし過度には馴れ合わず、野心を持たず、ふしだらではない、真面目な、しかし生真面目でも馬鹿真面目でもない、適度に肩の力の抜けた、間違っても陛下に恋心を持たない、陛下と同年代の女性”という条件を付けたら、異世界から私が召喚されたんだって。


 欲張りすぎだろうよ……高官たちェ……。

 自分では自分がそんな立派な人間だとは思わないけど、とにかく引き受けた手前、私は出来る所までやってみようと決心した。



 最初の一ヶ月は、何と文通のみ。同じ城内にいるのに。

 二ヶ月目は、文通に加えて、魔法の糸電話みたいなものを使いお早うとお休みの挨拶。

 三ヶ月目は、文通を減らして、糸電話でのお喋りを増やした。

 四ヶ月目は、城で一番広い庭で糸電話。互いの姿が微かに視認できるくらいの距離を開けた。

 五ヶ月目から、徐々に距離を縮めて……

 六ヶ月目には、背中合わせだけど、陛下と私の距離は僅か一メートルまで近づいた。

 七ヵ月目、執務室の端と端で、一日一時間だけ話す。

 八ヶ月目、段々お喋りの時間が長くなってくる。

 九ヶ月目、徐々に距離を縮める。

 十ヶ月目、一メートルの距離で向かい合わせになっても陛下がビクビクしなくなってから、それまで男性の侍従が全て受け持っていた陛下の身の回りの仕事を幾らか回してもらう。

 十一ヶ月目、男性の侍従と半分半分でお世話を受け持つ。私が表情を変えても、陛下がビクッとしなくなってきた。

 十二ヶ月目……この頃には陛下も、「最近キモくなくなってきた」とお城のメイドさんに御墨付きを貰えるくらいにはなっていた。


 そろそろ潮時かな、と思った。

 あとは場数……私以外の女性との接触を同じ寸法で増やしていって慣れさせれば何とかいけるのではないか、と。

 折良く、女性恐怖症改善の噂を聞きつけたどこかから見合いの話が入り、おっさんらと額突き合わせて話し合った結果、試しに受けさせてみることになった。


 結果は、惨憺たるものだった。


 陛下は、生白い顔をいっそう青くして帰って来た。

 人の目を見ない。

 それでも、声を掛ければ一瞬だけ交わった視線は――――酷く怯えたように揺れて、絨毯に落ちた。

 まるで、出会った頃に戻ってしまったような。


 余程心を抉る言葉を投げつけられたのだろうか。

 自室に一人閉じこもってしまった。

 おろおろするおっさん達に放っておくよう言い渡したまま、私はただ待っていた。

 優しい言葉をかけることも出来たけど、それはしない。

 傷付けられて、自分の力で立ち上がることが出来なければ、同じことの繰り返しだ。

 誰かの言葉で立ち直る、それは依存だろう。他の誰かの言葉は、きっかけにはなっても理由になりはしない。結局最後は、自分の力で立ち上がるしかないのだから。


 陛下の弱さは、自信の無さからきていると、私は考えていた。

 この国では、男性の肉体の頑健さが賞賛の対象となる。好戦的、野性的であることが男らしいとされ、是とされてきた。そんな中、陛下は生まれた頃から病弱で、王族の慣例となっている軍隊での叩き上げも経験がない。成人するにつれ、人並みの健康を得たが、先代皇帝が崩御し体を鍛える暇もなく即位、政務に追われる日々が続き、未だ“軟弱皇帝”のまま――。



 ――――陛下、気付いていますか。

 たくさんお話しましたね。

 この国のこと、私の国のこと、陛下のこと、私のこと、そして――――


 ――――陛下の身近な人々のこと。


 気付いていましたか、陛下。

 城勤めの女性たちの、辛辣な物言いに隠された、確かな信頼。

 “軟弱皇帝”と言って哂う軍人たちの、揶揄に見え隠れする、期待。

 貴方のことが心配で心配で、異世界の人間を召喚してしまうくらい心配性の高官たちの、深い敬愛。


 皆、貴方の良いところを知っています。

 貴方のことを信じられないのは、貴方だけ。

 私たちは、信じています。信じて、待っているから。だから、どうか。

 貴方も――――



 それから三日後、陛下は自室の扉を開いた。

 げっそりしていたけど、どこか明るい顔で、随分しっかりこちらを見るようになったな、と思った。


 ちょうどその頃だ。私が“帰還”を考え始めたのは。


 ……えーと、その、私の勘違いや自意識過剰でなければ、天の岩戸陛下事件が終わった辺りから、何と言うか、陛下がこちらを見る視線に熱っぽいものが混じり始めたと言うか……。

