聖戦士の躍動
異世界へ来て、数ヶ月が経った。
太郎は、変わらず家の庭で、見慣れぬ、しかし雑草であることには変わりない草を抜いていた。
変わったのは、ミハドだった。
転生前、彼は主に付き従い、広大な組織を統率する「影の指導者」であった。その瞳には、常に国家の重責と、主を守るという義務の重さが宿っていた。
だが、この異世界生活において、彼はその重責から解放され、個としての輝きを取り戻していた。
かつてアフリカの大地で、主と共に蜂起したあの頃のような、一人の「聖戦士」に戻っていた。
また、そんな彼が神から与えられていたスキルは、「サバイバル」だった。
それは、単に野営が上手くなるという生易しいものではない。敵や獣の気配はもちろん、生きる為に必要な水脈、食用の作物、猛毒を持つ植物に至るまで、森羅万象の「生」と「死」を察知し、感知する恐るべき能力であった。
そこに、転生前に培われた超人的な戦闘能力まで付加されているのだから、目下のところ、太郎の生活は何不自由なかった。
清冽な水はもちろん、未知の獣の良質な肉、川魚、木の実、野菜、甘い果物。そして、太郎が地球で飲んでいた緑茶によく似た、芳しい味のする薬草まで。ミハドは、森から何でも調達してきた。
森で暮らす事に、まるで不便は無かった。
むしろ、快適だった。
「ハッハッハッハッ!」
森の奥から、ミハドの地鳴りのような笑い声が響く。巨大な猪に似た獣を、軽々と肩に担いで帰ってきたところだった。
働き盛りのミハドは、この世界で躍動する自らの肉体と精神に、ここ数ヶ月、ずっと興奮しきっていた。
「……」
太郎は、そんなミハドの姿を横目に、相変わらず黙々と雑草を抜いていた。
が、五体満足の身体で抜くその作業は、かつて日本で義足と欠けた指で行っていた、あの不格好な格闘とは、まるで違うものになっていた。
かつては一本抜くのにも難儀した根が、揃った十指の力によって、いとも簡単に引き抜ける。両目で獲物を見定め、両足で大地をしっかりと踏みしめる。
あまりにも、簡単すぎた。
やがて、小さな庭から、抜くべき雑草が、全て無くなった。
「ミハド」
太郎は、土のついた両手を眺めながら、ポツリと呟いた。
「なんでしょう、主」
ミハドは、獲物を解体する手を止め、即座に主の元へ駆け寄った。
「次の調達には、私も付き合おう」
ミハドの目が、興奮で見開かれた。
太郎の、長すぎた隠遁生活の終わり。
彼自身の、冒険が始まろうとしていた。




