仕掛人
「……ここも教室みたいだね」
「教室ばっか」
「そりゃ、学校だもんね……」
楽器倉庫の隣の教室。
あんずは退屈そうにあくびをした。
「ふあ、……なんかこう、都合よく調律工具探知機とかないの……?」
「無いねぇ……」
教室内をぐるりと回る。
あんずは落書きされた机を見つけ、声を上げる。
「おわ、この机……油性ペンで落書きしてない?不良だ」
「ふ、このキリン何……?口二つあるんだけど……」
「パワーアップキリン」
「調律工具は……」
「ないね。ぶえー」
あんずは疲れてしゃがみこむ。
机の横にかかっている鞄にぶつかりそうになり、あわてて避ける。
茶色の革製の鞄。どこか懐かしいデザインだ。
(……?この鞄、名札ついてる……)
キョウヤとだけ書かれた名札。
そういえば職員室でもこの名前見たな、とあんずは考える。
「……調律工具見つからないね」
「ねー」
「後は俺が探しとくから、あんずはもう帰りな?」
「……はあい」
あんずは断ろうか迷ったが、これ以上滞在するのも良くないと思い素直に頷く。
「でも、帰る前にピーアちゃんにさよならしたい」
「……そうだね」
妙な間があったが、反対されることはなかった。
「じゃあ、ピーアを探しに行こうか」
「あら、私がどうかしたの?」
「うおわっ!?」
ドアを開けたら目の前にピーアが立っていた。
ピーアは驚き固まるあんずとナルシを見て微笑む。
「あら、驚かせちゃったかしら?ごめんなさい」
「んや、だいじょぶ……」
ピーアはあんずと視線が合うようにしゃがむ。
ハイライトのない瞳で見つめられ、あんずは少したじろぐ。
「それで、私に何か用?」
「……ごめんなさい、調律工具見つけられなかった……」
「ごめんな、ピーア。あんずを帰してから、俺も探すの手伝うから……」
それとなくあんずの前に出て謝るナルシ。
ピーアは立ち上がり、いつものように微笑んだ。
「いいえ、もう大丈夫よ。探してくれてありがとう」
「でも……」
「いいの」
ピーアの表情は変わらない。
声色もいつもと同じなのに、どこか嬉しそうな印象を受ける。
ナルシはそんなピーアの様子を不審に思い、それとなくあんずに後ろに下がるようジェスチャーを送る。
あんずはそれを察し、不思議そうな表情を浮かべながらも素直に後ろに下がった。
「……嬉しそうだね。調律工具、まだ見つかってないのに」
「嬉しい? 嬉しそうに見える?」
ピーアはくすくすと笑う。
あんずはピーアがなぜ急に笑いだしたのか分からず尋ねる。
「ピーアちゃん、嬉しくて笑ってるんじゃないの?」
「そうね、嬉しいというよりおかしいの方が合ってるけど」
「おかしい?」
あんずは首を傾げる。
ピーアはそんなあんずが可愛くて仕方ないとでもいうように微笑み、答える。
「だって、最初から、調律工具なんて探していないもの」
「え」
地面から歪で大きな鍵盤が勢いよく出てくる。
いつのまにか、ピーアの手には指揮棒が握られていた。
「あんず!!」
ナルシはあんずに手を伸ばすが、それよりも早く鍵盤があんずを包み込む。
「ごめんなさいね、お兄さん。……まだあんずちゃんに帰ってもらうわけにはいかないの」
鍵盤が地面へ戻る。
しかしそこに、あんずの姿はなかった。
「……クソ、やっぱり近づけるんじゃなかった……!」
ナルシとピーアを取り囲む物全てがぐにゃりと歪み、大きなピアノのタイルになっていく。
ガチャガチャと不快な音を立ててピアノのタイルは変形していく。
大きく揺れ、ナルシはその場に倒れ込んでしまう。
音が鳴りやむ。
ナルシは顔を上げ、周囲を確認する。
(……こいつ、部屋ごと作り替えやがった……)
……教室は、最終的に大きなホールになっていた。ステージも、幕だってある。
ピーアはいつのまにか壇上にいて、ナルシを見下ろしている。
ナルシは舌打ちをし、ピーアを睨む。
しかし、ピーアの瞳にナルシの姿は映らない。
白と黒の閉鎖空間の中で、ピーアは微笑む。
「さぁ、アンコールの準備はいい?」