 私もさすがに良い年だし、あんなアルパカもかくやというしっとり濡れた瞳で見つめられたら、それが何を意味するかは分かる。

 で、これはまずいぞ、と思った。

 召喚の条件を見れば分かるように、私に求められていたのはあくまで“リハビリ役”であって、“恋愛指南”やらまかり間違っても“奥様候補”なんてものじゃあない。せっかく陛下の“女性恐怖症”という最大難事に片が付きそうなのに、更に問題を抱えるなんて巧くないことだ。

 というわけで、帰還の意図を周りに告げる機会を図っていたんだが、それが決定的に“駄目だこれは……早くなんとか帰らないと……”に変わったのは、一週間前のことだった。


 夜遅く、たまたま執務室の前を通りかかった私は、細く開いた扉から漏れる光に気が付いて、何とはなしに覗き込んでみた。

 扉の隙間から、陛下が執務机を挟みこちらに背を向けているのが見えた。

 数ヶ月前、妙にもぢもぢしながら「ユ、ユズホは……やはり逞しい男の方が好きだろうか」などと訊かれたので「ひょろひょろしているよりは好きですね。かと言って筋肉達磨のような方は余り好みではありませんが」と答えてから、何故か……何故か(・・・)体を鍛えているらしく、以前と比べれば随分逞しくなった背中を丸め、何やら呟いている。

 じっと耳を澄ます。聞こえてきたのは……


「ユズホは私のことがキライ、キライじゃない、やっぱりキライ、でもキライじゃない、はたまたキライ、奇跡的にキライじゃない……」


 夜の帳と室内を区切る窓に、ぷちりハラリ、ぷちりハラリ、と花占いに興じる皇帝の姿が映っていた。

 身長百八十超えの、良い年した国家最高権力者が、夜も夜更けに恋占い……

 しかもほの暗く後ろ向き。


 目眩に襲われたような気がして、私は思わず壁に手をついた。


 駄目だこいつ……早くなんとかしないと……!


 皇帝陛下は完全に(恋の)(やまい)だ。


 翌朝を待って、早速私はおっさん達に帰還の意を告げに言った。

 しかし、返ってきた反応は、私が期待あるいは予想していたようなものではなかった。

 彼らは互いに目線を交わし合い、何とも形容しがたい微笑を浮かべて、そんなに急がなくても、もう少しゆっくりしていったら、まだ陛下の女性恐怖症についても不安だしと、そういう意味のことを口々に告げた。

 それからの数日、話し合いは平行線に終始した。

 こちらが何度説明し、言葉を尽くして陛下はもう大丈夫だということを繰り返しても、あの微笑みでのらりくらりと躱される。

 仕方なく、最後の手段だと息をついて私は言った。

「大変恐れ多く、また自意識過剰と思われるかもしれません、事実そうであれば良かったのですが、最近の陛下のご様子を鑑みるに、どうも陛下は私に対し擬似的な恋心……のようなものを抱き始めているような傾向が見受けられます。皆様方が召喚に際し気を配られた通り、私は今のところ、陛下に対しそのような恐れ多い気持ちを抱いてはおりませんが、私もこう見えて女の身でありますれば、僥倖極まる陛下のご温情を賜り、身に余る不敬な願いを抱いてしまうかもしれません。ですから、浅薄な私がまだ夢を夢としていられる内に、どうか皆様方におかれましては再びのご高慮、お願い致します」


