フランス研修旅行2
「羽田出発したのは朝の八時四十五分だったよね? でも、シャルル・ド・ゴール空港には十六時三十分についた。僕達って十五時間近くフライトしてたよね?」
「それが時差なのよ。パリは日本より七時間遅れているから」
「それが納得できないんだよな。すっごく、不思議な感覚」
などと微妙な時差ボケになりつつ、空港の外に出る。
専用のバスが待機しており、そのままホテルまで送迎してもらう予定だ。
出発時の東京は快晴で、真夏を思わせる暑さだった。
朝方の最低気温は二十六度だったのだ。
「熱帯夜だったってことでしょ。まだ七月十日なのに。今からこれじゃ、夏の最盛期は一体どうなるやら」
間違いなく、殺人的な酷暑の季節になる。
東京とかの大都会は夜が暑い。
局地的には三十度以下にならず、朝になるとぐんぐん温度が上昇するのだ。
僕達はそのことを考えてうんざりしていた。
しかし、パリの気候は全く異なっていた。
「なんだよ、風が冷たい!」
「悠星くん、先生から防寒着持参を言われていたでしょ? 持ってる?」
「うーん、だってさ、日本ってほとんど真夏だったんだよ? 防寒着なんて冗談だって思うじゃん。まー、一応は薄手のジャケット持ってきたんだけど」
「あー、ダメだわ。今ね、スマホでチェックしてみたんだけど、夕方の今の温度は二十度弱。朝方なんか十五度しかなかったのよ」
「えー、十度も違ったってこと?」
「それだけじゃないわ。明後日の予報では最高気温十七度、最低気温は十度まで下がるって」
「は? 桜の季節とかそんな感じ? めっちゃ寒くなるってこと?」
「そゆこと。しかも、一般的に欧州は湿度が低いから、体感温度はかなり低くなるわね」
よく耳にする話だが、欧米人観光客が日本の蒸し暑さに苦しむという。
確かに、日本人でさえ東京や大阪といった大都市の夏の蒸し暑さには閉口する。
特に八月の気温が三十五度を超え、湿度が八十パーセントを超えるような日は、外出するだけで体力を消耗してしまう。
しかし、実際にパリに来てみると、その気候の違いが身に染みてわかる。
パリは気温そのものが低いだけでなく、湿度も三十パーセント程度と極めて低い。
乾燥しているため、日向と日陰の温度差も大きい。
地理的に見ると、パリは北海道の稚内よりもさらに北で、サハリン(樺太)中部と同じ緯度なのだ。
そのため、夏でも気温が上がりにくい。
もっとも、北大西洋海流のおかげで冬はそれほど寒くない。
「私達は大丈夫だけど、悠星くん、ジャケット以外で服持ってきてないの? 薄手のセーターとか、長袖シャツとか」
迷宮用の戦闘服ならあるんだけど。
それも魔力で強化された特殊な素材で、見た目が明らかに普段着じゃない。
「じゃあ、防寒着を買い足さないと凍えてしまう。特に夜のセーヌ川クルーズが予定に入ってるから」
検索すると、オペラ座に隣接するエリアにはユニクロやZARAなどの手頃な衣料品店が入っていることがわかった。
この界隈はオスマン様式の建築物の中にファッションブランドが軒を連ねる商業地区として有名だ。
特にガルリー・ラファイエットは、アール・ヌーヴォー様式のステンドグラスドームが美しい百貨店として知られている。
「服買いについていってあげるわ。ガルリー・ラファイエットなら、男性服フロアも充実してるわよ」
うーむ。
少しパスしたい気分だ。
僕の服買いについてくるって言ってるけど、メインは自分たちの服選びになるのは目に見えている。
女の子の服選びの付き添いは苦行だからな。
一着選ぶのに三十分以上かかるし、試着室での待ち時間も長い。
僕の服なんて五分もあれば済むんだけど。
サイズと色を決めて、試着もせずにレジに直行するのに。
さて、空港からホテルまではけっこう混んでいた。
夕方の帰宅ラッシュだったんだろうか、1時間以上かかった。
ホテルはパレ・ガルニエとして知られる由緒あるオペラ座から徒歩五分の場所にある。
オペラ座通り沿いの八階建ての建物だ。
一九二十年代に建てられたベルエポック様式の洗練されたホテル。
取り敢えず、チェックインして自分の部屋に向かう。
僕はツインルームなのに一人部屋だった。
部屋代の半額は学院が出してくれることもあって、甘えたのだ。
これは奨学金特待生特典だ。
部屋は二十平米ほどで、シングルベッド、デスク、クローゼット、バスルームが備え付けられている。
そのあとに、みんなで服を買いに行く。
それから夕食だ。
二十時に予約がしてある。
これでもパリでは夕食には早めの時間帯だという。
遅い人だと二十三時とかも普通にあるらしい。
場所はホテルのそばのビストロだ。
これはツアー料金に入っていた。
しかし、明日からは朝食以外は自分で選ばなくてはならない。
「ねえ、ビストロの食事、美味しかったんだけど」
「言いたいことわかる。美味しかっただけど、量が多すぎるよね」
「前菜だけでお腹いっぱいになったわ」
