海ほたる迷宮1 十五歳、迷宮カードゲットへ
三十階での大海蛇戦後、僕は一種の燃え尽き症候群みたいになった。
いままで、あれほど長く厳しい戦いをしたことがなかったのだ。
僕は、長距離からスナイプ、そのまま離脱、を理想として戦ってきた。
ところが、二十階あたりからそうも言ってられない敵が増えてきた。
特にボス戦は長期戦になった。
その最たるものが大海蛇だった。
『(悠星、今週も迷宮は休みか?)』
「気力が湧いてこないんだよ」
『(ホント、見事にグダったにゃ)』
「引きこもりになる人の気持ちがわかる。外出する気力もない」
中二の終業式を終え、春休みも終わった。
中三の始業式も始まった。
四月も終えようとしていた。
迷宮レベルは五十六に達していた。
でも、二ヶ月お休みを取ったことでレベルが二も下がっていた。
迷宮レベルは一ヶ月休むとレベルが1下がると言われている。
それと、素の体力も低下しているだろう。
全体的にかなりの総合力が低下している。
『(悠星、もうすぐ十五歳の誕生日だにゃ。どうする? カード取得に行くかにゃ?)』
「ああ、それはちょっと欲しい。いくらなんでも休みすぎちゃったし」
『(そうか。ちょっとホッとしたにゃ)』
僕の誕生日は五月八日。
迷宮カードは十五歳以上になると取得することができる。
迷宮カードは迷宮庁の発行する迷宮入場免許。
簡単な講習とテストを受けて合格すればもらえる。
まず、テストに落ちることはない。
迷宮庁から最初にもらうカードはG級免許。
迷宮一・二階のみの入場が許されている。
前述の通り、これには迷宮レベル表示機能がついている。
なお、十八歳未満は迷宮で宿泊する場合は親権者の同意が必要だ。
『(さて、免許はどこで取得するにゃ?)』
「そりゃ、海ホタル迷宮でしょ」
免許を取得する施設は僕の選択肢としては三ヶ所ある。
渋谷迷宮本部、海ホタル迷宮、横浜迷宮支部。
迷宮庁は全国的な組織でどこで免許を取得してもいい。
自動車免許のような管轄はない。
ちなみに、東京都(島嶼地域除く)には迷宮は二ヶ所。
武蔵野迷宮と高尾山迷宮。
海ほたる迷宮は千葉県に属している。
神奈川県には三ヶ所ある。
横須賀迷宮、厚木迷宮、箱根迷宮。
全国だと、確認されているものだけで百五ヶ所ある。
最も多いのが北海道で十二ヶ所。
ついで長野県と福島県が九ヶ所。
東京都は島嶼地域に限ると十六ヶ所ある。
近場の伊豆諸島、伊豆大島~青ヶ島の島々へはほとんど各島に迷宮がある。
それらに迷宮ツアーが組まれているぐらいだ。
本土の迷宮は混むからね。
長期滞在している人も多い。
地域的な偏りもある。
迷宮のない府県は三十二に及ぶ。
近畿、中国、四国地方には四ヶ所しか迷宮がない。
活火山と迷宮にはある程度の相関関係がある。
九州を除く西日本には活火山がほとんどない。
それが地域的な偏りを生んでいると見られている。
僕が免許を取りにいくのは僕の家から一番近い迷宮海ほたる迷宮。
僕は、約五年、この施設を使い続けてきた。
ここは東京湾アクアラインのパーキングエリアにできた迷宮だ。
住所は千葉県木更津市。
場所はPA内一階の駐車場。
アクアラインは一九九七年に開通した。
そして、その十二年後の二○○九年に世界同時多発地震。
そのときに海ほたるPA内に迷宮ができたんだ。
迷宮出現は大ニュースになった。
その後数年ほどはああだこうだと放置されていた。
ところが、世界的な迷宮ブームが到来。
日本国政府としては珍しく猛ダッシュで法律その他を整備した。
もちろん、海ほたる迷宮も使わないなんてことはない。
そしてPAの拡張工事と迷宮用の施設が建設された。
そして、二○十三年に海ほたる迷宮がオープンした。
とにかく、人の多い迷宮だ。
海ほたるは富士山が見えたり空には離着陸の飛行機が真上を飛んでいたり、観光地としても人気がある。
アクセスの便利さと大都市圏にあることも相まって、迷宮としては日本でも一番の人気を誇る。
迷宮用の施設は、まず駐車場。
以前の倍以上の広さに拡張された。
現在では東京ドーム五個分の広さがあり、拡張工事中だ。
次に迷宮入口には必ず設置される迷宮庁の管理施設。
迷宮の入退場を管理する他にも様々な施設がある。
シーカー用のコンビニとレストラン、ショップ、休憩室(仮眠室)など。
海ホタルには別に従来の観光客用の施設がある。
しかし、プロシーカーともなると雰囲気が観光客とはかけ離れている。
