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F学院高等部入学2

「あと、フランス語。そういえば、プルースト、原書のほうはどこまで行ったの?」


「はあ、なかなか進まなくて。ボロボロなんだけど、なんとか十p」


「前にも話したことあるけど、フランス文学研究部に入ってみたら? 私達も入部予定なんだけど」


「ああ、実は少しだけ案内を聞いてきたよ」


「あ、そうなの?」


「でもさ、女子しかいないんだよ」


「いいじゃない。花園で」


「いやいや、君たちを前にこんなこと言うのはあれだけど、女性は結構怖いんじゃないの?」


「まあ。なんてことを。でも正解かもね」


「うちの学校は女子はサバサバしてるって言われるんだけど、いろいろ気のつく人が多いし。つまり、男から見たら細かいのよ」


「まあ、フランス文学専攻の大学教授が名誉顧問をされているってことだから、仲良くはしていきたいな」


「そうそう、フランス文学研究部の部長先生って、パリ大学で博士号を取得した先生なのよ」


「へえ、そうなんだ」


「うん。毎年夏休みに、希望者を連れてパリ研修に行くんだって。去年は研究会のメンバー全員が参加したらしいわ」


「パリ研修?」


「そう。十日くらいパリに滞在して、美術館巡りとか、文学に関係する史跡を訪ねたりするの。これって修学旅行の代わりなのよ。他にも国内・海外いろいろな選択コースがあって生徒は三年間のうちに最低一回は旅行に行くことになってる」


「へえ。さすが学院」


「生徒数が多いから、一度にまとめて行けないからよ。私も参加したいと思ってるの。悠星くんも一緒に行かない?」


「うーん、予算的に海外は厳しいかな」


「大丈夫よ。特待生は費用が半額免除になるのよ」


「本当?」


「ええ。それに海外も国内もそんなに費用は変わらないよ?」


「それなら、検討の価値はありそうだな」


「じゃあ、明日の放課後、一緒に見学に行ってみない?」


「そうだね。せっかくだから、様子を見てみようかな」


「決まりね! 私たちも付き添うわ」



 翌日、放課後のフランス文学研究部の見学が決まった。

 部室は本館三階の一番奥、古い洋書が並ぶ特別図書室の隣にある。

 重厚な木製扉を開けると、そこには優雅な雰囲気が漂う空間が広がっていた。


 ロココ調に影響を受けた家具が配置された部室内には、フランス文学の古典から現代作品まで、数百冊の蔵書が整然と並んでいる。

 窓際には優雅なティーセットが置かれ、壁にはパリの街並みやフランスの文豪たちの肖像画が飾られていた。

 部室の中央には大きな楕円形のテーブルがあり、その周りには十脚ほどの椅子が配置されている。


 現在の部員は、三年生が四名、二年生が五名の計九名。

 全員が女子生徒で、部長は文学好きが高じて留学を決意し、現在パリに滞在中の三年生だという。



「あら、見学に来てくれたのね」


 そう声をかけてきたのは、フランス文学研究部の部長である藤堂先生だった。

 パリ大学で博士号を取得した気品のある女性教師で、フランス語の授業も担当している。


「はい。フランス文学に興味があって」


「そう。プルーストを原書で読んでいると聞いたわ。感心ね」


「いえ、まだまだほんのさわり程度で……」


「謙遜しなくていいのよ。『失われた時を求めて』を原書で読む高校生なんて、日本広しと言えども、そう多くはないわ」


 藤堂先生は微笑みながら、部室の様子を説明してくれた。


「毎週火曜日と金曜日が定例の活動日よ。フランス文学の輪読会や、映画鑑賞会、時にはフランス料理の実習なども行っているわ」


「料理も?」


「ええ。文学作品に登場する料理を再現してみたり。去年は『マドレーヌ』作りに挑戦したわ。プルーストファンのあなたなら、その意味がわかるでしょう?」


「ああ、『失われた時を求めて』の有名な場面ですね」


「そう。紅茶に浸したお菓子の香りと味が、主人公の記憶を呼び覚ます。あの場面を体験的に理解するのも、文学研究の一環よ」



 藤堂先生は続けて、夏のパリ研修についても詳しく説明してくれた。


「パリ高校の学生との交流会では、お互いの研究テーマについて発表し合うの。去年は『ボードレールと現代詩』というテーマで、とても充実した議論ができたわ」


「素晴らしそうですね」


「ええ。もちろん、観光だけじゃないわ。文学の舞台となった場所を訪ねて、作品の背景を理解する。これが研修の醍醐味よ。それとね、フランスのキラキラした場面だけじゃなくて、現代フランスの本当の姿にもスポットをあてたいのよ」


「本当の姿?」


「日本人って、フランスとかパリとかって言葉にロマンチックなイメージを持ってるでしょ? でも、正直、フランス特にパリって闇が多いわけ。そういう面も紹介したいわね」


 説明を聞きながら、部室の雰囲気に次第に魅了されていく。

 ここなら、自分の文学への関心を深められそうだ。


「入部を希望する場合は、いつでも歓迎よ。見学は何度でも構わないわ」


「ありがとうございます。また伺わせてください」


 部室を後にする時、既に決心は固まっていた。

 正直、僕はずっと庶民的な生活をしてきた。

 それに不満があるわけじゃない。

 でも学院のブルジョアジーの雰囲気にあてられてしまったようだ。

 この優雅な空間に浸ってみたいと思ってしまったのだ。

 自分でもお上りさんみたいな気分だということは理解しているけど、まあ、いいじゃないか。



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