 要約すると、私も陛下のこと好きになっちゃうかもしれないよ! それって困るよね! だからお家帰して! ってことである。

 嘘だけど。

 陛下のことは人として尊敬してるけどタイプじゃないし。長いこと“リハビリ役”やってたせいか、強いて言えば手のかかる弟のような感覚だ。


 言い切って、これでどうだと顔を上げた私は、恐慌に慄きを覚えた。

 おっさんら面々の口端または頬に浮かんだ喜色を目にして。


 それからの私の行動は早かった。


 魔術師のじーちゃんらをお茶と相槌肩たたきで買収し、送還の儀式の算段を整えた。

 こっちにいる間にちょっとだけ増えた荷物をまとめ、秘密裏に“召喚の間”に向かう途中――――奴らに見つかった。


 そして冒頭に戻る。



 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


「だーかーら! 私は帰ります! 元からそういう約束だったでしょう?!」

「もうちょっと、もうちょっとだけ!」

「そうですぞ、そうですぞ! そんな硬いこと言わずに!」


 何だその“ねっねっ先っぽだけだからお願い!”みたいな引き留め方は!!


「お断りします! このままだと陛下の側室にでもされそうですから!」


 自意識過剰と言ってくれて結構! と気炎を吐けば、私にとって許しがたいとんでもない言葉が返って来る。


「そんな! 余りにも我らのことを見くびっておられる!」

「そうですぞ! 側室なんてとんでもない! きちんと皇妃として迎える準備を……」


 なに言ってんだあんたらは!!


「異世界の素性も知れぬ平民を皇妃って……馬鹿ですか! だいたい、そういうことが起こらないようにわざわざ細かく条件をつけて召喚対象を絞ったんでしょうが!」


 おっさんどもは一瞬顔を見合わせ、しかし見事な連携プレイで私の行く手を塞ぎながら矢継ぎ早に告げる。くそっ、このスピーディメタボどもめ!


「もちろん最初はそのつもりでした。細かく条件を指定したと言っても、どんな人物か本当のところは召喚されるまで分かりませんからな」

「しかし貴女は我らの期待に見事に応えて下さった」

「そればかりか、あの方に最も必要で、しかし最も足りなかったものを与えて下さったのです」

「しかも最良の方法で!」


 何か良いこと言ってるような気になってるかもしれないけど! お腹の脂肪でぶるんぶるん視界に波状攻撃加えながらじゃ全く効果ないから!!


「それに、もういい加減諸国からの当て擦りをかわすのもいっぱいいっぱいなんです!」

「そんなの自業自得でしょうが!」


 この国、マッチョ信奉だけあって国の歴代トップも好戦的な人物が多く、気が向いたら「俺の筋肉(マッスル)を見ろーーーー!!!」とかって近隣諸国にドンパチ仕掛けるんで、鼻つまみ者なんだよね。しかも戦に勝っても征服も略奪もしないし、かと言って脳筋率高いから滅多に負けないし。本当に“戦争”したいからするだけっていう……双方消耗するだけで何ら益がない。だからまだ“鼻つまみ者”でおさまってるんだけど、そろそろ周りの国の堪忍袋の緒がヤバイらしい。

 そこへ登場した我らが“陛下”は、何十年かに一度のNOT脳筋の期待の星。

 気弱な所が最大の欠点で武人としては頼りないけど、人と時勢を見る目があって政上手。周辺諸国も“陛下”の御世に平和条約を締結しようと手ぐすね引いて待っている。しかし、それは未だならず。

 何故ならこの国には、“皇帝が非妻帯者の場合、いかなる条約の締結も禁ず”という法律があるから。恐らく立皇したての脳筋が妙ちきりんな条約を結ぶのを防ぐためだろうけど。


「ユズホ!!」


 息せききって駆けて来るその姿は、最初の出会いに良く似ていて、でも全然違う。

 まっすぐこちらを射抜く水色の瞳。冬空を映した水面は強い光を宿し、


「か、帰るというのは真か」

「はい。今まで大変お世話になりました。陛下におかれましては、既に私ごときのお力など不要でしょう。これにてお暇させて頂きます」

「そ、そんな! ま、まだ駄目だ、私にはユズホが必要なんだ!」

「いえ、帰ります」


 容易く決壊した。


「ユ、ユ゛ズボォ~! ぞんな゛、ぞんな゛ごど言わな゛いで……!!」


 ぼたぼた大粒の涙を零す主上を目の前にして、おっさんらは目配せ一つで呼吸を合わせ、いっせいに平伏した。


「この通り! ユズホ殿、どうかどうかここに残ってくだされ!」

「お願いします! 後生で御座います!」


 くっ、これはJapanese☆DOGEZA……! 何とも言えない身の置所の無さと強烈な罪悪感……!! ちくしょう、こんなことなら日本の文化なんか教えるんじゃなかった!


