『もう少しで見えそう』
あと、もうちょっとで──
僕はつま先立ちをした。
低い身長を全力で縦に伸ばした。
自然を装いながら、レジカウンターに全体重をかけて前屈みになった。
エプロンが垂れそうになるが、咄嗟に手を添えた。
お客さんの少し低めでカッコいい声が聞こえる。
「ん〜、どうしよっかな〜。」
美人なお客さんがレジカウンターで前屈みになって、両肘を置く。
置いてあるメニューを迷う仕草が、胸元を少し開かせる。
もっと迷ってくれ。
あと少しで──胸の先が。
僕は鼻の下まで全力で伸びきっていた。
バイト中なのに何をしているんだろう。
でも、目は離せない。
「ん〜、チーズバーガーかな〜。テリヤキも捨てがたいな〜。」
「そうですね。人気No.1とNo.2なので、どちらもオススメですよ‼︎」
いいぞ、もっと迷え。
美人がさらに前に乗り出した瞬間──
チャ、チャンスだ‼︎
僕は足を浮かせて、身体を前に乗り出した。
「じゃあ〜──」
──ドンッ‼︎
急に現れた男のお客さんが、驚かすように美人の背中を押した。
その衝撃で胸の先が一瞬見えた。
僕は咄嗟に元の位置に戻った。
鼓動がバクバク鳴る。
「おいやめろよ〜。びっくりしたじゃねぇか〜。」
物凄く低い声が耳に残る。
…え、誰の声だ?
まさか…?
僕の鼓動が急に通常運転になる。
「チーズバーガーとテリヤキバーガー、どっちがいいと思う?」
「俺も両方食いてぇから分けっこしようぜ。」
「オッケー。」
──やっぱりそうだ。
この美人なお客さんは男だった。
僕は無の気持ちで注文を取り、裏に戻った。
──ハァ
ため息を吐いた。
「──多様性の時代か…」
僕は胸元のボタンをキュッと閉じ直した。
そして、最後に小さく呟いた。
「…僕、女だしな。見られる側だろ。」