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「もしもしジェイ? おお生きてたか。ここ何日か顔見ないからどうしたかと思ってさ。はあ? 謹慎!? お前何したの。……薬を? そんなことがあったのか。ユリ実家に帰ったって聞いたけど、そのせい? …そう、大事なかったんだ。よかった。へえ、実家へは親戚の用事で? ふーん」
リリーと別れてから、ジェイは寮の自室を一歩も出ていなかった。薬剤の保管が甘かったことを反省するよう、教授に5日間の謹慎を命じられたのだ。もとより誰にも会う気にはなれなかったし、気持ちを落ち着かせるには部屋に閉じこもる口実は却ってありがたかった。
ジェイの試作品の薬をユリが誤って飲んでしまったところまでは、隠さないことにした。ユリに対してもいちばん説明がつきやすいからだ。しかし実家に戻った理由を友人たちに説明するときは、事を荒立てないよう「親戚の用事」としておいてほしい、と、ユリの両親は教授に言い残していった。
「それで? いつ出てくんの。そう。頼むよ、毎日ロブと2人っきりだぜ?…うん…ああ…うん、じゃあ明日な。おやすみ」
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翌日。ジェイはほぼ一週間ぶりにたまり場へ足を向けた。
「おー! 生きてたか」
「殺すなよ。ヨウ、昨日電話サンキュ」
ロブに苦笑を返し、ヨウに挨拶をする。カバンを下ろし、座ろうとすると、ロブがそれを引き止めた。
「なあ、どうこれ。ヨウも見てよ」
指差すパソコン画面を後ろから覗き込み、息を飲んだ。
「国王7割、王妃3割で作り直した。リリー姫ハタチの想像図」
どれ、とヨウもジェイの隣りで画面を覗く。そして首をかしげた。
「これ、こないだジェイといた幼なじみって子に……」
似てるな。しかしそこまでは言えなかった。ジェイの悲痛な表情に気づいてしまったから。
「ロブ、俺…この写真もらっていいか?」
「へえ? もちろん構わないけど。ジェイほんとにリリーのファンなのな。ユリが妬くぜ? ぅぐ」
まったくロブのやつ、口も行動も余計なことをする。やっと気持ちの整理がついたところなのに。無言でヘッドロックをかけていると、ジェイの耳に懐かしい声が飛び込んできた。
「いま私のこと話してた?」
「ユリ! 助けろ!」
「よお、おかえり」
ひらひらと手を振ってロブをあしらい、ヨウにただいまと返すと、ユリはジェイに向き合った。
「ジェイ、なんかごめんね。私のせいでいろいろ心配…かけ、て…」
ロブがはやす口笛が聞こえる。ヨウの呆れたようなため息が聞こえる。
ジェイはユリを抱きしめていた。
「ごめん……」
「え、大げさだよぉ。私がいけなかったんだし」
ね、大丈夫だから、と諭すもジェイはただ首をふるばかりで腕を離してくれない。照れを隠すように、ユリは早口でまくしたてた。
「びっくりしちゃった。目ぇ覚めたら実家にいるんだもん。自分の足で帰ったらしいんだけどさ、2、3日記憶がないんだよね」
「なに、体は大丈夫なの?」
ジェイの肩に手を置き、そっと引き剥がしながらヨウが問う。
「うん、ちょっと熱が出ただけ。親にも言われたんだ。学校戻ったらきちんとジェイに謝りなさいって。…ジェイ、ちょっとやせた…?」
「こいつも今日謹慎が解けて出てきたばかりなんだよ」
「謹慎!? やだ、私のせいで?」
「いいじゃん、痛み分け痛み分け。それよりジェイよー、お前どっちが本命なのさ。いてっ」
余計なことを言うなとヨウがロブの頭をはたく。しかし目ではジェイに、さっさと決めろと促す。
「ユリ、本当にごめん。帰って来てくれてよかった…会いたかった」
「な、どしたの、ジェイ?」
「ユリ、好きだ。…もう俺から離れないでよ」
え、だってこんな、みんないる前でそんな、
真っ赤な顔で慌てるユリに、ヨウとロブがニヤリと返す。
「いいじゃん、どうせ俺たち知ってんだから」
「そうそう、俺なんかもうずっとムズムズしてたんだぜ?」
野次馬を困ったように見やる。そりゃあずっとジェイが好きだったけど、突然すぎて。薬のことの罪悪感とかじゃないよね。違うよね。
しかしジェイを振り向くと、そのまなざしは真剣そのもので。ユリの胸がじんわり熱くなった。
「いていいなら…隣りにいていいなら、ずっとジェイと一緒にいたい」
ずっと一緒にいたい。
ほんとだな、リリーの言ってた通りだ。
大丈夫。一緒にいよう。ずっと。
そんな思いをこめて再び抱きしめようとしたジェイの手は、しかしあとは帰ってからにしろ、とヨウに止められてしまったのだった。