不快な黒にのまれるな
「なんだここ……倉庫?」
あんず達が次に来たところは、元からあまり使われていなかったのか、今までの教室よりもさらに埃まみれの倉庫だった。
「おー、埃っぽい。今日あたし達埃めっちゃ吸ってるよね。大丈夫かな」
あんずは顔周辺に舞う埃を手で払いながら呟く。
そんなあんずの様子を見て、ナルシは困ったような表情になる。
「俺は大丈夫だけどあんずが心配だな。体調悪くなったら言うんだよ?」
ナルシの自分を気遣う言葉に少々面食らうあんず。
(あたしの方が健康そうだけど)
そんな失礼なことを考えながらも、あんずは素直に頷く。
「わかったー」
「……今なんか余計なこと考えてなかった?」
もにょっとした表情のあんずを見て、ナルシは不審に思う。あんずは気を遣う時、もにょっとした表情になるのだ。
「気のせいだよ」
「そう……?」
「何があるかな〜」
あんずはナルシの疑惑の目から逃れるようにそっぽを向き、近くのプリントの山を漁る。
「ちょ、あんまり漁らない方が……!」
ワンテンポ遅れてあんずを引き留めようとするナルシ。
そこに、カサカサという音とともに何かが飛んでくる。
「おぼ」
「っっっっ!!??」
反射で避けるあんずとスレスレで身をかわすナルシ。
ブブ……と羽音を響かせながら室内を飛行するそれを見て、あんずは口を開く。
「あ、ゴ」
「その名を言うんじゃない! ちょ、どうしよどうしよどうしよ」
「そっちいったよ」
「んぱーーーーーーーー!!」
己の身体能力全てを使い避けるナルシ。
ゴキブリは棚と棚の間に消えていった……。
「探す?」
「拒否!断固!」
「逆だね」
今のうちに消しといた方がいいのではないかと思い、あんずはナルシに提案するがぶんぶんと首を振られてしまった。
嫌ならしょうがない。
あんずは黒い虫を探すのを諦め、近くのテーブルに目を向ける。
パソコンが置いてあった。
「いじっちゃお。えいっ」
あんずは目を輝かせながら電源ボタンを押す。
しかし、いくら待っても画面は光らない。
「……電源入らないね」
「ふぇん」
「そんな目で見ないで……」
パソコンの電源が入らないことと何も関係がないのに申し訳なさそうな表情をするナルシ。
あんずはもうパソコンへの興味は失せていて、資料の束へと手を伸ばしていた。
「なんだろうこれ」
「あ、あんず、あんまり触らないで」
慌てて止めるナルシに、あんずは不思議そうな表情を浮かべる。
「なんで?」
「え? ……えっと、ほら、重要な書類かもしれないでしょ?」
妙な間。
書類の内容を気にしているようには思えなかった。
あんずはさらに食い下がる。
「廃校にそんなもの残す?」
「う」
ナルシが何も言えずまごついている間もあんずは考え続ける。
「……てか、なんで廃校なのにこんなにいっぱい物残ってるんだろう。普通片付けない?」
「い、いや、わからないな……。気にしたこと無かったから……」
「ふーん……」
変な答え。
あんずはそう思った。
どこかひっかかるが、言語化ができない。
「……ほら、探してるのは鍵でしょ? 早く見つけて帰らなきゃ!」
「……そうだね」
どう言い表せばいいのか考えている時、ナルシが話しかけてきた。
気になるが、今は鍵を探すことに集中しなければならないのも確かだ。
あんずは大人しく頷き、書類から手を離した。
どこも汚いし、ここにはないだろうと結論づけたあんずとナルシは倉庫から出ようとする。
開けっ放しのドアへ視線を向けると、どこがで見たことがあるような鏡が視界の端に写った。
そっと近寄るあんず。ナルシもあんずについていく。
「……玄関にあったやつと同じ鏡かな」
「大きさ的にそうかもね。またハンカチ使う?」
「ううん、大丈夫。ありがとう。……あれ」
一瞬、鏡に制服を着た少女が映る。
暗い茶色の髪が彼女の顔を隠し、どんな表情をしているのか分からなかった。
あんずは友達から聞いた学校の七不思議を思い出す。夜中の4時44分に学校の鏡を覗くと、昔死んだ生徒が映る……。たしか、そんな内容だった。
「……」
「どうしたの?」
黙り込んでしまったあんずを心配し、顔を覗き込むナルシ。
あんずは言おうか迷ったが、彼が心霊現象に対して人一倍怖がりなことを思い出し首を振る。
「いや……」
「ははーん、さては俺のかっこよさに見とれてたな?」
「ああ、うん、はは」
「乾いた笑いやめて!?」
なんで今それをやった?
急にナルシストを発動するナルシに若干引き気味のあんずは適当に返事をする。ナルシは涙目だ。
「鍵無かったね」
あんずがぽそりとそう呟くと、ナルシは真剣な表情になり考え込む。
「うーん、もっと上の階なのかもしれない。一応つ……ロドに声掛けてからいくか」
(つ?)
変なタイミングで噛んだナルシを不審がりながらも、あんずは分かったと頷く。
「ねえあんず」
倉庫から出て数歩。ナルシは急に立ち止まってあんずを見つめる。
ナルシのいつになく真面目な表情に少し驚き、あんずは彼を見上げる。
「友達からの頼みって、全部聞く?」
「え?」
ナルシの急な人生相談(?)に少し困るあんず。
相談相手合ってる? と言おうとして、やめた。
「聞けるなら聞いた方がいいと思うけど」
「……自分が損をしても?」
「え、何ナルシ、お友達にお金貸してとか言われたの?」
カツアゲしてくるお友達とは離れた方がいいって先生言ってたよ! とあんずはナルシに伝えるが、ナルシは困ったように笑うだけだった。
「あんずはちゃんと自分第一で考えるんだよ?」
「それもちょっと……どうなの?」
「嫌な目に遭うよりはマシだよ」
誰が相手であっても、自分が損をするような頼みは聞いちゃダメだからね。
愛しい我が子に言い聞かせるように忠告するナルシ。
あんずは何か言おうと口を開くが、何をいえばいいのか分からず、小さな声で返事をするだけだった。




