案内役ナルシ
「……てか、何その格好」
下駄箱へ歩きながらあんずは男に尋ねる。
先程までは目の前の不審者(?)に注意することでいっぱいいっぱいだったため疑問に思わなかったが、よく見ると彼の格好は現代社会を普通に生きる人としては有り得ないものだった。
真っ赤なリボンで結ばれた紺色のシルクハット。仕事用では絶対に使わなさそうな紺色のスーツに茶色の革靴。胸元には真っ赤なスカーフ。
どちらかというとコスプレのような格好をした男はこちらを見てふわりと笑う。
髪色は明るい茶色。顔立ちは少し幼く、格好によっては学生と言われても違和感は無いだろう。
瞳は赤黒く、あんずはなんとなく血のようだなと思った。
男はあんずの目の前で止まり、くるりと一回転してみせる。
なんというか、様になるな。あんずは心の中で感心した。
「じゃーん。イケメンでしょ」
台無しだ。答えになってないし。
「名前は?」
「む、無視……。俺はイケメン、よろしくね」
「おけナルシね」
「えガチ?」
そんなとりとめのないことを話していたら、いつの間にか出口に着いていた。
「ほら、着いたよ」
「あ、……ありがとう」
出口を指差し笑いかける男──ナルシを見て、あんずはまた違和感を覚える。
(……変な笑顔)
別に、頬がひきつっているとか、目が笑ってないとかそういうのじゃない。
でも、どこか作り笑顔っぽい。
「あのさ、」
「じゃあ気をつけてね」
「……うん」
言葉が被ってしまった。
言い直すか迷ったが、ここまで親切にしてくれた人に笑顔のダメ出しとかは良くないだろうと思い、やめる。
ドアノブに手をかける。
ガチャガチャ
「……?」
ガチャガチャ
ガチャガチャガチャガチャ
「……あの、開かないんだけど……」
「え!!??」
嘘でしょ!?とドアノブを捻るナルシ。ガチャガチャガチャガチャガチャという音が無情に響くだけで、結局開かなかった。
「……どうしようね」
「……や、……そんなはずは」
「……?ねえ……」
「でも…………あの時は……こんなこと、いままで……」
何かボソボソ喋っているが、声が小さすぎて全然聞こえない。
「ねえ!」
「うおっ!? え、あ、どうしたの……?」
「こっちのセリフだよ。急にボソボソ喋り出すんだもん。ねぇ、どうしたの?」
「えっと……」
すごく言いにくそうな、気まずそうな表情をするナルシ。
えっととあのさを繰り返したあと、ようやく彼の口からまともな言葉が出てきた。
「……あんず、なんか最近嫌なことあった……?」
「え何誤魔化そうとしてる? へたくそ。せめていいことあったか聞いてよ」
「い、いいこと……!? ……俺はここが廃校になって嬉しかったよ!」
「情緒不安定じゃん。さっき悲しかったって言ってなかった?」
「過去は忘れるタイプ!」
「感情ごと?? 珍しッ! ……てかこんなことやってないでさ、鍵探しに行こうよ」
「え、」
「えって何。ドアが閉まってたら鍵が必要でしょ?」
「……そう、そうだね。そうだ、鍵……」
呆けた顔で何度も頷くナルシ。
そんな様子をなんとも言えない表情で見つめるあんず。
「よし! じゃあ俺に任せて!」
(……大丈夫かな……)
◆
「じゃあ俺がここら一帯全て調べてくるから、あんずはそこで座ってちょっとまってて」
「待て待て待て」
それじゃ、と走り出そうとするナルシを慌てて引き止める。なんで置いていく気なんだよ。
「あたしも行く」
「え……でも危ないよ? ここ廃校だし……」
ナルシの言うことはもっともだ。
下駄箱も廊下も階段も、当たり前だがもう管理されていないのだろう。全てがボロボロだった。
たしかに危険なことこの上ないが……ここに一人でいる方が、あんずにとってはもっと嫌だった。
「やだ。一緒に行く」
「うーん……本当に危ないんだけど……。ほら、床が抜けたりしちゃうかもでしょ? あと……床が抜けたり、床が抜けたりで……」
(床抜けたんだな……)
遠い目になりながら話すナルシに苦笑してしまう。
たしかに歩いてる途中で床が抜けて怪我するのは怖いが──
「ね、大丈夫だよ。あたし、軽いし。ナルシが歩いて大丈夫だったらあたしも大丈夫でしょ? 後ろついて歩くから。お願い」
お願い、で首をこてんと傾げ上目遣いにナルシを見上げる。
「ぐ」
「ぐ?」
「ぐあああ、かわいい……! かわいい、世界一、かわいい……」
ザ・ぶりっこポーズだが、効果はばつぐんだったようだ。ナルシは胸を押え、その場に膝を着いている。
数秒固まっていたが、ぱっと顔を上げてあんずと目を合わせる。
「……わかった。でも、俺の後ろから出てきちゃダメだからね」
赤色の瞳に射抜かれる。
いつになく真剣な表情のナルシに、少し面食らう。
数秒置いてからこくんと頷いたあんずを満足そうに見つめるナルシ。
「じゃあ行こうか」
「あ、待って」
思わず引き止める。
ナルシは不思議そうにこちらを見つめている。
「あの鏡……」
「ああ、これね。ちょっとまって、今綺麗にするから」
そう言ってナルシはポケットから真っ白なハンカチを取り出す。
丁寧に埃を拭き取る姿を見て、あんずはどうしてここまでしてくれるのかと疑問に思った。
真っ白だったハンカチが真っ黒になった頃、ナルシはようやく顔を上げ、あんずに笑いかけた。
「ほら。綺麗になったよ」
「あ、ありがとう。……そのハンカチ、よかったの?」
汚くなっちゃったけど、と続けるあんず。
ナルシはきょとんとした表情になり、ハンカチを見つめる。
「あー……大丈夫だよ。貰い物だし」
「より大丈夫じゃないんじゃ……」
「いいのいいの。ほら、鏡は綺麗になったよ?」
「う、うん……」
半ば促されるような形で鏡の前に立つ。
そこには小学校低学年ほどの女の子が立っていた。
オレンジがかった髪の毛。右耳の真上ら辺で赤色の花のようなシュシュで1つ結びをしているが毛量が足りないからか、髪の毛はぴょこんと跳ねている。
瞳は桜を閉じ込めたかのような淡いピンク。
服装はドレスシャツに真朱のワンピース。
靴下は膝下まである少し長い白色のものだった。ワンポイントに小さなリボンが付いてある。
それは紛れもなく自分自身だった。
(でもなんか、違うような……)
言いようのない違和感。
それがなんなのか考えようとした時、鏡の横に置かれているゴミ箱が妙に目についた。
「あんず?」
「……なんでもない。さ、いこ」
「うん……」
ゴミ箱から目を逸らし、ナルシに笑いかける。
ナルシはどこか心配そうだったが、追求することはなかった。