ジークがやってきた理由
確かにジークの言う通り、地下1階は安全というか、非常に長閑で平穏な世界だった。
続いて地下2階に降りるとそこは迷宮になっていた。
古城風だということだ。
それ以外は普通のアトラクションみたいな感じだった。
それに迷路はジークの案内で1時間もすれば突破できた。
そして、地下3階。
ここで僕は本当の魔道具を使った!
火魔法ファイアボールの魔道具!
全子供たちの憧れの魔道具だ。
火球の大きさは10cm程度だったけど、それでも一発でネズミのような魔物を討伐した。
ネズミらしき魔物は黒い霧となって散っていった。
『(悠星、今日はここまでにゃ)』
「えー、もっとやりたい」
『(いや、地下3階からはちょっと慎重にやらなきゃいけないにゃ。悠星、魔石を拾って帰るにゃ)』
魔石はすでにスライムからのものを百個以上ゲットしていた。
「なんだよ、これからだってのに」
来る前の渋々といった気持ちはとうの昔に失せていた。
◇
『(迷宮での探索はどうだった? 楽しめたかにゃ?)』
海ほたる迷宮を十時すぎに出発し、十一時半までには家に戻っていた。
「面白かった!」
『(これからも迷宮攻略を続けていきたいと思うかにゃ?)』
「うん、絶対続けたい! でも、ジーク、一つ聞きたいことがあるんだけど。我が家に来た理由をもう少し詳しく教えてよ」
『(ボクが千年以上生きている天界猫だってことは話したにゃ?)』
「うん、最初は信じてなかったけど、今は信じてきてる」
『(天界にはネコネコネットワーク、略してNNNという猫組織があって、天界と地上の猫の暮らしをいろいろサポートしてるにゃ)』
「ふむふむ」
『(当然のことながら、人間界の平和も願ってるにゃ。人間界には、特別な使命を持った家系があってにゃ、その家系は世界の道標となるような存在なんだにゃ)』
「道しるべ?」
『(人間界が不安定になりそうな時期に、その混乱を収める力を持った人物が生まれる特別な家系があるにゃ。その代表的な一つが、悠星の家系である神楽家なんだにゃ)』
「うん、僕も両親や叔父さんたちから散々聞かされてきたよ。神楽家のご先祖様の話」
『(平安時代だと、高名な陰陽師を排出したし、先の大戦では不死身と呼ばれる兵士が密かに日本を救ったこともあったにゃ)』
「平安三大陰陽師と言われた神楽誉、それから不死身の神楽悠作大尉、僕の曽祖父の話だよね」
『(その通りにゃ。神楽家からは、そういった並外れた能力を持つ人物が何度も誕生してきたにゃ。歴史の重要な転換期には、必ず神楽家の誰かが活躍しているにゃ)』
「まさか、僕がそうだと?」
『(それは今の段階ではわからないにゃ。ただし、悠星には特別な兆しが見られるにゃ。実はボクは長年、神楽家を観察してきたんだけどにゃ、悠星が生まれた時、特別な吉兆が現れたんだにゃ)』
「吉兆?」
『(悠星が生まれた瞬間、神楽家の家が神々しい白い光に包まれたのにゃ。この光は一般の人間には見えないものだけどにゃ、天界からは眩しく輝いて見えたにゃ。その光を見て、ボクは人間界に転生することを決意したんだにゃ)』
「へぇ...そんなことがあったんだ」
『(そしてにゃ、七歳の悠星と初めて出会った時、その素質の高さに驚いたにゃ。特別な才能の輝きを感じたんだにゃ)』
「小さい頃からジークと遊んでたけど、あれって実は何かの訓練だったの?」
『(そうにゃ。ボクは神楽家に住み着いてからは、毎日悠星と遊びながら、その才能を伸ばすための特別な訓練を組み込んでいったにゃ)』
「えー、そうだったの? 全然気付かなかった。ただ楽しく遊んでるだけだと思ってた」
『(だろうにゃ。でも、ボクにはすごい手応えがあったにゃ。順調に才能は開花したし、実際、学業もスポーツも飛び抜けてたにゃ?)』
「うん、確かにそうだね。僕の成績の良さは、ジークのおかげだったんだ。本当にありがとう」
『(いやいや、それは違うにゃ。根本的には悠星自身の素質があってこそだにゃ。むしろ、ボクが苦労したのは、その才能に驕らないように、謙虚な心を保たせることだったにゃ)』
「ああ、そういえば。前に調子に乗って偉そうにしてた時があって、夢の中でジークにめちゃくちゃ怒られたことがあった。まさかあれも?」
『(そうにゃ。一種の睡眠学習で眠っている悠星に暗示をかけたにゃ)』
「ああ、そうだったんだ」
『(で、めでたく悠星が十歳になったにゃ。迷宮活動を始めるには最適の年齢にゃ。それで本日、満を持して迷宮にいった後、悠星と契約を結んだにゃ)』
「二XXX年五月十日。特別な日になったよ。ホント、ビックリした」
あれは魔法契約らしい。