命のやり取りをしにいく人たちなのだ。
緊張感が半端ないし、纏う雰囲気が一般人とはかけ離れている。
だから、ある意味隔離するために、シーカー用の施設を設けたのだ。
「よし、行くぞ!」
誕生日を迎えた週の土曜日、迷宮カードを取りに行くことにした。
今は朝の六時だ。
僕はあえて気合を入れた。
「海ほたるまで迷宮カード取得してくるね」
簡単に朝食を済ませると、お母さんに迷宮に行く旨伝える。
迷宮に行くことを伝えるのはこれが生まれて初めてだ。
今までずっと隠してきたことに少しばかりの心の痛みがある。
でも、これからは大手を振って迷宮に行ける。
中三の生徒は男も女も誕生日を迎えたあと、ほぼ全員が迷宮カードを取りにいく。
迷宮は事故が多いので、一時迷宮カード取得を禁止する中学校がたくさんあった。
でも、迷宮で能力があがることが知れ渡ると、そういう学校は親の反対にあった。
だいたい、生徒が無視して迷宮に行ってしまうのだ。
そもそも、地下1・2階で活動する限りにおいては危険なことはまず起こらない。
「いってらっしゃい。気を付けて」
お母さんものんびりしたものだ。
活動費は豚貯金箱からやり繰りすると伝えてある。
昼食も海ほたるのコンビニで買って食べるつもりだ。
「夕方には帰って来るから」
自転車でアクアラインの川崎側浮島ICバス停に向かった。
ジークとともに。
時間にして約三十分程度。
川沿いの道を通るので、ほとんど信号にひっかからない。
それに早朝だから、道は空いている。
自転車は普通のクロスバイク。
もともとはルック車で安物だった。
中二のときに親に買いかえてもらった。
こっそりと改造しまくってある。
元のパーツはほとんどない。
つまり、別物の高級自転車になっている。
例えば、重量。
買った時は十三kgだった。
今では八kgを切っている。
ボディだってペイントしたから、変えたことに気づかれない。
両親も自転車に興味なんかないしね。
軽量化した自転車で巡航速度四十km程度で走る。
やはり、体力の低下を感じる。
体が固い。
五月とはいえ、早朝のせいかかなり涼しい。
半分以上は川沿いの歩行者・自転車用の道を走る。
時々散歩している人がいるけど、あとはなんの遠慮もなく爆走できる。
あと、ジークは分身の術で片割れを家においてある。
いなくなると両親が心配するから。
寝てるだけなんだけど。
バス停そばの公園にある無料駐輪場にチャリを止めさせてもらってそこから高速バスで十五分ほど。
高速バスは二十四時間運行となっている。
日曜日の七時前だというのに、バスは八割方が埋まっている。
土日だとバスは早朝でも五分おきにやってくるというのに。
それでも空いてるほうだ。
これが八時過ぎになると激混みになってくる。
バスも2・3分おきの大増便だ。
高速バスの運賃は川崎側からだと往復二千円強、子供千円強(十二歳未満)。
なお、交通費等の資金はジークの秘密資金で賄っている。
僕はジークに魔石を渡すだけ。
ちなみに魔石は原則迷宮庁の管理施設で売る。
僕なら海ほたる迷宮庁管理施設で売るのが普通だ。
しかし、売らなくても罰則はない。
外部にも民間で魔石買い取り施設がある。
ただ、売却時には迷宮カードを見せる必要がある。
このカードは迷宮庁のサーバーに紐づけされている。
だから、カードを取得する前は迷宮で取得したものを売ることは不可能だった。
その場合は、ジークに頼ることになった。
NNNでは魔石の買い取りも行っている。
通常だと、二十%の税金が差し引かれる。
でもNNNの場合は無税だ。
まあ、違法なんだけど。
僕が迷宮に潜入していたこと自体がやばいからね。
高速バスで海ホタルの一階駐車場に到達する。
まだ七時になっていない。
でも、ここでほとんどの人が降りる。
全員、迷宮目的だ。
『(今日はそこそこだったにゃ)』
「うん。家からここまで四十五分。最短記録は四十分だからね。やっぱりちょっと体力が低下したと思う」
それでも十歳のときだと1時間強かかった。
距離の半分はバスだから、自転車の爆走ぶりがわかる。
『(早くコンビニ行くにゃ)』
ここにはファ○マがある。
ジークはファ○マが大好きだ。
僕もだけど。
自宅近くのファ○マできれいなお姉さんがバイトしていたからだ。
仲良くなるどころか、話したこともないけれど、お姉さんに会うのが楽しみでそのコンビニに通っていた。
そういうこともあり、ファ◯マの商品は僕のお気に入りなのだ。