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キンモクセイ  作者: 真澄
6/11

「…確かなのか?」



ジェイの報告を受け、教授が発した言葉はそれだった。



「本人が不在なので確証はないんですが、状況から見て薬を飲んだ可能性が高いんです……先生、あれは関係ない人が飲んだ場合には副作用はないはずでしたよね?」



「ああ大きなことは起きないが…まずは本人を探して、薬を飲んだのかどうか、飲んだとしたら何時ごろのことか、確認しなさい」



「はい」



「その学生は何学部だ? 俺から家族に連絡をとる」



「家族…ですか!? 重篤なことにはならないのでは…」



ジェイ、と厳しい声が聞こえ、電話を握り直す。



「今何の話をしている? 解毒剤を関係ない人が飲んだ場合、の話だろう。その学生が過去にあの薬を服用したことがないかどうか、確かめる必要がある」



「まさか」



だってあの薬は闇のもので。



「服用していないことを確認したのか?」



「いいえ…」



「どちらにしても、まずは本人を探せ。見つけたら安静にさせなさい。大きな副作用がなくても微熱くらいは出るかもしれない。それと──」



「はい」



「薬剤の保管に関しては報告書を提出するように。すべて済んでからでいい」



「…はい」



電話を切り、外へ出た。財布も携帯も置きっぱなしということから、学外へは出ていないだろうと見当をつける。事情を話してヨウやロブにも探してもらえ、と脳が指令するが、教授の言葉がジェイにブレーキをかけていた。



そして寮の付近から徐々に範囲を広げていき、キンモクセイの木立にさしかかったとき。木の根元の芝に座り込む女性の半身が目に入った。



「ユリ!」



駆け寄って確かめる。しかし、身を起こして振り返ったその女性は豊かな金髪。



「あ、すみません」



人違いを謝り、来た道へ引き返した。引き返そうと、した。



「ジェー…?」



……!



去りかけてピタリ、と動きを止める。



語尾を伸ばした発音。そんな呼び方をするのは1人しか知らない。ゆっくりとふりむく。まさか。けどまさか。



「ジェー!」



「……リリー?」




「覚えていてくれた?」



「本当に、リリー、なの…? どうして……」



あまりに突然のことに自分の目が信じられなくて、目の前の女性をまじまじと見つめる。そして、ジェイはあることに気付いた。



その服、ユリが着ているのを見たことがある…!



「…ユリ。ユリだろ? ユリがリリーだったのか!? じゃあやっぱり解毒剤が効いて…どうして今まで黙っていた? 俺のことわかってたのか?」



矢継ぎ早に問いかけるジェイを、低い声が遮った。



「ジェー、私のこと、“リリーであることを思い出したユリ”だと思ってる?」



「え?」



「違うわ。私はユリじゃない。“ユリって名乗らされてたことに気付いたリリー”よ」



「なに…言ってんだ?」



「ユリなんて人、最初からいないの。私は、私をもうユリには返さないから」



頭が状況に追いつかない。呆然とするジェイの手の中で、携帯電話が鳴った。



「ジェイ、ユリは見つかったか」



「先生……今、ここに」



目的語をなんとすればよいかわからない。



「そうか。ジェイ、彼女のご両親と連絡がついた。彼女はあの薬を服用していたよ。15年前に……ジェイ、彼女のご両親は」



そうだ。ユリがリリーだったのなら、彼女の両親は元国王夫妻。おそらく教授もそれを知ったのだろう。声が少し、上擦っている。そしてそれは、目の前の出来事が現実であることをジェイに示していた。



教授からいくつかの指示を受け、電話を切ると、ユリ、いやリリーを見やる。



「教授が──ジョンソン先生だよ。覚えてる? 先生が、歩けるようなら診察するから連れてこいって」



「……行くわ。先生にも私を見ていただきたいし」



ああ、その目はたしかに、負けず嫌いなあの子のものだ。



少し迷い、歩き始めた彼女にユリではなくリリーと呼びかける。



「教えてくれ──何があった」



=====

昨日はもともと頭が痛くて、ジェイのところでもらった薬を飲んでそのまま寝てしまった。夜中に熱が出て、暑くて、それでも昼過ぎまで眠り続けて。ノドがかわいたなって水を飲もうとして、顔にかかる髪に違和感を覚えて。



鏡を見たら、昨日までとは違う顔があった。



あれ、私金髪だったっけ。この顔、昨日ロブのパソコンにあったのと少しだけ似てる。



少し頭がぼうっとしていた。それが徐々に晴れてくる。



──違う。



違う、違う!



これが私だ。私はこっちだった。今までが違ってたんだ。どうして? なんで私は黒髪だったの? なんで、私はユリと名乗っていたの?



5歳までのかすかな記憶。私はたしかにリリーと呼ばれていた。そして昨日までの、ユリとしての記憶。たどってもたどっても6歳までしか思い出せない。その間をつなぐのは。



そうだ。ジェイの書いた原稿。会誌の。ピタリとピースがはまり、



「──っ!!」



声にならない悲鳴をあげた。



「怖くなって飛び出して、やみくもに走ってたらキンモクセイの香りがしたの。ここ、よく一緒に隠れたりしてたよね。懐かしい」



「つまり、昨日までの記憶もちゃんと持っているのか。ヨウやロブのことも覚えてる?」



もちろん、とリリーがうなずく。



「それじゃ…」



ユリはどこへ行った──?



ジェイのその問いをわかっているかのように、リリーは表情を消して歩き続ける。校舎への道も迷うことはない。



「私を探してくれてたんじゃないの?」



「それは、そうさ…だけど」



「今度はユリを探すの? ユリなんて、ただの同級生じゃない」



「ただの、って…」



「違うの? 大事なの? 私との約束よりも? そんなそぶりなんて見せたことないくせに」



「リリーもユリも、きみなんだろ。どうしてそんな」



「違うって言ってるでしょ!!」



癇癪を起こしたように叫ぶ。しかし息をつくと、ああそうね、と笑った。



「同じところ、あったわ。ユリはリリーが嫌いだったでしょう。私も同じ。私も、」



──ユリが嫌い。




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