悠星、迷宮三十階の攻防1
こうしてノリノリのまま、二十九階のボスを討伐、三十階に突入した。
ここまでは楽勝とは言わないにせよ、特別苦労した記憶がない。
あ、順調にいったと言っても、僕が強いからじゃない。
ジークと従魔三体の補助あってこそだ。
彼らは補助魔法と防御魔法に特化していた。
僕は防御をあまり心配することなく、攻撃に専念できたのだ。
これはジークの指導方針による。
ジークによると僕は攻撃特化型らしい。
だから、攻撃力を伸ばす。
主眼がそこにあり、その次に迷宮攻略となるのだ。
そんな僕達にストップをかけたのが、三十階のボスだった。
中二の二月のことだった。
「ジーク、三十階は凄いな。見渡す限りの海じゃないか」
『(ボクもちょっとびっくりだにゃ)』
というか、さすがのジークも二十階付近以降の攻略経験がない。
「セーフティゾーンの浜辺があるだけで、後はほとんど全部、海。青い空と海で綺麗だけどね」
『(どうするにゃ?)』
「ビニールボート?」
『(待てにゃ。そんなプールで遊ぶようなボートを使うのかにゃ?)』
「結界をはりつつ乗り越えられないかな」
『(うーん。行けそうな気もするのだがにゃ)』
で、試しにビニールボートで海に乗り出してみた。
結界をはりながら進むと全然余裕で進んで行けた。
『(行けそうだにゃ)』
「レッツゴー!」
◇
「ジーク、なんだか雲行きがおかしいんだけど」
海中から何度も魔魚が飛び出してきてその対処にうんざりしてた頃。
『(嵐が来そうだにゃ)』
目を凝らさなくても黒い雲が近づいてきてる。
ここ、迷宮なのに。
そして、雲の下は明らかに豪雨だった。
「うわあ!」
『(悠星、しっかりボートに掴まるにゃ!)』
僕達は暴風雨に突入していた。
ボートは木の葉のように海上で踊り狂った。
「掴まるって……ジーク、大波が!」
眼の前に壁のような大波が押し寄せてきた。
十mは軽くありそうだった。
『(いかんにゃ! シマ、召喚!)』
ここで登場したのが、従魔本気モードだった。
いつもは小動物に擬している従魔の一体、シマくんが本当の姿を現した。
それは火龍、フレイムドラゴンであった。
『(悠星、従魔に掴まるにゃ! これで嵐を振り切るにゃ!)』
………………
「ふう、ひどい目にあったぞ」
『(い、いや、余裕だったにゃ)』
「何言ってるんだよ。ジークも大慌てだったじゃん。僕、ジークが慌てたところ見たの初めてかも」
『(いやはや、面目ないにゃ)』
「しかも、小さなビニールボートで百km以上はあろうかという海を渡ろうとしたんだよな」
『(良く言えば、大冒険だったにゃ)』
「大冒険()だろ。笑うしかないっての。無謀の一言」
『(間違いないにゃ)』
「シマくんのお陰でなんとか乗り越えられたんだけど」
『(まあ、極力従魔の助けは戦闘面でのみ、という縛りをしてるからにゃ)』
「いや、助けがないとここムリ。ここはどこ? ていうか、あれは何?」
この島。
周囲は見渡す限りの海。
木一つない小さな島だ。
ゴツゴツした岩でできている。
半径1km程度だろうか。
真ん中には小高い丘。
そしてど真ん中には。
『(大蛇にゃ!)』
半端ない大きさのヘビがトグロを巻いていた。
最初は山と思ったぐらいだった。
推定体長は百mぐらいはありそうだ。
『(多分、シーサーペントにゃ。青色の皮膚がぬめっとしていてキショいのが特徴にゃ)』
「シーサーペント? 水龍?」
『(どちらかというと、大海蛇にゃ。シーサーペントは水陸両用なんだにゃ。もっとも、規格外の大きさだがにゃ。ボクの知ってるシーサーペントは三十mぐらいの大きさだにゃ)』
「明らかにボス、であると。でも、どうすんだよ」
『(まだ奴は寝てるにゃ。今のうちに全員こっそりと回復を図るにゃ)』
……二時間後。
『(どうかにゃ? そろそろ)』
「従魔たちの目にも輝きが戻ってきたぞ。僕も体調十分」
『(行けるかにゃ?)』
「まあ、楽勝でしょ。二十九階の敵も大きいだけでとんだ木偶の坊だったし」
この海を無計画にビニールボートで渡ろうとしたり、明らかに僕達には油断が蔓延っていた。
『奴はおそらく水属性にゃ。だから、防御はボクの結界と地龍モモの地属性防御魔法で構成する。火龍シマと風龍オコは両者への補助と対象者への妨害魔法でいくにゃ』
