フランス研修旅行1
「やっとついた……」
「長過ぎる……苦行よね……」
ここはパリ=シャルル・ド・ゴール空港。
七月に入って1学期期末テストを終えるとすぐに夏休み。
七月十日から十九日にかけて、フランス研修旅行に出発したのだ。
もちろん、フランス文学研究部主催のだ。
一行は全部で十五名。
うち大人(先生、添乗員)は三人。
生徒は十二人。
「ほんとに、何度来ても欧州は遠いわね」
羽田からシャルル・ド・ゴール国際空港まで直通。
航空会社は◯◯航空。
最新鋭の機材を使っていて、客室乗務員のサービスも丁寧だと聞く。
機内食も美味しいと評判だ。
往路の飛行時間は十五時間弱。
日本時間の朝に離陸して、現地時間の夕方到着する。
時差は七時間。
「悠星くん、ビジネスクラスは良かったでしょ?」
まず、僕は飛行機にのったことがない。
だから、ビジネスにするね、と行く前に言われたのだが、意味がわからなかった。
飛行機の座席の種類すら知らなかったのだ。
それを大西と沢井に言ったら、
「だから、言ったろ。あの部は学院でも一番ブルジョアジーなんだって」
どうやら、フランス文学研究部は学院でも特にお金持ちの生徒たちが在籍しているらしい。
「普通な、パリに1週間程度滞在ってったら、三十万円ぐらいだろ。知らんけど。席だってエコノミーだ」
「それが、ビジネスクラスだ? 航空券とホテル代だけで八十万円だ? しかも、ホテルは四つ星で素泊まりだぞ」
うーむ。
飛行機の座席にはエコノミー<プレミアムエコノミー<ビジネス<ファーストクラスという種類があるらしい。
ビジネスはエコノミーの倍以上高くなるらしい。
下手すると四倍ぐらい高くなるらしい。
うーむ。
ホテルも四つ星で最高級ではないが、それに準じたホテルで、しかもその料金には食事が含まれていない。
つまり、別途払う必要がある。
パリの外食は一般的に非常に高い。
普通のセットメニューで五千円とかする。
「悠星は稼いでいるから払えるだろうが、普通の庶民なら首吊もんのプランだな。一家四人で旅行したら、下手したら四百万かかる。日本人の一人当たり平均年収に近いぞ」
「いや、おっしゃるとおり。だけど、ビジネスクラスは快適だって言ってたぞ。ファーストクラスのほうがいいけどだって」
「悠星、いいか、こっちに戻ってこい。貧乏人が金持ちに感化されると金銭感覚が破壊されまくるぞ」
「ただなあ、わからんでもないな。欧州までエコノミーで行くのは、相当辛いと思う。俺は海外はタイにしかいったことがないが、七時間近くの間マジで修行僧だったぞ」
「まあ、確かに。エコノミー症候群という病気もあるしな。昔、とあるサッカー日本代表選手がこれにかかり、Wカップを辞退する騒ぎになったらしい。下手すると、選手生命どころか、人命にも関わるんだぞ。それはエコノミーだけじゃない。ビジネスクラスだっておきかねんのだ」
「とにかく、脚の血行を良くするためにスリッパ持参、窮屈なズボンを履かない、首周りがキツイからヘッドレスト、あと、耳栓」
「耳栓ってどうすんだよ」
「赤ん坊とかいる場合な。下手すると乗ってる間ずっと泣き止まん」
「うわ、最悪じゃん」
「あのな、最悪なのはその赤ん坊自身なんだよ。多分、かなり苦しんでいるんだろう。気圧の変化で耳が痛いとかだ。次に最悪なのはお母さんだよ。普通の感覚もった人なら迷惑かけてすみませんだ。胃に穴があきかねん。まあ、周りが全然気にならない人もいるかもしれんが」
「ああ、確かに」
というようなやり取りがあって行く前からしょんぼりしてたんだ。
長時間フライトの大変さを聞かされて、不安になっていたのだ。
『(悠星、金のことなら心配するにゃ。おまえは六年間で億単位の稼ぎがあるんにゃ。でも、使ったのって、自転車とゲームとかにゃ)』
僕ってそんなに稼いでいたの?
確かに、魔物退治の報酬は良かったけど。
『(しかも、ボクが株に投資してるからにゃ、数倍に膨れ上がってるにゃ。まあ、半分以上はいろんな団体に寄付してるがにゃ)』
というわけで微妙な気持ちで飛行機に乗ったんだけど。
ああ、確かにビジネスにして良かったかもしれない。
エコノミーやプレミアムエコノミーの席を見ていたら、あそこに十四時間というのは僕には耐えられそうもない。
座席と座席の間隔が狭く、前の席との距離も近い。
長時間そこに座っているのは、かなりの苦行だろう。
だけど、ビジネスだって基本は同じなんだ。
朝八時に席に座ってそのままずっと十五時間近く座りっぱなしだ。
確かに、ウロウロしたりはできる。
通路を歩いたり、トイレに行ったり。
ビジネスなら寝そべったりできる。
百八十度倒れる座席で、足を伸ばして眠ることができる。
でも、基本は席に座ってることになる。
機内という限られた空間から逃げ出すことはできないのだ。
しかも、することが非常に限られている。
映画を見るか本を読むか。
座席についている個人モニターで映画や音楽を楽しむか。
隣の人と会話するか、トランプするか。
だいたいそんなもんだ。
ああ、二回ほど食事があった。
朝食は和食と洋食が選べた。
僕は和食を選んだ。
焼き魚と味噌汁、白ご飯。
美味しかったけど、足りない。
夕食は牛フィレ肉のステーキ。
これも美味しかったが、量が少なかった。
朝ご飯と夕食しか出てこない。
昼飯は自己調達だ。
機内で軽食を買うこともできるが、値段が高い。
ま、いいけどね。
マジックバッグの中には大量の飯が確保されてある。
できたてで。
おにぎりに、サンドイッチ、フルーツ。
飲み物も十分に用意してある。
人目があるからできたてはマズイんだけど。
周りの乗客に怪しまれないよう、こっそりと食べなければならない。
『(チュ◯ルくれ)』
ジークなんか、ずっと僕の影に眠っているか、たまに目を覚ますとすぐにこれだ。
影の中で退屈しているらしい。
皐月さんたちの従魔もジークと同じ。
床からちらりと顔を出すんだけど、何しろ人目がある。
一般の乗客には見えない存在だが、あまりにも露骨な行動は避けたい。
ひやひやしながらチュ◯ルをあげることになる。
まあ、主に暗いときにあげることになったけど。
「ビジネスでも大変だったけど、ありがたかったのはジークくんの『ヒール』ね」
「本当に。他の人たちには申し訳ないんだけど、すっごく楽になったわ」
これは初級ヒールだ。
体の疲れを癒す回復魔法。
三十階で覚えた上級ヒールじゃない。
でも、長時間のフライトによる疲労を和らげるには十分な効果があった。
そんなわけで僕たち三人は多少ヘロヘロになりつつ、他の人たちはぐったりとしてパリ空港についたってわけ。
全員が長時間フライトの疲れを感じながら、フランスの地を踏んだのだった。




