龍の秘薬
相変わらず、太郎は庭で雑草を抜いていた。
女神たち神々が「好意」で用意した、恐ろしく生命力の強い、しぶとい雑草を。
そこへ、空を覆い尽くすほどの巨大な影が差した。
シュナイハだった。
「おお、我が主!」
シュナイハは、太郎の家より遥かに巨大なその古龍の巨体でありながら、目にも止まらぬほどの俊敏な身のこなしで翼を畳み、太郎の眼前で、巨大な犬がするように「伏せ」の体勢をとった。
その鼻先だけで、家屋が隠れてしまうほどだった。
「シュナイハか。大きくなったな」
太郎は、目の前に迫る巨大な龍の顔にも動じず、そう言うと、土のついた手で、そのゴツゴツした鼻先を優しく撫でた。
「主ッ!」
シュナイハは、歓喜にその巨体を震わせ、その溶岩のような瞳から、ダイヤのように輝く大粒の涙を流した。
その様子を横目で見ていたミハドは、即座に家からバケツや鍋を持ち出してきた。
そして、スキル「サバイバル」に導かれるまま、シュナイハが流す歓喜の涙を、一滴残らず集め始めた。
古龍の涙。
それは、この世界において「龍の秘薬」と呼ばれ、たちどころにどんな傷や病も治し、死者さえ蘇らせると言われる、伝説の霊薬であった。
「私が来たからには、ご安心ください!」
シュナイハは、太郎に撫でられながら、その地響きのような声に歓喜を滲ませた。
「いかなる者も、主の邪魔はさせません。主は、気の済むまで、この草を抜き、茶を飲んでくださればいいのです!」
(……それで、本当にいいのだろうか)
ミハドは、バケツに溜まっていく霊薬を眺めながら思った。
だが、もちろん、彼はそれを口には出さない。
口に出せば、目の前の古龍によって、即座に命が危ないと、スキルが警告し続けていた。
「ありがとう、シュナイハ」
太郎はそう言うと、巨大な龍が目の前で伏せているという異常な光景にも関わらず、再び目の前の、まるで大樹の根のようにしぶとい「神の雑草」との格闘を再開した。
世界の均衡が、また一つ、明らかに崩れ始めていた。