契約内容は『ジークが悠星を導き、悠星はジークに従う』という単純なもの。
NDA(秘密保持)契約を含む。
「でも、どうしていきなりシーカー活動を始めることにしたの?」
『(それは神楽家に伝わる伝統的な修行方法なのにゃ。神楽家の才能は、古来より迷宮での修行によって育まれてきたんだにゃ)』
「え? でも迷宮って最近になって出現したものじゃないの?」
『(いいや、迷宮は太古の昔から存在していたにゃ。ただ、一般の人々には知られていなかっただけにゃ。神楽家を含む特別な家系の一部の人だけが、その存在を知っていたんだにゃ)』
「へぇ、そうだったんだ」
『(それと、今日の活動で悠星のレベルが四になったにゃ。体力測定の数値も確実に上昇しているにゃ)』
「うん! 迷宮に入る前は握力が二十kgだったのに、今は二十三kgまで上がったんだ」
『(レベルが上がると、体力や能力が全体的に向上するにゃ。でも、迷宮での能力上昇は現実世界では約1割程度しか反映されないにゃ)』
「その1割を求めて多くの人が迷宮を目指すんだよね」
『(そうにゃ。1割と言えども大きいからにゃ。で、悠星はその特別な魔道具を装備していれば、迷宮での能力をそのまま発揮できるにゃ)』
「ああ、この腕輪のことだね」
『(そうにゃ。今は腕に完全にフィットして見えなくなっているけど、外したい時は意識を集中すれば簡単に外れるようになっているにゃ)』
「うん、わかった」
『(いいかにゃ、まだまだ人間たちは迷宮の使い方がわかってないにゃ。まあ、やむを得ない面もあるがにゃ。慎重にやらないと、危害を被る人がたくさん出るからにゃ)』
「実際、多くの犠牲者が出たもんね」
『(ただ、悠星が生まれてきたのは迷宮に関して何らかの道標を期待されてのことだと思うにゃ。多くの迷宮が出現したあとに悠星が誕生した。関係があると思うのが普通にゃ)』
「ご先祖様みたいに?」
『(その役割をどう受け止めるかは悠星次第にゃ。実際のところ、歴史に名を残すような大きな出来事は滅多に起こらないにゃ。ほとんどの場合は平穏に日々が過ぎていくものにゃ。だから、あまり気負う必要はないにゃ。ただし、いつでも対応できるように、しっかりと力をつけておくことは大切だにゃ)』
「うん。それに迷宮での修行、すごく楽しいし」
『(それが何よりにゃ。そういうことでチュ○ルで一服にゃ)』
「でもさ、そんな幼い頃から迷宮で修行するって、何か特別なメリットがあるの?」
『(もちろんにゃ。これは長年の研究で判明しているにゃ。幼いうちから迷宮に潜って修行すること。できれば十歳前後が理想的だにゃ。これは人間の能力を飛躍的に成長させるにゃ。通常の十倍以上の成長速度が期待できるんだにゃ)』。
「そんなに凄い効果があるのなら、世界中でやればいいじゃん」
『(悠星、世界迷宮機構という組織について知っているかにゃ?)』
「あー、名前だけは」
『(これは迷宮に関する国際的な管理組織で、国連のような存在にゃ。この機構が、十五歳未満の子供の迷宮への立ち入りを厳しく禁止しているんだにゃ)』
「へぇ、違反したら罰則とかあるの?」
『(いや、罰則はないというか、設けることはできないにゃ。各国がそれにならって法規制をしてるにゃ)』
「それが特殊迷宮管理法なんだね」
『(そうにゃ。迷宮に関する様々な規制や決まり事が細かく定められているにゃ)』
「でも、そういう規制を作らない国もあるんじゃないの?」
『(そういう国に対してはにゃ、他の国々から経済制裁や外交的圧力など、かなり強い制裁措置が取られることになるにゃ)』
「ああ、ずるいことはさせないってことか」
『(まあにゃ、一つにはやっぱり子供たちを守りたいってのがあるんだけどにゃ)』
規制前、迷宮での十五歳未満の死亡率は成人の十倍を軽く越えていた。
さらに、身体的精神的な異常のでる確率が非常に高かった。
「けど?」
『(本音ではにゃ、強力な人材が生み出されるのが嫌なんじゃないかにゃ)』
「なるほど。スポーツ選手や軍人、科学者なんかで凄い能力を持つ人が大量に出てきたら、国際バランスが崩れちゃうってことだね」
『(だにゃ)』
「ああ、子供の僕でも大変だってわかる」
『(だろ? で、その裏には犠牲になった子供たちが死屍累々とにゃ)』
「確かに。子供たちを実験台のように扱おうとする国がありそうだもんね」
『(残念ながら実際にそういう国は存在するにゃ。例えば〇〇国とか、△△国なんかはにゃ、密かにそういった実験を行っているという情報もあるにゃ。適切な指導方法をとれば、子供の迷宮活動は問題はないんだがにゃ、現状の人間界にはそのノウハウが欠けてるにゃ)』