白衣のロド
「ナルシ早くー!」
とてとてと可愛らしい足音をたててあんずが走る。
スピードは可愛らしくない。
ナルシは息を切らしながらもなんとかあんずに追いついた。
「ちょ、はやいあんず……」
すうはあと息を整えながら最後の一段を上る様子を見て、あんずはナルシの運動不足を心配する。
実際はあんずが凄すぎるだけで、ナルシの体力は平均と変わらないぐらいだが、その事実に気づく者はいない。
「えっと、この階には……」
ナルシの言葉が止まる。
不思議に思ったあんずはナルシを振り返る。少し驚いたような表情。
その瞳は一点を見つめていた。
「ナルシ? どうし……」
「…なんの用」
初めて聞く声だった。
あんずは声がした方向へと視線を向ける。
高校生ほどの青年がナルシを見つめていた。
丁寧に手入れされているのがひと目でわかる、サラサラな髪。肩に掛かる長さだからか、中性的な印象を受ける。
暗く重い緑の瞳が光を反射して輝く。
夜空を見ているような不思議な気分になるなぁ、とあんずは呑気に思った。
こちらを警戒しているのか、少し強ばった表情をしている。
灰色のスーツ用のズボンに青色のシャツ、黒色のサンダル。不機嫌に見える表情も相まって、怖い理科の先生のようだった。
どうして理科なのかというと。
「おわ……!」
あんずは後退りをして口元を抑える。
(か……格好いい! 何あの白衣、あたしも着たい……!!)
それぞれの色が自己主張をしているが、一際目立っていたのが、白衣の白。汚れひとつないその白は、あんずには輝いて見えた。
あと普通に白衣に憧れるお年頃だった。
あんずが密かに白衣を熱望している間に、ナルシは彼の疑問に答える。
「あ、ごめん。玄関の鍵を探してて……。見てない?」
柔らかい口調。ピーアちゃんよりは信用してるんだ、とあんずは少し意外に思った。
「え、鍵? そんなの……」
記憶を呼び起こすために視線を下げた彼は、あんずと目が合い固まる。
「……!? は、なんでここに……」
なんでここに子供が?
そう言われると思ったあんずは自己紹介のために姿勢を正す。
しかし、彼が言い終えることはなかった。
「……探すの、手伝ってくれない?」
いつの間にかあんずの目の前にナルシがいた。
先程の柔らかい声色とは打って変わって、どこかトゲのある言い方。
それ以上言ったら許さない。
そんな怒りが感じられた。
「え、あ、ああ、わかったよ……」
ナルシの圧に気圧されながらも、彼は了承してくれた。
了承してくれたってことは、味方!
あんずはそう思い、彼へ駆け寄る。
ナルシも彼に今のところは敵意がないと判断したのか、もう止めなかった。
あんずは彼の手をとり、ブンブンと振り回す。
「手伝ってくれるの? ありがとう! あたしはあんず! 君はなんて名前なの?」
「あ、彼は……」
「僕はロド。……よろしくね」
ナルシが紹介しようとしたところを、彼──ロドが割り込む。
ロドはさっきのお返しだと言わんばかりにナルシに笑いかけ、あんずの手を握り返す。一連の流れを見ていたナルシはしかめっ面になる。
少し不穏な雰囲気になるが、あんずは気にしない。
「ロド? 格好いいね! 本名?」
「い、いや……あだ名みたいなものだよ」
「ほえー。よろしくね、ロドくん!」
「っ、う、うん。ヨロシク……」
ナルシは照れくさそうに笑うロドからあんずをそれとなく(強引に)引き剥がす。そして発生する静かな睨み合い。
ピリピリとした雰囲気の中、ナルシは一瞬だけ申し訳なさそうな表情になる。
「……手伝わせてごめんな」
ロドは急に引いたナルシに面食らい、ポカンとした表情になるが、「ああ、」と何か納得したような声を出して困ったように笑った。
「いや……。……僕は理科室と準備室を探すよ。危ない薬品とかあるしね」
「え、一緒に来ないの?」
ナルシの反応から、一緒に行動すると思っていたあんずはロドの申し出に驚く。
ロドは自分が誘われるとは思っていなかったのか、「え、……いや……」と口ごもる。
(さすがに気まずいのかな?)
無理強いは良くないな、とあんずは首を振り、ロドに笑いかける。
「手分けして探せるのは有難いけど……。薬品って、ロドくんも危ないんじゃない?」
「いや、僕はその……詳しいから」
ロドは自らの指と指を絡ませながら不安げに答える。緊張を落ち着かせるための手遊びのようだった。
「へー! すごいね!」
あんずの素直な賞賛に、安心したように、それでいて照れくさそうに笑うロド。
それをなんとも言えない表情で見つめるナルシ。
「じゃあ俺らは違うところを探そうか」
「うん! じゃあまたねロドくん!」
ナルシに話しかけられたあんずはナルシの元へ駆け寄る。笑顔で手を振られたロドは少し遅れて手を振り返す。
「……うん。またね、あんずちゃん」
扉が閉まるまでナルシはロドを見ていたが、俯いていたため表情は分からなかった。




