薬品
理科室に入るあんずとナルシ。
しゃがんで実験用の机の中に手を突っ込んでいたロドと目が合う。
「…………」
「…………」
気まずい空気が流れる。
無言のままズボンについた埃を払い、ナルシを睨みつけるロド。
ナルシはその視線を受けて仕方なく口を開く。
「……ごめん手伝わせて。こっちには無かったんだけど、そっちにあった?」
「無かったよ」
ぶっきらぼうに答えるロド。
ナルシは「やっぱりそうか」と呟き、ロドを刺激しないように慎重に話を続ける。
「ありがとう。4階見てみる」
「うん……。見つかるといいね」
ロドは目を伏せ、これ以上の会話はしないとでも言うように背を向ける。ロドはもうこちらに興味は無いようだ。
それでもあんずは、探すのを手伝ってくれたお礼は言わないと! と思いロドに声をかけた。
声をかけてしまった。
「ありがとうロドくん!」
一瞬驚いたような表情で振り返り、あんずを見つめるロド。
暗い緑が瞳の中で爆ぜているような、どこか加害性のある視線。
それを抑えるように、ロドはゆっくり目を瞑った。
「……ううん。見つかったらすぐ帰るんだよ」
「? うん!」
当たり前じゃん、と言おうとしたが何故か言葉が引っ込んでしまった。
その代わりに笑顔で頷く。
それを見てロドは安心したような、それでいてどこか失望したような表情でぎこちなく笑顔を作る。
「……じゃあ」
「うん。またね」
ガタガタガタガタ!!
部屋が大きく揺れる。
「!?」
「わ、なに、なんか揺れてるよ!?」
地震、と言うには不自然な……まるでピーアが起こした怪奇現象のような揺れ。
部屋が暗くなる。
停電なのか意図的に消されたものなのかはわからない。
ナルシは状況を飲み込めずきょろきょろと辺りを見渡すあんずに駆け寄り腕を掴む。
「うわ! ……ナルシ? だよね? びっくりした。見えないから声かけてよ」
「ごめん……じゃなくて! あんず、ロド……アイツも駄目だ。早く出よう」
ナルシはあんずを引っ張る。
「わっとっと……! ちょっと、暗くて見えないから走れないよ!」
「えっ見えないの……!?」
焦ったようなナルシの声に普通の人は暗闇にすぐ目を慣らすことは不可能なのではと首を傾げる。
(てかナルシ、あたしのとこに来る時も迷いない足取り……というか、なんか暗くても関係ないって感じだったな)
訓練したら出来るのかな? 暗闇でも動けるってなんか格好いいしあたしも出来るようになりたい! と呑気なことを考えるあんず。
「うわっ!?」
「え何!?」
急なナルシの大声にあんずは驚く。
間髪入れずにナルシが体を覆うような形で抱きしめられる。
「くるしー」
「ごめん!! ちょっとだけ我慢して……!」
あんずは急に抱きしめられたことに驚くが、不思議と嫌ではなかった。
それどころか、涙声のナルシを心配する程度には冷静だった。
(それにしてもナルシありえんほど無臭だな)
胸に顔をうずめてすんすんと嗅ぐあんず。
ナルシはそれどころではないのかあんずの奇行に気づいていなかった。
シュルシュルという音と何かが叩かれているような鈍い音。
あんずはそこでようやく今危険な状況にいることに気づいた。
(だから片手で抱きしめてるのか)
ナルシの片手はあんずの頭を守るように掴み(そのせいであんずの髪はぐしゃぐしゃだが)、もう片方は何かに命令を出すかのように動いている。
あんずはナルシがリボンを操るとき片腕を使って指揮をしていたことを思い出す。
(無理してばっかだな、ナルシ)
他人のあたしにどうしてここまでしてくれるんだろう。
あんずはふとそう思った。
戦える実力があるにしても、ここまで苦戦して守る道理はないはずだ。
もしかして前に会ったことがある?
あんずは目を閉じて過去に出会った人たちを思い出すが、ナルシに似た人はいなかった。
わからん!
思考を放棄したあんずは目を開ける。
やっと暗闇に目が慣れてきたのか、少し周りが見えるようになっていた。
………………骸骨と人体模型があんずとナルシを囲んでいた。
「うわこわ!」
あんずは思わず声を上げる。
その瞬間パッと電気がつく。
ようやく見えるようになったのに! と思いながらあんずは眩しさに目を細める。
そのままナルシを盗み見る。じっとロドを睨みつけていて眩しいとは感じていないようだった。
ロドの瞳が動く。
その動きと連動しているかのように、骸骨と人体模型はギギギという音を立てながらナルシに襲いかかる。
ナルシはそれを叩き落とすかのような動作をする。リボンもナルシの動きに従って骸骨たちを叩き落とす。
「……お前さ……」
「……ごめんね? でも僕も、まだ帰って欲しくないんだ。……ねぇ、アンタもそうでしょ」
意地悪そうな笑みを浮かべるロド。
ナルシは質問に答えずただ睨みつける。
「……どけよ、これ」
「やーだ」
ロドは笑って白衣を脱ぎ、あんず達の方へ投げ捨てる。
リボンで防ごうとナルシは手をかざすが、白衣はまるで意志を持っているかのように全ての攻撃を躱しあんずの顔に被さった。
「うわーーー見えない!! 取れない!!」
「ちょっと待って今取るか」
ら、と同時にパシャッという音が聞こえた。
同時にナルシの腕が離れる。
「ぐ、………………!!」
「え、ナルシ? 大丈夫……?」
悲鳴を押し殺したような声にあんずは戸惑う。
「だ、だい」
続けてパシャッという音。
ナルシは唸り声をあげるだけだった。
(……液体の音だった)
もしかして、何か危険な薬品をかけられている?
あんずはそう思い急いで白衣を取ろうとするが不思議な力が働いているかのようにまったく取れない。
「ナルシ! 大丈夫……じゃなさそうだよね!? とりあえず逃げて……!」
あんずはナルシの声が聞こえた方向に歩く。
白衣が邪魔で走れないが、動けないほどではなかった。
「やめたほうがいいよ。その薬品、あんずちゃんにも害がある」
ロドの冷静な声。
じゃあ攻撃すんのやめーやとあんずはムカつき、構わず一歩踏み出す。
ナルシの荒い息遣い。
あんずがすぐ近くまで来ていることに気づいていない様子だった。
(目と耳やられたのかな……)
「ねえ、ナルシ……」
「えっ」
あんずはしゃがみ、ナルシのいるであろう方向に手を伸ばす。
ナルシはやっとあんずに気づいたのか、驚いたような声をあげる。
あんずの手がなにかに触れる。
ザラザラした手触り。
「……え、ちょっとこれリボン……!!」
「なんだ、それ出来んならさっきの攻撃も防げただろうに」
声と同時に足音が近づく。
「目、開けたまんまでいいの? 今すごい痛いでしょ。それに失明するよ、そのままじゃ」
「……しない。やめろ……」
「手、でろでろじゃん。そんなんじゃ守れないよ」
「………………」
長い沈黙。
足音はあんずの目の前で止まる。
「こんなこと一回もしなかっただろ……」
「うん。今日がはじめてのわがまま」
服が擦れる音。
しゃがんだのか、ロドの声が近くに聞こえる。
「…………ごめん」
「え」
まるで自分に言っているかのような謝罪。
ピーアの時に感じた浮遊感。
ということは。
「わ待ってまた廃墟ッ……!??」
ぐわんぐわんと回る視界に耐えながら、あんずは一人叫んだ。