僕達は慎重に大蛇に近づいた。
「じゃあ、軽く地魔法ストーンバレットから。それ!」
『ガゴン!』
『(お、目を覚ましたにゃ。チロチロ舌なめずりしながらこっちに目を向けたにゃ)』
「みんな、くるぞ!」
と僕が叫んだ瞬間、水魔法ウォータボールが飛んできた。
直径数mはありそうな。
『ズバーン!!!』
「これ、当たるとヤバいぞ!」
ウォータボールが地面に激突する。
粉塵とともに、地面が深く抉れていた。
地面は岩だった。
それをえぐり取る威力。
『(悠星、死角に入るにゃ!)』
「て、どこに死角があるんだよ。隠れるところもないぞ!」
『(あのでかさにゃ! きっと灯台下暗しにゃ)』
「よし、わかった!」
僕達はお互いに距離をとりつつ、急いで大蛇に接近した。
『ブォン!』「!」『(!)』
突如、大蛇は尻尾を振り上げてぶん回してきたのだ。
『バン!』
轟音が鳴り響く。
僕たちは衝撃波に吹っ飛びながらもなんとか態勢を整え、飛び上がって尻尾を回避した。
『(悠星、尻尾の速度が音速を越えたにゃ! さっきの爆発音はショックウェーブの音にゃ!)』
ショックウェーブとは物体が音速を越えるときに発生する衝撃波だ。
「とんでもないな。近接すると音速を越える尻尾攻撃。遠ざかると巨大水球攻撃。どっちにする?」
『(まだ水球のほうが速度が遅いにゃ!)』
ダッシュで距離を取る。
すると、水球の連続攻撃だ!
「くそ!」『(にゃ!)』
僕達は距離を開け、水球を交わしながら攻撃することにした。
「ストーンランス」
僕は攻撃担当だ。
ストーンランスは土属性の下位魔法。
石の槍を作り出して投擲する攻撃魔法である。
作り出す槍は岩塊の為、硬くて重く、生半可な金属鎧などはへしゃげてしまう。
単発の威力は非常に大きいものの、発動に時間がかかり、やや瞬発力に欠ける。
「ストーンブラスト!」
ストーンブラストは岩石の塊を複数生成して、対象目掛けて投射する。
中級魔法ではあるが、連続して使える。
だから、ストーンブラストの回復を待つ間にこの魔法で繋いでいく。
『(おお、奴は嫌がっているにゃ)』
この間に地龍は土属性の防御魔法ボディプロテクションを全員にかける。
これで物理攻撃を防ぐ。
さらに僕への土魔法強化魔法。
そして、大海蛇には妨害魔法であるマディウォータやサンドスライドで動きを止める。
ジークは主に結界担当だ。
結界は主に魔法攻撃を防ぐ。
火龍と風龍は地龍とジークへの魔力援助だ。
ちなみに、大海蛇への状態異常魔法は全く効果がなかった。
さらに、風龍はいざというときに上空へ避難できるように余力を残していた。
これはジークも同様だ。
ジークの最も得意な魔法は空間魔法。
結界が代表的な魔法である。
その他に短距離であるが、転移・瞬間移動ができる。
致命的な攻撃が訪れた時はこれで瞬時に移動するのである。
ただ、何度も使える魔法ではない。
だから、奥の手としてとってある。
『(いいぞ、悠星。攻撃も防御もうまくハマってるにゃ!)』
ずっとほぼ一方的に攻撃を受け続けてきた。
逃げるのに必死でそれでもなんとか攻撃を重ねていく。
『(悠星、大海蛇が弱ってきたにゃ!)』
すでに対戦が始まってから三時間。
とうとう大海蛇がへばってきている。
時々大海蛇に近づいてしまって尻尾が飛んでくる。
が、躱すのは問題なかった。
そして発射する水球の間隔が広がり、勢いがなくなってきていた。
『グギャー!』
突如、大海蛇は鎌首を持ち上げた。
大口を開けたと思うと
『ゴゴゴ!』
大海蛇の背後から海が壁となって持ち上がり僕達に向かってきた。
『(ダイダルウェイブにゃ! 風龍、上空に退避!)』
風龍はエアドライブを唱えた。
対象を高速で移動させる魔法だ。
これにより僕達は上空に一時的に避難することができた。
「危なかった」
『(ちょっと待機にゃ。奴は何か次の手を出そうとしてるにゃ)』
そう思った瞬間、大海蛇は背走して海に飛び込んでしまった。
『(あ? まさか回復?)』
『グギャー!!!』
大海蛇は先程までの弱々しい振る舞いがすっかり消えていた。
明らかに活力を取り戻していた。
『(悠星、回復されたにゃ!)』
「え? また1から? ジーク、ダメだ。ちょっと撤退するぞ」