「ほら、陛下もお願いして!」

「誠心誠意床に這い蹲るんですぞ!」


 皇帝に何をやらせようとしてるんだあんたらは!

 付き合ってられん! とDOGEZA包囲網を跨いで突破しようとした私の脚を、何かが強い力で引っ張った。たたらを踏み、振り返れば


「行がな゛い゛で……! 行がな゛い゛でぐれ゛ユ゛ズボォォ!」


 陛下が抱っこちゃんよろしく私の左足に抱きついて涙と鼻水を垂れ流していた。


「ええーい離せ! 離さんか!」

「い゛、い゛やだ! 離ずも゛んが!」

「その意気ですぞ、陛下!」

「あと一押し! あと一押し!」

「フレッフレッへーいか! ガンバレガンバレへーいか!」


 ちょっと誰だ無責任に応援してる奴! と思ったら、魔術師のじーちゃんらがDOGEZA包囲網の後ろでポンポン振っていた。足上げるたびローブ翻ってるから! スネ毛見えてるから! 視覚に攻撃を加えるのはヤメテ!!


「ああああ何なのこのヒトタチ! もういやー! 誰か助けて!」

「大丈夫ですかユズホ様!」


 一陣の風にスカートはためかせ颯爽と現れたのは、お城のメイドさんたち!


「ここは私どもにお任せ下さい!」


 言うや、ひっつき虫と化した陛下、DOGEZAメタボ網どもにホウキやらハタキやら雑巾やらバケツやらでボコボコ攻撃を始める。


「い゛、い゛だい゛! い゛だっ!」

「ちょっ、こらお前たち何を……アッー!」

「くやしい…でも感じちゃう! ビクッビクッ」


「さあユズホ様! 今のうちです!」


 ありがとう! と手を振って私は駆けた。情けない鼻水声が後ろで何か言っているが、知らん知らん。


「ユズホ様、これを!」


 廊下の端に顔を出した貴族令嬢Aさんが何かを放り投げる。


「城の皆で一針一針想いを込めて縫いましたのよ! おみやげに持ってらして!」


 柔らかい何かを無事キャッチ、サムズアップを交わし、私は絨毯を蹴る脚にいっそう力を込めた。

 ふわり、と腕の中の何かがなびいた。



 どう見ても婚礼衣裳です本当にありがとうございました!!



 ずてーん、とドリフもかくやとばかりに。

 風に翻った布に視界を塞がれ、私は見事にすっ転んだ。


「ユ゛ズボォ! 待っで、行がな゛い゛でぇぇ!」

「いたぞ! 追え、追えー!」


 くそっ、追いつかれたか!


 跳ね起き、再び疾走体勢に移る背に何かが伸し掛る。


「ぐぎゅっ」

「おお陛下、さすがですぞ! では小生も!」

「げはっ」

「まあ楽しそう! 陛下たちばっかりずるい!」

「ぐほぅっ」


 ち、ちくしょおお!! 諦めん、私は諦めんぞおおおお!!


「ユ゛ズボ、ユ゛ズボ行がな゛い゛で、行がな゛い゛でぇぇ……っ」

「フフフ、逃がしませんぞ。ユズホ殿には是非陛下との間に“ノットノウキン”のお子を成して頂かなくては!」

「それって“せくはら”ですわよ宰相様、死ねこの★@*☆(ピーーッ)野郎」



 誰か……誰か私をお家に帰してぇぇぇぇぇ!!!







 終




カッとなって書いた。反省はしていない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・キャラクタが脇役の端にいたるまで、個性を持ってブレが無い ・テンポがよい ・文章がとても読みやすい [気になる点] ・なんとかェ……の「ェ……」というのは、小説としては読み手を選ぶのでは…
[良い点] 読んでて楽しいです。 [一言] 笑いました。
[一言] 女尊男卑なんていいお国柄! 女が最強なんて素敵すぎる国ですね~♪ でもマッチョは…
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