「味も重たいし。バターやクリームが強すぎるって感じ」
「明日から朝食以外は自分たちで選ぶわけでしょ? こんなゴハンをずっと続けていたら、間違いなく太るわよ」
「昼食はいいわよね。カフェかファストフードの店行けばいい」
「そばに、日本人経営のおにぎり屋さんがあるよ」
「ああ、それいいかも」
「どちらにしろ、私達は夜間は気軽に外出できないのよね」
「まあ、当然よね。会話も満足にできないし、危険だし」
「明日の朝、希望を募るらしいけど。夜ごはんなんか、わかんないよね」
パリの夕食は値段が高い(前菜、メイン、デザートで三千~五千円ぐらい)が、それは問題ではない。
味が重くて量が多い。
先生たちに聞くと、だいたいどのレストランでも同じような感じになるらしい。
食材も慣れなくて困ることがあるという。
カエルの腿肉のソテーやエスカルゴのバター焼きなどは、見た目や食感が苦手な人が多いと思う。
フォアグラやウサギ肉なども、動物愛護の観点から避けたい人もいるだろう。
結局、ずっと量を減らすことで対応することになった。
引率者は三人いる。
部長先生(女性)と副部長先生(男性)。
そして、添乗員(男性)。
十二人の生徒を3つのグループに分けてそれぞれで要望を聞いてレストランを選択することになった。
そもそも、女子って食が細いのにびっくりした。
喫茶店で食べるようなパスタ一皿で満足してしまうんだ。
マックなら、チーズハンバーガーにポテトSサイズ、ドリンクはゼロカロリーのコーラ。
まあ、女子はいいや。
一緒に食べないから。
ボッチだからじゃない。
食べる量が全然違う。
まず、僕の体重は百kg以上ある。
それを支えるのに、毎日五千キロカロリーは必要だ。
筋肉密度が常人とは違いすぎるのだ。
さらに、育ち盛りの男子高校生。
バカ食いを部の女子に見られたくない。
『(ボクたちも忘れるにゃ)』
ジークと従魔たちもいる。
彼らは本来なら食べなくても問題ない。
ところが、彼らもフランスに来たことで舞い上がってる。
『(あのクロワッサンが食べたい)』『(このチーズは珍しい)』『(あのレストランの評判がいい)』などと、これが欲しいあれが欲しいあの店に入れ、うるさくて仕方がない。
だから、いっそのことテイクアウトにすることにした。
そしたら、それが皐月さんと音羽さんに伝染。
二種類のメニューを頼んでシェアしあえるのが気に入ったようだ。
いや、僕が一度に三人前ぐらい注文するから、少しずつお裾分けもできるんだ。
参考にするのはグーグルマップだ。
どれだけの信頼性があるかは不明だが、星の数とテイクアウト可能かをチェックして注文する。
料理だけじゃない。
サーブするためのお皿やカトラリー、グラスも購入した。
パリには有名なフリーマーケットがある。
三人と付き添いの添乗員さんでそこに出向いてわいわい言いながら購入する。
目利きがいるから安心だ。
『(おい、年代物の食器だ、絶対買え)』
食器とかだけじゃない。
陶磁器、金属器、時計、絵画、宝石、いろいろなものをジークは鑑定できるんだ。
いまさらこれを売って儲けるつもりはない。
でも、名のある人の鑑定書をつければ、贈り物としては最高じゃないか?
パリの街並みを歩いていると時々変な人がいるけど、迷宮に比べればどってことない。
酔っ払いや物乞いに絡まれることもあるが、ひと睨みで退散する。
最終的にはテイクアウトは部員全部に伝染した。
お陰で僕と男の先生、添乗員の三人は街を走り回って大変だった。
そうだとしても、大勢の女子高校生を引き連れていくよりもずっと安心だった。
「日本で聞いてはいたけど、パリはなかなか日が暮れないね」
「ホント。二十時でもまだ空が明るいのよね」
「夕暮れって感じになるのは二十二時頃なのよ」
これは緯度が高いため、夏は日照時間が長くなるからだ。
あとね、昼間は観光地や市場を周り、夜はレストランを尋ねていると、当然現地の人と会話をすることになる。
市場では値段交渉をしたり、食材について質問したり。
レストランでは注文や特別なリクエストを伝えたり。
驚くことに、ほんの数日で現地民にパリのネイティブと間違われるほどに会話が上達したんだ。
アクセントや言い回しまで、パリジャン特有の話し方が自然と身についている。
僕の迷宮レベルが高すぎるため、迷宮外ではわざとレベルを落とす魔道具を身につけている。
腕輪がそれだ。
そうであっても、語学力についてはかなりの能力向上を示しているようだ。
英語だって中二で英検1級とれたしね。
今だと、イギリス英語、アメリカ英語はもちろん、オーストラリアやインド、スコットランドなど、いろんな英語方言を話せるようになってる。
映画で訛りのある役者さんをヒアリングしてるだけで、発音が身についてしまうのだ。
おそらく、これも迷宮探索者としての能力の一つなのだろう。




