第1話「ひとは時に盲目になる」
第1話「ひとは時に盲目になる」
――それは旅先で泊まった大きな旅館でのことでした。
「きゃー!」 悲鳴があがる。
「なんですか!」私はすすったモーニングティーをむせかりながらそういった。驚いて椅子から腰を浮かし、悲鳴のした階下へ駆けていく。
階段を降りて、通路を進む。客室の入り口に給仕が立ちすくんでいる。「ちょっと失礼」私は部屋へ入った。部屋の中央に婦人が倒れていた。「これは・・・」
私は婦人を抱き起こし脈をとる。すでに亡くなっていた。床には血だまりができていた。
「これは、痔の末期症状か、なにか鋭利な刃物で腹部を刺されたものですね」震えている給仕に言った「いま、この宿にいる、皆さんを集めてください」あとドアマンに言付けを。
集められた宿泊客の中に、凶器を持ってふるえている男がいた。返り血も浴びている。
まとまらぬ思考・・・やっかいだな、言えることは。「この中に犯人がいます」「おおっ」驚嘆の声。「あなたは?」「申し遅れました私立探偵のウマシカといいます」
「これは計画された犯行といえるでしょう」ガチャガチャ、近づいてドアノブをまわす。やはり・・・。
「まずは、この部屋が密室であったということ」「いや、皆さんが来てから私が鍵を閉めました」給仕の声。そんなことは瑣末にすぎない。
「うむむ」宿主のうめき声。「そうか」「こわい」「本当に探偵か?」との宿泊客の声。よろしい。
「被害者の今朝の動向は?」部屋の入り口にいた給仕に目をやる。
「あの・・・ええと、婦人が早朝に台所へ来て、お茶を所望されました。それでお持ちしましたが。それからは・・・」
「ふうむ・・・それ以降、誰もこの部屋には入っていないと?」
「はい。鍵を閉めましたから(2度目)」
「怪しいな、この部屋には明らかに他の誰かが、それ以降に入室した形跡が見られます」
「それを出来るのは・・・」(先生、それは・・・)バカ探偵を補佐するバカ助手がつぶやいた。
「それはですね・・・」
「私です! 私がやりました」「ええええええ」いちどうはのけぞった。
「そうです。私が犯人です。ビックリしたでしょ」
会している宿泊客は困惑気味。「いま、きたばかりだろ」「もっと複雑な因縁が」「何を言ってやがる」「頭がいたい」「とりあえず捕まえろ」
いっせいに私めがけて宿泊客が飛びかかってくる。「痛い痛い。やめろ」「首をつかむな」「苦しい・・・」やりすぎたか。
「おめえら、何をやっているのか」
警官隊が部屋に突入したらしい。客に揉みくちゃにされながら私は言った。
「犯人は」
「投降したよ、馬鹿馬鹿しくて、やっていられるか、だと」
上役とおぼしき警官がいった。
「そうか」
結局、痴情のもつれで婦人を殺したらしい。どうでもいいが。
私は、宿屋を出て助手と街道を歩く。
「なんで、あんな無謀なことを言ったのですか? 犯人は分かっていたのですか」
不肖の弟子が問いかける。
「判っていましたよ。最初から。凶器持っているし」
「ではなんで」
「え? そうしないと面白くないから」
「さすが、先生!」
私は笑った。
第2話「そもそも、設定が間違っている」へ
つづく




