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第2話「そもそも、設定が間違っている」

第2話「そもそも、設定が間違っている」


――それは列車で依頼主のもとへ向かう、途中のことでした。


「うわー!」


「なんですか!」私は食堂車で食べていたビフテキを喉に詰まらせそうになった。

 ナプキンで口をぬぐって声のした、となりの一等車に駆けていく。


 客室の入り口の前でボーイがガタガタと震えていた。


「ちょっと失礼」私は部屋に入った。

 開け放たれた扉のすぐそばに太った商人風の男が泡を吹いて倒れていた。周囲には錠剤が散乱している。テーブルの上には、ルームサービスのディナーが並べられていた。あとワインの空いた酒瓶も転がっていた。


 男の手首を持ち上げて脈をとる。すでに亡くなっていた。ふと目をやり男の顔のそばにあったふたの開いた瓶を手に取る。「あ・・・」

 騒ぎを聞きつけて、上等な服を着た1等客室の乗客が5、6人集まってくる。倒れている男を見て「何事だ?」「なんということだ」「ひどい」などと声をあげている。


 遅れてやってきた助手くんが口をもぐもぐさせながら目を見開いている。(完食してきたな)

「とりあえず、車掌を呼んでください」立ち尽くしているボーイに向かって言った。あと、電信係に言付けを。



 しばらくして、紺色の制服を身につけ帽子を被った車掌がやってきた。

「失礼ですが、あなたは?」車掌は怪訝そうに眉をひそめて尋ねてきた。


「申し遅れました私立探偵のウマシカといいます」


「探偵を初めて見た」「けっこういい男ね」「殺人事件だな」「どんなトリックを」「興味深いですな」「怪死だな」「犯人は誰だ・・・」

 集まった一等客室のギャラリーは緊迫感もなく自分勝手なことを言っている。これだから上流階級というヤツは。

 助手くんは・・・。目を輝かせながらこちらを見ている。違う意味で度し難い。

「ボーイくん、たびたび悪いけど、厨房にいる料理人を呼んで来て下さい」



 客室に4人の料理人が現れた。あきらかに不満げな表情を見せる年配の男はおそらく料理長なのだろう。


「これは列車内部にいる人間の犯行です」

「おおっ」「推理が始まったぞ」「そりゃそうだろ」ギャラリーがざわめく。

「死因は、喉にビフテキでも詰まらせたのか、食事に盛られた薬物による中毒死でしょう」私は手の上で薬瓶を転がしながらいった。テーブルの上を見やるボーイが口を挟んでくる。「いえ、お食事には一切、手をつけられていない様子ですが」そんなことは瑣末にすぎない。


「最後に生前の男性を見たのは?」ボーイに問う。

「1時間ほど前にこちらにディナーをお届けした時が最後です」

「ふうむ。私は丁度、1時間前ころから食堂車で一等車へ通じる扉が見える席についていたのですが、ワゴンに乗せて食事を運ぶボーイくんの姿を見たあとは、中に入った人物をひとりしか知りません。いまいるボーイくんだけです」


「じゃあ、ボーイが犯人だ!」「そうだそうだ」「一件落着」またギャラリーがわめいている。

「それはないでしょう。叫び声が聞こえる少し前に、ボーイくんが一等車へ入っていくのを見ました。犯行を実行するには時間的な余裕がありません」


「じゃあ、一等車の誰かが犯人だというのか」今度は一転してギャラリーは怒り始めている。

「それもないでしょう。客室の扉を開けられるのはマスターキーを持っている列車の関係者のみです。見ず知らずの人間の声に扉を開けるのも考えづらい。無言ならなおさらです」


「ところでボーイくんはなんで、男性の客室へ行ったのですか」

「それは、そろそろ食器を下げようとしたからです。用件を告げて、扉を数回ノックしましたが、何の反応もないもので、失礼かと思いましたが、マスターキーで扉を開けました。見ると、お客様がドアのすぐ近くで泡を吹いて倒れていました。思わず声を上げてしまいました。そのあとのことは、探偵の方がご存じでしょう」


「じゃあ、料理人が毒を盛ったんだ!」ギャラリーのひとりが叫ぶ。

 ボーイはいう。「料理には手を付けられていません(2度目)」


「じゃあ、酒だ。ワインに毒が混入されていたんだ」他のギャラリーが叫ぶ。


「ある意味正解。でも違うんですよね」私はグラスに残されたワインを一気に飲み干した。

「!!!」一同が驚愕して私を見る。「無謀だ」「命知らずだ」「もしやバカでは?」ギャラリーが困惑の声をあげる。


「それじゃあ、ボーイがワインとグラスをすり替えたんだ。この部屋のどこかに毒入りのワインボトルがあるはずだ」ギャラリーのひとりが鼻息荒く自説を述べる。なんか、探偵ごっこみたくなってきたな。


「それはねえよ」いままで黙っていた料理長とおぼしき年配の男がぶっきらぼうに答えた。「そのワインはこの列車にある一番高級なもので、一本しかストックしていない。すり替えるなんて無理だよ」


「それでは犯人がいないではないか」「展開がイカれている」「オチはないのか」

 ギャラリーの行き場のない怒りが充満する。一方、列車関係者の間には不穏な空気が漂っている。

 これは雲行きが怪しくなってきたぞ。さすがに詰めが甘かったか。


「キキー!」


 そのとき、身体に軽い反動を感じ列車は止まった。目的の駅に着いたようだ。

 一等車の廊下をどかどかと走る音が聞こえる。「こっちです」いつの間にかいなくなっていた車掌に誘導されて乱れた白髪に丸眼鏡をかけた白衣の老人が客室の前に現れた。医者だ。

「急患が出たと。どれどれ」倒れている男の目玉に懐中電灯の光をかざしたり、首に手をあてて脈をとったり、聴診器を胸に当てて心音をはかったりしている。

「死んでるな。これは」「(見りゃ、分かるだろ)」一同は突っ込みを入れたい気持ちを抑えた。


 私はそっと医者にこの部屋で拾った薬瓶を渡した。「ああ? あーなるほど」医者は眼鏡のツルを押さえながら、薬瓶のラベルを見てそういった。


「それでは私たちはこれにて。さあ、行きましょう」

 私は助手くんをせかすように部屋を出た。


「これは酒の飲み過ぎによる脳溢血だな。もともと血圧が高かったのだろう、それに太りすぎだな。つまり病死だ」部屋から医者の声が聞こえる。


 一等車の廊下を足早に進む。背中に刺さる一同の視線が痛い。

 私には振り返る勇気はなかった。下車して駅を出た。



 夜風が吹き抜ける静まりかえった駅前通りを助手くんと歩く。


「ところで先生、最初から病死だと分かっていたのですか」

「え、ええ・・・。床に高血圧治療薬の薬瓶が落ちていましたから」

「それではなぜ、内部犯などと推理を?」

「それはですね、サービス精神というヤツですよ」

「さすが、先生! へっくしゅん!」


「寒さが身にしみますよ」私は助手くんに外套をかけた。



第3話「動物はなんでも知っている」へ



つづく

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